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答えをくれたのはこどもたち| 「壌(JYOU)」スピンオフゼミ | Vol.2

SOCIAL WORKERS LAB(以下、SWLAB)が、昨年3月にリリースしたメディア「壌 (JYOU)」でインタビューした方をゲストに、記事の内容をさらに深掘りするスピンオフゼミ。第2回のゲストは、〈答えをくれたのはこどもたち。《おやこ保育園》から溶けはじめる家族の線、社会の線〉をテーマにお話しいただいたこどもみらい探求社共同代表・小笠原舞さん。小笠原さんのこれまで・いま・これからを、SWLABディレクター今津とプロジェクトマネージャー高田が、ひも解いていきます。

小笠原 舞(おがさわら まい)
こどもみらい探求社共同代表

1984年生まれ。社会人経験を経て、保育士となり、子育てコミュニティ「asobi基地」、「合同会社 こどもみらい探求社」を設立。プライベートは、神戸市長田区で夫・こども・犬、そしてご近所さんたちとの暮らしを楽しんでいる。共著に 『いい親よりも大切なこと 〜子どものために “しなくていいこと” こんなにあった!』(新潮社)。

親だからって完璧じゃない!「しんどい」ときだってある!

小笠原さん:さっそく、今日私が何をしていたかというお話からはじめたいと思います。先ほどまで、主人と息子と、近所のArt Theater dB神戸という劇場で、日本と韓国の伝統芸能を融合させる在日コリアンと日本人によるコラボレーションユニット「チングドゥル」の公演を観ていました。私が住んでいる神戸の長田というまちでは、韓国籍やベトナム籍、その他様々な国の方、高齢者、障害を持った方がなんの違和感もなく自然に一緒に暮らしています。ですので、このようなイベントが多くあり、子連れで気軽に参加することができることはとてもありがたい機会です。多国籍なまちの感じが伝わるかなと思い、いいタイミングだったのでご紹介してみました。このあたりのお話はまた後で詳しくさせていただきます。

今日は活動と暮らしの話をしようと思っていますが、まずは私の活動について紹介します。現在「合同会社 こどもみらい探求社」という会社の共同代表と、「asobi 基地」という団体の代表をしています。こどもの頃、友人にハンデを持った子がいたことをきっかけに、まちの中でも車椅子や白杖を使っている人のことが気になるようになり、「誰もがよりよく生きれる社会はどうやってつくるのか?」という問いをもったことから、大学では福祉を勉強しました。実際に大学に行ってみると、座学だけではわからないことも多く、障害児の施設や海外の難民キャンプなど、興味のあるところがあればすぐに現場に行っていました。いま思えば、そこでの経験がすごく役立ったなと思っています。そのおかげで、こどもと関わる楽しさ、彼ら彼女らの世界の魅力を味わい、独学で保育士の資格を取りました。卒業後はすぐに保育士になった訳ではなく、一度会社に就職した後、保育園で働きました。その後、保育現場で見えてきた課題を解決したいという思いから、2012年にasobi基地、翌年にこどもみらい探求社をつくったという訳です。

そんな私が保育現場で社会課題だなと感じたのは、「一見健康そうな『家族』」。外からはっきりと課題が見えなくても、子育てをしている家族は大なり小なりそれぞれの課題を抱えていることが多くありました。SNSを見ていると、キラキラした子育てライフばかり見えてきやすいですが、現実はそうではありません。私自身も一児の母として「はぁ〜」とため息をついてしまうようなことやイライラすることもたくさんあります。そんななかで、仕事も両立しながらみなさん一生懸命子育てしています。そして、「いい親にならないと!」「いい子育てをしないと!」と自分に対して求めていくと、苦しくなってしまう…。そんな風にがんじがらめになってしまっている保護者の方に多く会いました。だからこそ、かたくなったものをほぐして、自分たちらしい子育ての形・家族の形を見つけるお手伝いをしたいと思いました。

