第二章(2)魔王の隠れ家にようこそ

更新履歴
[2018/07/17]
・改行ルール統一
・一部表記訂正、誤字修正、追記
・水晶の勇者に対する尚文の突っ込みが甘かったので追記

絶句している勇者一行を見て首を傾げた真緒は彼らの沈黙の意味を取り違えたのか、慌てたように視線を落として指を胸元の辺りで躍らせた。勇者達はそれがステータスアイコンからオプションを弄っている動作と理解する
「私は水晶の勇者、名は山王真緒と申します。
どうぞ、お見知りおきくださいませ」
改めて同じ言葉を繰り返す真緒。先程との違いは、ルージュの傍に控えた影にしか判らなかっただろう。尚文とルージュが困惑気味に視線を交わす。
二人の脳裏に、先程まで案内役だったトレコの『水晶の勇者を名乗るものは詐欺師』という言葉が蘇る。
「何度も繰り返さなくても聞こえている。今、何をした?」
「翻訳機能を無効にしていましたので、有効にしました」
「翻訳機能って無効化できるのか!?」
「何のために無効に?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる勇者達。真緒は穏やかな顔で両手を軽く前に広げてそれを制する。その指も襟元から覗く首も病的なまでに細い。装備らしきものは武器も防具も身に着けていない。しかし、その脆弱な外観に反して、勇者を自称しても不思議と納得させられるような得体の知れない何かを感じさせられた。
「皆様にお話しなくてはならない事が沢山あるのは承知しておりますが、先ずは魔王の隠れ家にご案内するために、場所を変えさせていただきますね。お座りくださいませ」
先程までの炊婦姿の時に比してトーンが少し低い落ち着いた声でそう言うと、胸の前で手を組み、目を閉じる。強大な魔力がその身体に溢れ、すぐに座敷全体が魔力に包まれる。
「まさか…」
尚文が呟く間もなく辺りは光に満ち、一行は一瞬わずかな浮遊感を感じる。尚文とラフタリアは、その瞬間に高速思考と念話で互いの意思を疎通する。
『ナオフミ様、これは』
『恐らく転移魔法の一種だ。この家屋全体をどこかに転送しようとしているんだろう』
『呪文を唱えていませんでした』
『グラスもそうだったが、こっちの魔法体系は異なるらしいからな。 おかしな動きをしないか、気をつけるんだ』
『敵対的な意図は感じられませんが? それに水晶の勇者と』
『本物とは限らない。油断はするなよ。俺は念のためにポータルを準備しておく』
『わかりました』

軽い衝撃と共に光は消え去り、室内は元の状態に戻った。いや、激しい雨音が聞こえ始めた。窓の傍に居たルージュが外を見やり、目を見張る。先程まで見えていた裏庭の景色が、豪雨に煙る中に欝蒼と茂る森に変わっていた。
「あら、こちらは雨が降っていますね」
目を少しだけ開いた真緒が上を見上げながら言った。
「建物ごと瞬間移動したのですかな? ポータルで?」
「似たようなものですね。そちらで言う儀式魔法の方が近いですが」
「ここが魔王の隠れ家って訳か」
「いえ、ここは確かに魔物の領域ですが、隠れ家はさらに離れたところにあります。そこへ移動するための転送門を開くことが私の役割ですが、その前に私の事をお話しなければなりませんね」
真緒は畳の上に正座すると、ずっと見せていた柔和な笑顔から一転、神妙な面持ちとなり、膝の前に両手を付いて深々と頭を下げる。零れた黒髪がベールのように真緒の顔を隠す。
「この度は女神メディアを倒し、世界崩壊の脅威から救っていただき、ありがとうございます。
また、メディアとの決戦の折、現地にてご助力できませんでしたことを深くお詫びいたします」
暫くの間、平伏して顔を伏せていた真緒は、ゆっくりと顔を上げると身体を正座の姿勢のまま左に向け、斜め後ろを振り返る。
「そこでは間合いが遠すぎましょう。あと二歩近寄るか、私と王の間に立つことをお勧めします」
それだけ何もない空間に向かって述べると、また皆の方に向き直る。多くの者が理解できない顔の中、ルージュは無言で真緒の話しかけた空間に頷いて見せた。何時の間にか姿を消していた影が現れ、ルージュの後ろに控える。
