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自分のテーブル

いつも自分の心の中にはテーブルがあって

そのテーブルにはいつも大切なヒトや好きなヒトが座っていた

生まれてから色々なヒトが入れ替わってきて

親であったり家族であったり、、、

友人であったり、、、

学生時代には

ヒトから傷をつけられたくなくて

自分が一人で座っていた時もある

それでも社会にでて色々な経験、挫折を繰り返して

好きなヒトや大切なヒトは入れ代わり

妻がテーブルに座るようになった

それまで自分のテーブルは一つだけと思っていたけど

子供がうまれるようになってテーブルが増えてしまった

一つのテーブルには妻、もう一つのテーブルには子供達

テーブルが増えたことでちょっと嬉しくなった自分がいたけど

面白いことばかりなく、大変なこともあったり、辛いこともあったり

それでも子供が二人、三人と生まれる度に

家族が増えることへの喜びも感じていた

時が経つにつれて子供たちも成長、、、

自分のテーブルに座ってもらえない時もあった

でもそれは子供の成長の一環であるし

むしろほほえましいこと

成長と共に子供達がテーブルを離れ、、、

気が付けばテーブルには妻が一人座っていた

でもその座った所は妻というテーブルではなく

家族というテーブルに座っていた、、、

おそらく妻は何の意識もなく家族のテーブルに座ったんだと思う

自分が座って欲しいと思っていた妻というテーブルでは

おそらく居心地が悪かったのかもしれない

そこにいるべきヒトがいないとわかって

自分はどうしようもなく狼狽えてしまった





そして自分の中の新しいテーブル、、、

そこにふわ美さんが座ってくれたのは奇跡としか言いようがない

世間的にはゆるされる筈のない関係だけど

もうそんなことはどうでもよくなってしまった

心も身体もゆだねられることが

こんなにも心地よいものなのか


このテーブルだけはずっとこのままでいて欲しい

このテーブルだけはだれにも邪魔されたくない

このテーブルだけは、、、



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