asobi基地の4つのルール

asobi基地の取り組みからお話しします。この活動ではこどもを託児するのではなく、親子で来られる遊び場としてイベントを実施しています。特徴としては、どこにでもある素材で、自由に遊べること。理由は、asobi基地だけが特別な場ということではなく、家でもそのつづきができるようにとの思いから。基本的に禁止事項はありませんが、唯一こだわっているのが4つのルールです。これがあることで、こどもの人権を守る場が作られ、こどもたちは安心して自分の個性を出すことができるようになります。そして、それを親が見ることで改めて我が子らしさを見つけることができるという仕組みです。同じ空間には他の子もいるので、さらに我が子の個性がくっきりしてきたりもします。親にもメリットがあることも大きな特徴です。さらに、4つのルールがもたらすことがあります。それは、同じような価値観の保護者に出会えること。そのため大人も居心地が良く、リピーターさんが増え続け、コミュニティになっているのがasobi基地です。

キャスト(スタッフ)は保育士や保護者が中心となっており、いまでは、日本各地のリーダーたちがイベントを企画し、運営してくれています。もともと私だけができるものでは持続可能ではないし、社会に変化を起こすことはできないと思っているので、スタートの時点で、誰にでもできるフォーマットをつくっていました。今後も輪を広げていきたいと思っています。

大人も主役の親子保育園

次に、こどもみらい探求社の自主事業「おやこ保育園」についてです。こちらは、イベントをしながらコミュニティをつくっていくasobi基地とは違い、10回シリーズの習い事として行っています。待機児童の増加や、保護者における子育てスキルや知識の差、孤立した子育て、産後うつ、虐待の増加、情報過多による選択肢の混乱など、現代社会の子育てに関する様々な課題を、自分たちができることから解決しようと始めたものです。

おやこ保育園では、毎回「子どもが主役の時間」と「大人が主役の時間」をそれぞれ設けています。両方が主役になれるというところがとてもこだわっているポイント。「子どもが主役の時間」では、身近なものを子どもに渡し、観察することを通して、子どもの遊び方・関わり方を学ぶことができます。後半は、テーマを真ん中にして親同士で対話をする「大人が主役の時間」。この後半の時間こそ、私たちは重要だと思っています。というのも、子育てをしていると無意識のうちに“こどものために”と頑張りすぎて、親御さんが自分のしんどさに気づくことが難しかったり、弱音を吐いちゃいけないと 思ってしまいがちです。対話を通して共感しあえることで、悩んでいるのは自分だけではないとわかり、安心して本音を出せる。自分の本当の気持ちに気づくことができる時間になっています。そうすることで、親御さん自身が元気になり、自分を取り戻すことができていく。卒園式では、親御さんの顔が輝いて見えることが多いですよ。今の世の中には、大人たちが「疲れた」とか「助けて」と言いづらい空気が漂ってるなと感じています。でも、そういった気持ちは発散しないと溜まっていく一方なので、私たちは「どんな気持ちがあっても、まるごとあなた。そんなあなたらしさを大切に」とみなさんに伝えています。

コロナ前までは東京、大阪、京都の3箇所で対面式で開催していたのですが、2020年10月にクラウドファンディングをし、オンライン化しました。オンラインになったことで、これまで参加できなかった地域の方に出会えるようになり、さらには海外からの参加者も出てきてくださり、より多くの親子・家族に届けやすい形になりました。

自主事業以外のメイン事業として「コラボレーション事業」があります。私たちだけでは “こどもたちにとって”よりよい社会はつくっていくことができないので、様々な企業や団体、行政の方たちと、子ども、家族、保育などをキーワードに 一緒にできることを考えていくようなビジネスモデルとなっています。最近手掛けたのは私の住んでいる地域の区役所の中に子育て広場「おやこふらっとひろば ながた」。長田区の特徴でもある「多文化共 生」をテーマに、どんなバックグラウンドを持っていても誰もが利用できる居場所として2020年 にオープンしました。他にも、「オンライン保育大学」という保育士さんたちの学び場だったり、「こどもみらいラボ」というオンラインコミュニティを運営していたりもしています。