微妙な空気を破ったのは尚文だった。
「あんたに聞きたいことは多々あるが、その前に… 自分が聖武器の勇者だと証明できるか?」
「うーん、難しいですね」
真緒は暫し思案顔をした後、煙水晶の眼鏡を外し、掌の上で水晶玉に変化させた。 前髪が被さり、俯いたこともあってその面持ちは伺えない。
「これが聖武器だということ、私が正当な所有者である証明は…
そうだ、盾の精霊様なら判るんじゃないでしょうか?」
「ふむ、アトラ」
「はい、尚文様」
半透明のアトラが盾から浮き上がり、テーブルの上をすっと飛んで真緒の傍に立つと、水晶玉に手を添えた。暫時、沈黙が落ちる。アトラは水晶玉に手を添えたまま尚文の方を振り返った。
「この方… 真緒様が水晶の勇者で間違いありませんわ」
「そうか」
「勇者らしくない格好ですものね、私」
水晶玉を再び煙水晶の眼鏡に戻してかけ直した真緒は、手を自らの両肩に添えて自分の服を見る。その姿は垢抜けない町娘か精々旅人といった装いだ。
「水晶の規則事項のために、武器も鎧も盾も装備できませんし、相手に直接ダメージを与える行為も禁止されていますから」
「防具も装備できないって…」
「尚文の武器装備不可も酷い制約だと思ったが、それ以上だな」
「攻撃魔法もNGってことですよね? 勇者としてやっていけるんですか?」
「そこはまぁ、規則の盲点を突いたりして色々と…」
勇者たちからの矢継ぎ早の言葉に、水晶の勇者はもじもじと組んだ手の親指をつき合わせるような動作をしながら俯く。
「まぁいい、次の質問だ。お前も案内役か? 魔王とはどんな関係だ?」
「はい、皆様を魔王の隠れ家まで案内するように依頼されております。魔王との関係は… ご納得いただけるような答えを今ここで提示するのは難しいので、隠れ家に着きまして後、ご説明差し上げます」
「ふん」
尚文は面白く無さそうに鼻を鳴らすと、世界の代行者の力を行使して、時間停止を行う。この状態において対象の記憶(ログ)にアクセスすることで、経験や記憶を見ることが可能となる。
「な、ナオフミ様?」
同じく世界の代行者の力を使ってラフタリアが話しかけるが、尚文はそれを無視して真緒のログにアクセスした。
「? 何だ?」
ログは全て白紙、ごく直近の記録すら残っていない。ラフタリアのように停止した時空間で行動することが出来る能力がある場合は、その対象のログにはアクセス出来ない。しかし、アクセスできるのに何も表示されないという現象は初めてだった。
気持ち悪さを覚えつつも、処理限界により再び時間が動き出す。ラフタリアを除いて今尚文が行った行動に気付いたものはおらず、真緒も頭を垂れた姿勢のままだ。尚文は真緒が頭を上げるのを待って、話しかけた。
「こちらも自己紹介しないとな。俺は」
「盾の勇者にして世界の代行者、岩谷尚文様ですね。お隣の女性が同じく世界の代行者のラフタリア様、そして爪の勇者フィーロ様、鞭の勇者ウィンディア様、剣の四聖勇者の天木錬様、弓の四聖勇者の川澄樹様、投擲具の勇者リーシア様、小手の勇者フォウル様、斧の勇者みどり様、槍の四聖勇者の北村元康様、そして杖の勇者にしてメルロマルク女王のお父君であらせられるルージュ様、後ろの御付の方は、申し訳ありませんが名前を存じません」
真緒は順に一人ひとり顔を見て微笑みながら、名前を諳んじる。
「知っていたのか?」
「皆様、救世の有名人でいらっしゃいますからね。ご高名はかねがね」
「…そうか」
尚文の言葉が途切れるのを待って、ルージュが切り出す。
「マオウ殿の隠れ家に着きましたらば、残りの眷属器七名もポータルにて合流する予定です。馬車の勇者フィトリア殿は残念ながら欠席ですが。
ご好意に甘え、大人数で押しかける事になりますが、何卒よろしくお願いいたしたく」
真緒の優しい弧を描く細い目が驚きで見開かれた。直ぐにまた目を細めて、顔を綻ばせながら両手を合わせる。
「まぁ… それでは現存する殆どの勇者が一同に会するのですね。素敵な宴になりそうです。
