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猫と二日酔いと筋肉痛と

みなさん、こんにちは。スイスラボの言語学者、Yamayoyamです。
今日は牛ではなくて二日酔いしてそうな猫の扉絵(ヘッダーとも言う)で言語学小咄をお送りします。

私は座り仕事が多いので、気をつけないと運動不足になりがちです。立ち仕事であっても、ずっと立ちっぱなしだとそれはそれで足がムクんで辛い、と聞きます。きちんと体をまんべんなく動かす時間を取るのが良いというのは百も承知ですが、忙しさにかまけて忘れがち。簡単ではないですよね。みなさん、運動、どうしてますか?

そういう私はといえば、スイスでなんとかぼちぼちやっております。
スイスラボの志津先生にヨガを習ったり、せっかく風光明媚なスイスにいるので、春から秋にかけてはハイキングに出かけるように心がけています。

ところがこのハイキングがクセ者であります。
こういうときこそ地元の人たちの地の利を拝借するのが良いと思うので、スイスの風光明媚な場所に詳しい夫やスイスの義理家族のみなさんにハイキングに連れて行ってもらうことがあります。そこで驚くのですが、みなさんたいへん健脚でいらっしゃる。「ちょっと歩く」=「10キロくらい歩く」です。「好きなだけ歩く」=「20~30キロ歩く」。何かに備えてアルプス越えの演習でもしてるのかと勘ぐってしまうほどに歩く。私は「都会育ちだし、普段から読んだり書いたりする仕事で運動が得意じゃないし(ゴチャゴチャ・・・)、つまり何が言いたいかというと、めっちゃ手加減してください!」とお願いしてなんとか10キロくらいのコースにしてもらっています。

平坦な道なら10キロはこんなにゴチャゴチャ言うほどではないのですが、スイスはご存知アルプスの国、どこも上り下りがけっこうはげしいのです。しかもそういう場所ほど、見晴らしが良くて景色が綺麗だったり牛がいたり高山植物が生えたりしていて楽しい。

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というわけで、私にスイスの様々な絶景や植物を見せてくれようと、スイスの義理家族はそういうコースを選んでくださるのです。10キロだけど。
さりげなく牛ウォッチングの時間をはさんだり、水分補給+フォトセッションを始めたり、立ち止まって珍しい植物の説明をしてくれたりと、みなさん親切にモヤシ育ちの私に合わせてくれます。けれどもその甲斐もなく次の日はたいてい筋肉痛になります。

そんな筋肉痛の話をしていることが多かったのか、ドイツ語で筋肉痛を Muskelkater ということを最近学びました。

「Muskel」は「筋肉」を意味する名詞で、英語でもmuscle だしどうということもないのですが、面白いのは二番目の要素の 「Kater」 のほう。ドイツ語で「オス猫」の他に「二日酔い」の意味があります。オス猫の意味のほうはあまり小咄のネタにはならないのですが、「二日酔い」のほうが味わい深い。「einen Kater haben」で「二日酔いだ」の意味になります。

例:Heute habe ich einen Kater.「私は今日二日酔いだ。」

なぜオス猫が二日酔いと結びつくのか気になりすぎたので Röhrich 先生(※)の辞書で 調べてみました。先生曰く、二日酔いの意味の Kater は、ドイツはザクセン地方ライプツィヒの学生の間で流行った表現に由来するのだそうです。既に19世紀にはよく知られた表現になっていたそうです。なんでザクセン地方かというと、風邪のカタル症状や体調不良を意味するドイツ語「Katarrh」という単語の発音が、ザクセン方言ではちょうど Kater「オス猫」のように聞こえるのが主因のよう。「Katzenjammer(体調不良)」という表現もあいまって、格好の語呂合わせのネタになったようです。※※

私たちも、「今日は二日酔いなのでお休みします」とは言いづらくて「今日は体調不良なのでお休みします」と言っちゃったこと、ありませんか?私は・・・、20年くらい前にあったかな・・・(汗)?ライプツィヒの学生たちも「二日酔いで・・・」と言うのにちょっと気が引けて、「体調不良で・・・」と本当に言ってたかどうかは不明です。が、恐らくそんな経緯で二日酔いのときに「ich habe einen Katarrh」と誤魔化していたのが「ich habe einen Kater」によく似て聞こえて、理由が理由なだけに「Kater」が二日酔いの隠語的表現として使われているうちに、本当に「二日酔い」の意味になってしまったのかも?

Röhrich 先生としては、「besoffen wie ein Kater(オス猫のように飲んだくれる)」(18世紀末に使用例アリ) という表現があったので、「Kater」が「二日酔い」と結びつく素地は充分にあったと考えているようです。「オス猫のように飲んだくれる」のほうはもう使われなくなったのに対して、「einen Kater haben」は今も大人気、よく使われるのは非常に興味深いです。

こうして調べるうちに「Kater =二日酔い」が、正直に「呑みすぎた」というのは恥ずかしいけど、でもウソはつきたくない、というなんとも微妙な心情を映したユーモアたっぷりな表現に思えてきました。意外とドイツ語もユーモアがあるじゃないかと思った瞬間でした。

そして今回の「Muskelkater」に戻りますけど、筋肉痛を「筋肉の二日酔い」に例えるその感性が面白い!と思ったのでした。たしかに無謀にも山道を10キロ歩いた次の日にじわじわと鬱陶しく痛む。「ああ、昨日ちょっと無茶したかも」と思いながら痛みに耐えるところがソックリ。

けっきょく言語学というより語呂合わせの話になってしまったけど、今日は小咄はこのへんで終わりにして、あとはご近所のオス猫の写真で誤魔化したいと思います。私の親友です。Cramelo-Binfy と言います。カメラ嫌いでレンズをなかなか見てくれないけど、そういうところもかわいいです。特にヘッダー写真ではまるで筋肉痛か二日酔いかのようにムスッとしていますが、単にカメラが嫌いなだけです。

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こういう日もある、ということで、ご容赦ください。
次を楽しみにしていただけたらと思います。

スイスラボの言語学者
Yamayoyam


※ Lutz Röhrich(編)Das große Lexikon der sprichwörtlichen Redensarten, Vol I, II, III (Freiburg, Basel,  Wien: Herder, 1991 – 1992.) の第二巻、816ページを参考にしました。
※※ なんで体調不良を Katzenjammer(猫の嘆き)というのかも気になりますが、これはまたの機会に。でもなんとなく分かるような気もする・・・。猫っていつも気だるそうに寝てばかりいるし、元気ハツラツという感じではないですし。

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