このまちでこどもを育てたい

ここまでが普段している活動についてですが、ここからは私の暮らしのことをお話ししたいと思います。私はもともと埼玉に住んでいたのですが、神戸との出会いは夫が六甲山の山頂のゲストハウスで暮らしていたことです。そこに遊びに行ったのが移住のきっかけとなりました。まさかこうなるとは思ってもいませんでしたが、山頂から見たこの景色は忘れられなかったですね。その後、ご縁がつながり、神戸に来るたびに、自然と文化のあるまちのほどよい距離感や都心へのアクセスの良さなどを知り、「このまちでこどもを育てたい!」と思うようになりました。ビビビ!というやつですね。そして、2016年に神戸市兵庫区(長田区の隣)に移住しました。

私自身、仕事が好きなので、こどもが生まれても同じようなスタイルで仕事を続けていきたいと思っていましたが、保育現場にいたこともあり、働くことと子育てを両立することの大変さはわかっていました。「一家族だけで子どもを育てていくことって、すごく大変だろうな」と。そんななか、長田のまちで目にした光景がなんとも衝撃的でした。いま住んでいる家の近くに「はっぴーの家ろっけん」という介護付きシェアハウスがあるのですが、はじめてそこに行ったときに、「ただいま!」と帰ってくる子と、ふつうにお迎えにくる親がいました。さらに、近所の子どもたちが利用者さんの介助をしていたり、逆に利用者さんが赤ちゃんのお世話をしていたり。まさに私が理想としていた「拡大家族」がもう既に出来上がっていたのです。実際に移住してみると、これははっぴーの家だけのことではなく、まちにある喫茶店や居酒屋さんでも、同じでした。たまたま隣に座っ ていた知らないおばちゃんが「お母さん、たまにはゆっくりごはん食べなさい!」と0歳の我が子を抱っこしてくれたこともありました。 このまちに来て、私が持っていた様々な概念が崩されていきました。最近では私たち家族も自宅(長屋)の隣をもう一軒借りて、人が集まれるスペースをつくって解放しはじめました。こんな形で、仕事と暮らしを融合させながら、たくさんの人と交わりながら家族で楽しく過ごしています。

長田のまちの「つながり力」

高田:先日、長田に伺って舞さんに案内していただいたんですが、いま見せていただいた写真そのまんまでした。写真が一部を切り取っているのではなくて、まち全体にこの空気感が広がっていて。 まちの人たちとのかかわりについて、もう少しお話しいただけますか?

小笠原:はじめて長田に来たとき、「私、このまちに出会っちゃったぞ」と思ったんです。asobi基地やおやこ保育園も、すごく大事なプロジェクトなのでもちろん続けていこうと思っていましたが、自分のことを考 えると、毎日イベントをやっているわけにはいかなくなるなと思っていました。子育てしながらでも私らしさを保つためには、日常の暮らしいの中につながりがないときついだろうなと思っていました。

最初は、はっぴーの家ろっけんや、コミュニティスペース「r3」(アールサン)などのひらかれている 場所にお世話になっているという感じでしたが、最近では我が家も外にひらいていっています。はっぴーの家ろっけんでやっ ているフリースクールの子どもたちや、移住してきた若者たちと一緒に月一のごはん会もスタートさせましたし、今日も近所の中学生が、受験勉強に疲れたといってうちに来て昼寝して帰りました(笑)。さらに、夫がいつかバーをやりたいと前から言っていたこともあり、一緒に準備をしています(2022年1月にオープン)。我が家だからこそ醸し出せる雰囲気を大事にしながら、ほっとしにこれたり、おしゃべりしにこれる、みんなの隠れ家のような場所になったらいいなと思っています。

今津:六甲山山頂からの風景が入り口になったということですが、他に移住する決め手になったできごとなどあったのでしょうか?