メルティ女王陛下にもご行幸賜れるのですね? 勇者以外のお付の方は何名ほどいらっしゃるのでしょうか?」
「恐らく一名、多くとも二名でしょうな。護衛と呼ぶには過分な数の勇者が動向します故、身の回りの世話をする者のみかと」
ルージュの返答に何度も頷く真緒。
「確認になりますが、聖武器の勇者、こちらでは崇四傑でしたか、その内の三人は既に亡く、最後の一人が貴女ということで相違ござらんかな?」
「あ、はい。四年前に崇四傑が揃ってここに召還されまして、正確に言えば私ともう一人がさらに半年ほど早く召還されたのですが、転生者いえそれを操る女神メディアの詐略に乗せられてしまい、勇者同士で仲違いを…
情けない話ですが…
そして三年ほど前に、罠に嵌められ争っているところを眷属器を持った転生者達に闇討ちされる形で三人とも…」
話しながら、次第に項垂れる真緒。前髪が一房ばらけて、彼女の顔ばせに影を落とす。
「三年前…」
「召還されたのは四年半前か…」
「僕達が召還されたのは大凡一年前ですから、随分差がありますね」
「三年間もお一人だったのですね…」
釣られるかのように場の雰囲気がしんみりとしてしまったのに気付いた真緒は、顔を上げて勤めて明るい声を出す。
「雨が上がったようですね」
気がつけば雨音は聞こえず、窓の外も日が差し始めていた。

「では皆様、転送門を準備いたしますので、外でお待ちください。忘れ物などございませぬようにご注意を」
真緒は立ち上がりながら皆に声掛けし、ショートブーツを履いて離れ屋の戸を開いた。勇者達も後を追うように荷物を掴み、外に出る。
一行は改めて外の様子を確認する。離れ屋が転送されたのは山裾の街道から少し奥まったところで、周りの木は剪定されていて、手が入れられているのが分かった。見れば周りに同じ様に整備された空間が数箇所ある。街道には高さ十五メートルほどの井楼がそそり立ち、詰め所らしき小屋が隣接していた。山の方はさらに木が鬱蒼と生い茂り、中腹より上は雲がかかって見えない。山肌に林立する木々の種類は様々で、真っ黒い葉の樹林や一瞬毎に梢の色が変わる巨樹など、遠目に見てもいかにも魔物の領域といった雰囲気だ。
さらに特筆すべきは街道の幅だろう。十メートルはあろう道幅の両端には明らかに整備された街路樹が植えられている。一定間隔で同じ高木が植えられているのは、何かの目印だろうか。左右に伸びた街道はその道幅と縁取りによって遠くまでよく見える。路面は一見、土が露出した獣道のようだが、小石粒が均一に撒かれ、突き固められている。往来するものはない。いや
「足音が近付いてくるよー 沢山」
街道の西の方角から、赤褐色の光沢を帯びた甲冑を着込んだ集団が移動してくる。勇者達に緊張が走る。
「ご心配なく。あれは運送屋です」
甲冑に見えたのは、人の背丈の半分ほどもある巨大な蟻の集団だった。大きな籠に二本の棒を通し、二人一組前後でそれを担ぐ。集団の先頭を飛ぶ人影が空中で静止してこちらを見た。赤褐色のサレットのような兜を被り、同色のブレストプレートの背中から四枚の透明な羽が生え、振動している。手足は細く、片手に槍を携えている。そのシルエットは蜂や羽蟻を思わせた。
真緒はそれに背を向けると、手を下ろして広げてみせる。それを見た蜂人は僅かに会釈すると、歩みを止めずに街道を進む巨大蟻達の先頭へ飛ぶ。
「なんだ、あれは」
「巨大蟻はヴェスポードという魔物です。昆虫型の魔物の中では最大の勢力を持っています。あれはその中でも比較的小さいスマラグ種ですね。幼虫が糸を吐いて繭を作る珍しい種です。運んでいた籠の中身は、恐らく繭からとった生糸でしょう。
先頭を飛んでいたのは、ミルミドネス族という亜人種ですね。彼らは男しかおらず、ヴェスポート種の女王と勝負して勝利すると、そのコロニーを支配します」
「敗れた場合は?」
「多くは殺されますね。稀に女王に囲われる場合もあるようですが」
話しながら真緒は離れ屋に歩み寄って中を覗き、残置物の無い事を確認して戸を閉めた。さらに皆を集めて全員揃っていることを確認する。
「では、転送門を開きます」
一行に背を向けて呪文の詠唱を始めようとして中断し、皆を振り返る。その表情にはどこか極まりの悪そうな、含羞が含まれていた。
「大事な事をお願いするのを忘れてました。私が水晶の勇者だということは、どうぞご内密に」
「じゃあ何と呼べばいい?」
「名前で呼んでいただいて構いません。こう見えて、魔物の内でもそこそこ名前が売れているんですよ」
改めて手を前に伸ばして唱えなおす。
「傾注刮目 其は我が心肝が紡ぎし廊、此処より此方へ、赤銅と素色、黄櫨染と素色、紺碧と素色、常盤と素色、紡ぎ、結い、固め、以って黒き門の表裏と成せ」
差し出した手の先に漆黒の膜が現れた。それは次第に縦横に伸張し、高さ三メートル、幅二メートルほどの大きさになる。その空間に開いた穴はペンタブラックの如く存在感が無く光を完全に吸収し、横から見ると厚みは全く無い。その非現実的な光景は、まさに魔法の産物といえた。
しかしそれ以上に一行を吃驚させたのは、未だ手を前にかざした姿勢で転送門を維持している真緒の背中から、全く同じ姿をした存在が現れたことだ。
その真緒の分身体は荷物を拾い上げると「では、後に付いてきてください」と言って、無造作に漆黒の門に歩を進める。まるで影に飲み込まれるように消えた真緒の姿を唖然と見送る勇者達。
「さ、お早く」
こちらに残った真緒が促す。
「おい、今のは」
「私の分身です。この転送門は私が許可したものしか通しません。でもそれだとこちらから向こうへの一方通行になってしまうので、向こう側の私が逆方向の許可を行うことで、何かあった時に戻れるようにしました。向こう側の門の位置の微調整も行っていますけど」
「理屈はよく解らないが、魔王の隠れ家とここの間を自由に行き来が出来るようにしたってことだな」
「はい」
「では尚文さん、先導をお願いしますよ」
樹に促されて、尚文は渋々といった体で転送門に右手を入れてみる。闇の中に入れた部分は見えなくなり、喪失感こそないものの、ここには無いことが力を使うと実感できた。さらにレンジを広げて自分の手が何処に転送されているのか探る。かなり遠い場所に右手の指先が出現しているのを知覚した。
「服や装備が外れたりとか、そういうお約束は勘弁だぞ…」
そう呟き、思い切って頭を転送門に突っ込む。何の抵抗も時間差も無く、彼の頭は向こう側に出現した。目の前で真緒が転送門に手をかざしている。
「お帰りなさいませ、岩谷様」
一瞬、元の場所に戻ったのかと錯覚しかけたが、辺りの様子の違いに正しく別の場所に転送されていることを理解する。
「ここが魔王の隠れ家か?」
「はい」
真緒の後ろには木造の大きな建物がそばだっていた。靄がかかり微かに硫黄のような匂いがするので、温泉があるのかもしれない。尚文は突っ込んだ頭を戻して振り向き、「大丈夫そうだ」と言ってから、再度転送門に入った。
「その出たり入ったりの動きが、私がこちらにいないとできないのですよ」
転送されてきた尚文に向けて、真緒がやや得意げに説示する。尚文はそれに答えず、辺りを見回した。さらに知覚をマクロにして座標を確認する。
先程の場所からかなり離れているが、未だ山の中という景観だ。ただし木々の植生は大きく異なる。普通の木が多く、魔物のテリトリー感が薄い。
そうこうしている内に、影門からラフタリアに続いてフィーロ、フォウルと勇者が続々と現れる。
全員揃ったのを指折り(二進指数え式で)確認すると、真緒は掌を返す。
転送門が小さくなり、消滅した。
「向こうの真緒が来ていないようだが、大丈夫なのか?」
「ご心配には及びませんわ」
周囲を見回し、真緒に向かって問いかけた錬の後ろから、もう一人の真緒が現れる。二人の真緒は歩み寄りながら互いに手を伸ばし、触れた瞬間に片方が吸い込まれるように消えた。

「さて、残りの勇者の方々はポータルで合流するとのことでしたが、何方かお迎えに行かれるのでしょうか?」
「いや、その必要はない」
尚文はフィーロを呼ぶ。
「フィトリアにポータルを繋げる用意をするように伝えてくれ」