小笠原:先ほども話しましたが、r3やはっぴーの家ろっけんにはじめて行ったとき、こどもたちがわんさかいて。どの子の親がどの人なんだろうと思っていたら、そこに親御さんはいなくて。子どもたちは普通にごはんを食べているし、少ししてから「うちの子、帰ってきてる?」と親が迎えにきて。「なんなんだここは?!」ととても驚きました (笑)。それと同時に、こうやって子育てシェアをしている先輩たちがいたことで、「あぁ、私ひとりで全部頑張らなくてもいい環境なんじゃないか、ここは。」と思えたんです。それで夫にプレゼンして、移住を決めましたね。

今津:小笠原さんのお話って、聞いているとすごくエネルギーをもらえますね。はっぴーの家ろっけんはとても有名で、高齢の方からこどもまでみんな入り混じりながら生活をともにしていく場なんですよね。制度的な福祉も利用しているんだけれども、いわゆる「介護施設」という雰囲気ではなく、まちと完全に接続されている。

小笠原:そうですね。はっぴーの家では私も息子もいろんな人と出会わせてもらったり、いろんな体験をさせてもらっています。例えば、先日も、代表から電話がかかってきて「今宵パーティーだからおいで!」って言われて行ったら お葬式でした。ここでは、自分たちでお見取りからお葬式までやっているんですが、なかなかそういう体験を大人もすることってないですよね。本当にこういう感じですんなり当たり前を超えてきてくれます。ちょうど今日のブログにも書いたんです が、そうやって人の死が日常にふつうにあるのは、3歳の息子にとってもいいことだなと思って います。いつも空を見ながら「あのおじいちゃん、元気かな?」とか「あのおばあちゃんも、お空行ったのかな」と言っていて、こんな貴重な体験をさ せてもらっていることに感謝しています。

今津:まちのなかに信頼関係があるという感じですね。核家族化が進んで、でもそれでは成り立たないことがあるとを感じているなか、そういったソーシャルキャピタルがあるのは貴重なことです。長田には、お互いに与え合っていくような、そういうカルチャーというか空気があるんですね。

小笠原:長田は阪神淡路大震災で火災がすごかった地域で、商店街の大部分が燃えて しまったそうです。その時の経験をみなさん持っているからか、ご年配の方を中心にまちなかで積極的に声をかけたりしてくださるんです。そういった過去の経験があるからこそ、みなさんの日々の「つながり力」みたいなものが強まったのかもしれないなと感じています。

高田:先ほどおっしゃっていたブログを私も拝見したのですが、「最後まで人は何かを選択する」 「そしてそこに個性があって生き様がある」と書かれていたのが印象的でした。

小笠原:はっぴーの家は、終末医療までできる体制が整っているんですが、「その人が選択することを最大限尊重して、最後まで生ききる」ということを大事にしているなと感じています。不思議なことにそうすると、余命数週間と言われ ていた方が2ヶ月くらい生きられたことがありました。お酒が好きだから最後までお酒だけでいいわ!と決めたおじいちゃんがいたり、透析が必要だけどしないと決めたおばあちゃんがいたり。私はそんなことができるのかと考えたり、そんな風に生きたいなと思える機会をいただきました。みなさん本当に命の限り自分らしく生きていました。とてもかっこよかった。人間の強さって「自分で決める」というところから湧き出るものなんだろうなと感じました。毎回お葬式もみなさんが想像するスタイルではなくて。初めて参加した時は私自身も揺らぎがすごかったです。普通のお葬式しか知らなかったから、「お葬式で万歳とかしてしまって、大丈夫なのかな…」とかいろいろ思ったんですけど。でも、お葬式ってその人の生き様を改め て振り返る機会だから、それもまた個性としてありなんだろうなと今は思えています。息子も、私よりずっと早くこういう機会に触れているので、この先どう育っていくのか・生きていくのか、楽しみです。

今津:選択を可能にする環境をつくるというのは、いま本当にいろんなところで求められていますよ ね。近代的なシステムでは、医療現場で医療を提供して、教育施設で教育を提供してっていう分割が当たり前になっています。その中で長田という場所は、あらゆる場が子育ての場になったりするような、ある種逸脱したところあって、そこにはっぴーの家のような場があるというのはすごく 自然なことにも思えます。