「わかったー」
フィーロは跳ねた前髪を弄りながら、フィトリアと連絡を取る。
「もうみんな集まって準備できてるってー」
「そうか」
尚文は頷くと真緒の方を向いて、ポータルを出す位置を確認する。
「そうですねぇ」
真緒は頬に手を当てて、首を傾げる。そしてフィーロのそばに歩み寄ると、膝を曲げてしゃがみ込み、話しかけた。
「ここはもう殆ど人が来ない場所ですから、元の姿に戻って大丈夫ですよ」
「そうなのー?」
フィーロが尚文の方を伺う。尚文が首肯するを見て、ボフンという音と共に大きな鳥、ダチョウとフクロウを足したような姿になった。元康が残念そうな顔をしている。
真緒は自分よりも背の高くなったフィーロを見上げて、また少し推考すると、建物の前の石畳にフィーロを誘ってポータルの位置を指示する。
「このへんでいい?」
「ええ、お願いします」
忽然と大きな馬車が現れ、側面の扉が開いた。中からエクレールを先頭に、メルティ、サディナ、キール、クー、マリン、メルティ付きの影、と続々と転送される。最後にラフちゃんが背中に背負った小船をつっかえさせながら出てきた。一様に辺りを見回した後、尚文に歩み寄る。クーとマリンだけは元康に飛びついたが。
自然と尚文を中心に人の輪が出来ていた。尚文に話しかけるタイミングを見計らっているメルティの前に真緒が進み出て、エクレールが思わず見とれるほど見事なカーテシーで挨拶する。
「ようこそお越しくださいました、メルティ女王陛下。
私は水晶の勇者をやっております山王真緒と申します。
御目文字叶いまして、光栄に存じ上げます」
「え、水晶の勇者?」
突然の自己紹介に、若き女王は目を白黒させながら挨拶を返す。真緒は一歩引いて一同を見回すようにした後に、改めて深々と頭を下げる。
「このようなところまで皆様をお呼び立てし、ご足労賜りましたこと、謹んでお詫び申し上げます。どうぞこちらよりお入りください」
真緒の言葉に合わせて、建物の扉が開く。二重の扉の向こうは絨毯敷きの広々としたロビーが広がり、中には所謂メイドや執事の格好をした亜人や獣人たちが一列に並んでお辞儀をしていた。その中から一見普通の人間に見える黒服の男が進み出でて挨拶する。
「勇者の方々は魔王が参りますまで、控えの間にてお待ちください。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
一同は案内されるままに建物の中を進む。黒檀に似た赤と黒の縞模様の内装は、天井の高さもあり重厚な印象を与える。黒服の男はある一室の前で立ち止まり、一行に入室を促した。 
「準備が整いましたらお迎えに上がりますので、それまでごゆるりとお寛ぎください」
背もたれのないベンチのような腰掛とテーブルの上には幾種類かの飲み物、そしてカップやグラスが準備されていた。念のために尚文が目利きをして、毒類が含まれていないか確認する。
全員が落ち着いたタイミングを見計らって、尚文とルージュは後から合流した八名に途中までにあった出来事を掻い摘んで説明する。四日間の船旅、港の入口で起きた海賊による戦闘、港町の様子、水晶の勇者との出会い。
小半時ほどかけて話し終えたが、魔王は未だ見えない。
「待たせるな」
「多分、お色直しに時間がかかっているんですよ」
「は?」
尚文がラフタリアに問い直そうとした時、ドアがノックされて先程の黒服の男が入ってくる。
「皆様、大変お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
再びエスコートされた先は、メルティ御殿の謁見の間に似ていたが、天井が高く神殿の広間のようにも見える。
その玉座に魔王がいた。
「ようこそ、世界の代行者にして守護者たる岩谷尚文様、そして救世の勇者の皆様。
私が魔王です」
聞き覚えのある魅了的な声の主は簡易の玉座から立ち上がり、両手を広げて勇者達を迎え入れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?