小笠原:「福祉」という言葉を使うと、「私はまだ、子どもがいないし」とか「うちの親は、まだ介護が必要じゃないし」というように、自分と関係ないものと思われがちなんですよね。でも「教育」というと、自分ごととして聞いてくれる人が増えたりします。様々な課題のベースになっていると考えている「無関心」をなくすためにも、その言葉の使い分けは結構重要だろうなと感じています。

型から外す。鎧を脱いでもらう

小笠原:保育士をしていた時に、こどもに教えることなんて何もないなと思っていたんです。むしろ、こどもから教わることの方が多くて。みんなありのままの自分で、個性を爆発させながら生きていて、とてもうらやましかったほど。この子たちがそのまんま大きくなれる環境=社会をどうやってつくっていけばいいのだろうと考えるようになりました。でも、そういう環境ができていないことは、大人が悪いわ けでもなくて。大人たちも知らないから、そうなっているというだけのことなんだと気づいたんです。だからこそ、asobi基地やおやこ保育園、さらには長田での暮らしをもコンテンツにして、周りの家族や地域、社会に目を向けてほしいと思っているんです。育児に関するハウツーや答えを親御さんに求められることがよくあるのですが、100人いたら100通りの答えがあるので、私たちは自分自身で見つけていくお手伝いしかできないと思っています。それぞれ自分で何かに気づいていくことでしか、暮らしや日常が変わっていかない。私たちがレクチャーするのではなく、問いを投げ続けていきたい思っている理由はここにあります。

今津:福祉と教育という言葉の使い方とか、自分たちのことをどう表現していくのかというのは、企業などとコラボレーションする時にも大事になってきますよね。

小笠原:コラボレーションをするときも、自分たちで場づくりをするときも意識しているのは、私たち自身がそもそも完璧ではないということです。そうすると相手の個性はどれで、どう補あえるのか、フラットに考えることができます。さらには、相手も構えずにいられて、その企業らしさ、そのひとらしさがより出てくるんです。安心・安全の場だからこそ、生まれる強固なつながり=コラボレーションががあると思っています。あとは真面目すぎないというか、遊び心やゆるさを持つことも大事にしています。おやこ保育園でも、ママたちの名前もあだ名で呼ぶことで距離感を近づけたり、私たち自身も子育て失敗エピソードを話すことで、「ママ」という役割=型から外す、鎧を脱いでもらいやすい仕掛けをつくっています。そうすることで、より本音を引き出すことができるコミュニティが出来上がっていくんです。

今津:いまは、いろんな人がいろんな意味でプレッシャーがかかりやすくて、余白がない状態。常に コップが満杯になっていて、水をちょっと注いだら溢れてしまうような。そんな中で、舞さんの活動はママたちにとっての余白を生み出す場になっているのかなと思いました。長田のまちにも余白があると思うのですが、そのあたりはどうですか?

小笠原:長田のまちでは、雑談してる人がすごく多いんです。知らないひとでも挨拶されたり、その前を通っただけで話しかけられたりします。関東にいた時には考えられなかったのですが、いろんなひとに話しかけられて目的地に着くまでに時間が倍以上かかったりしますが、すごく元気になるんです。喫茶店や居酒屋、スーパー、公園、どこでもまちの人と仲良くなれるから、特別なことがなにもなくても日々が楽しいんです。きっとみなさん余白があるから、そして余白を持つことの豊かさを知っているから、そうやってひとと触れ合うことに時間を使えるんだと思います。

今津:それは長田だからできることなのか、他の場所でもそういうことができるのか、どうやったらはじめていけるかということについて、どう考えますか?

小笠原:他の場所でもできると思います。地域をこえてつながっているasobi基地やおやこ保育園がいい例です。こどものために行く場所っていっぱいありますが、親がリラックスしていいところってあんまりないんですよね。asobi基地でいうと、キャストを置いてこどもを自分だけでみなくていい環境を設けて、こどもと親の間の余白を作ることを大事にしました。こどもも自由に遊べて、親もラクだから、楽しいから行きたいと思えるような仕掛けづくりです。こどもだけでなく、大人も居心地がいい。そんな循環があることが、他の子育て広場との違いであり、クチコミで広がっていった理由なのかなと思っています。あと、asobi基地のメンバーに言われたことですが、私がいつもゆるくて、フラットなスタンスでいるから、みんながいい意味で油断したり、いつでも戻りやすい環境になっているようです。影響力のあるひとが、どういうスタンスでそこにいるかはとても重要なんだなとみんなに教えてもらいました。はっぴーの家やr3を見ていても思うことです。いかに場をひらくひと自身がフラットにそこにいるか。長田のまちのひとたちもそれぞれの多様性を受け入れ合いながら、いい距離感で生きている。この辺りが共通項であり、キーになる要素なんだろうだなと思っています。

今津:やるひとの持ち味とか、そのひとの持っているものをそのまま活かしながら場をひらくということも大事なんですかね。

小笠原:そうですね。私だけがすべてでもないし、完璧でもない。それぞれの個性があるからこそ、ひらかれる世界がある。生まれるコラボレーションがある。そのため「こうさせなきゃ」とか「これが正しい」ということをなるべく思わないようにしています。と言っても、私もまだまだ概念があって、そう思ってしまうこともありますが…。誰もが凸凹を持っているなかで、お互いに学ぶことがあるし、私の個性が誰かの役に立つことがある。そのあたりを頭でわかっているだけではなく、いかに体感してもらうか。さらに、それって心地いいよねというところを味わってもらえたら、自然にそういう関係性が広がり、誰もがその人らしく生きられる社会=Well-beingな社会がつくられていくと思っています。

今津:小笠原さんはご自身の肩書きを「ウェルビーイング探求者」としていらっしゃいますが、本当 にそういう感じがしますね。動きながら波をつくっていくというか。最後に、今日聞いてくださった 方々に向けたメッセージと、今日の感想を一言いただけますか?

小笠原::対こどものことだけやりたいわけではないので、「保育士起業家」という肩書きだけではなく新しくつくりたくなって、お試しで名乗ってみています。言ってみることで、何か見えてくるものがあるかもしれないなと。さらに、自分自身に対してもwell-beingを探求していきたいなと思っています。10年以上前になりますが、活動をはじめた頃は、「みんな」に向けてやりすぎていたなといまになって思うんです。もちろんあの頃は動けましたが、子どもがいると自由に動けなくもなりますし。 あとは、私は様々な社会課題をなくすためには、「無関心」をなくすことだと思っているのですが、間口が広すぎると、「あなた」に刺さらないことも多くあって。だからこそいまは、まず自分の身近なところで何かしようと思っているフェーズなんです。身近な3家族でできなければ、広まらないと思うんです。もし、今日話を聞いてくださって何かやってみたい!と思った方がいたら、小さくてもアクションしてみてください。そこから見えてくることがたくさんあるはずです。長田のまちでなくてもasobi基地やおやこ保育園でなくても、できることはたくさんあると思います。あなただからこそできることがあるはずです。あとは楽しむこと、ワクワクすることも重要。そうやって楽しんでやっていたら人が集まってきて、仲間ができて、周りに自然と広がっていく。私がそうでした。自分の信じるものとか見たい未来を強く持ち続けさえすれば、共感してくれる人たちはきっと増えていき、社会は少しずつ変わっていくと思います。私の小さな経験ですが、少しでもみなさんの活動のヒントになれば嬉しいです。

今津:ありがとうございました。

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私たちSOCIAL WORKERS LABは、ソーシャルワーカーを医療・福祉の世界から、生活にもっと身近なものにひらいていこうと2019年に活動をスタートしました。

正解がない今という時代。私たちはいかに生き、いかに働き、いかに他者や世界と関わっていくのか。同じ時代にいきる者として、その問いを探究し、ともに歩んでいければと思います。

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