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スウェーデンにて、「Saft」を普通のジュースの事だと思って、少し辛いめに遭った話

みなさんこんにちは。

Yamayoyamです。

今回はスウェーデンの思い出話をしようと思います。

2012年の8月に一念発起してスウェーデンに渡り、ストックホルム大学バルト語学科で博士課程を始めました。

学校ではみなさんあたたかく迎えてくれたし、諸々準備万端にしてくれていたのであまり困ったことはありませんでした。今でも感謝。学校で困ったことと言えば、病的な方向音痴なので、広い学校の中で迷子になりがちで恥ずかしかったこと、くらいです。

すごく困ったのは移民局と税務局での手続き、それから学校外での日常生活(アパート探し・寒さ含む)でした。

その困ったことの中でも、ライトなのをご紹介しようと思います。ヘビーだった件は、書き始めると色々と燃やしてしまいそうなので、自粛。

スウェーデンに渡ったころ、まだスウェーデン語がチンプンカンプンで、知ってるスウェーデン語といえば Migrationsverket(移民局)と Skatteverket(税務局)くらいでした。なので、スーパーでの日用品の買出しすらアドベンチャーな日々でした。パッケージのイラストや、ブツの見た目ですぐにそれと分かるものもたくさんありますが(特に生鮮品)、たまに見たこともない物や、見た目は馴染みがあるのに中身は全く違った!というものもありました。その中に、今日ご紹介する「Saft」がありました。コイツにはうっかり騙された、というお話しです。

ある日買出しの最中、ちょっとスウェーデンぽいジュースでも飲みたいな、とスーパーのジュースコーナーでうっかり思ったのが運の尽きでした(大袈裟)。ジュースはパッケージやらイラストからしてすぐに分かるタイプの商品だし、間違いは起こらないだろう、と思っておりました。で、見つけたのが、これ(の類似品)。


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(https://www.torebrings.se/produkt/blandsaft-korsbar-1-6-1-l-onos/55676)

写真のはさくらんぼのですけど、買ったのはスウェーデンを代表するベリー、リンゴンベリーのジュースで、これの1/4くらいのサイズでした。当時からドイツ語はちょっとやっていたので、パッケージに書いてある「SAFT」も、ドイツ語と同じくジュース界隈のことを指すのだろうと思って買いました。家に帰って、早速実飲。うわぁ~アントシアニンだかポリフェノールがいっぱい入ってそうな濃い色だなぁ。それにしてもちょっと濃すぎない?と呑気なことを思いながら一口飲んで、

~!@#$%^&*!?

みたいなことになりました。

超絶甘酸っぱくて濃ゆかったのですよ。さんざん引っ張ったけど、たったそれだけ。それほど辛い目でもない。

写真のパッケージに「1+6 ger 7 liter」と書いてあるの、希釈率です。このパックの中身1リットルに6リットルの水を足して7リットルのジュースが作れますっていう意味です。実際に買ったちっこいパッケージにも「0.25 + 0.75 ger 1 liter」とちゃんと書いてあったのですが、スウェーデン語分からん、といって完全無視していたのですね・・・。ほとんど数字なのに。

知ってるかたもいらっしゃると思いますが、スウェーデン語で saft って、濃縮果汁のことなんです。普通のジュースのことは英語と同じく「juice」と言います。辞書を見ると「jos」もジュースの訳として出てくるけど、あまり使われていないような。いつもドイツ語に似てる風なフリをしていて、肝心な(?)時に違いを主張してくるスウェーデン語に裏切られたような気持ちに勝手になりましたとさ。

本当は4倍に薄めないといけなかったけど、コップに全部出しちゃったし、1リットルも飲めない・・・。仕方ないので、大きいコップに移して2~3倍くらいに薄めた濃い目のジュースをその日は一日飲みました。体に悪いし、せっかくのリンゴンベリージュースがもったいなかったわ・・・。その強烈な味のお陰で、その後二度とsaftを普通のジュースと間違えることはありませんでした。

濃すぎるジュースを飲みながらふと疑問に思ったのは、「Saft」って元々どっちの意味だったんだろう?ていうことです。当時調べそびれたので、今回調べてみました。

毎度おなじみ、Kluge 先生の語源辞典に今回もお世話になりましょう(前回お世話になった回 → こちら)※1。先生の辞書によると、14世紀から謎の -t が末尾に現れたけど、古高ドイツ語では「sa(p)f」と綴られていたそうで、英語の sap「樹液」(やスウェーデン語の sav 「樹液」)に対応する語なんだそうです。確かに搾りたて果汁よりも濃そうだわ。

とはいえ、今でもドイツ語の Saft は果汁の他に樹液の意味もあるように、西ゲルマン祖語で「樹液」と「果汁・汁」の両方を意味していたそうです。

14世紀からドイツ語「Saft」に現れた謎の -t がそのままコピーされているスウェーデン語の「saft」は、中高ドイツ語からの借用です(こちら)。以前の記事で 「gift (毒)」もドイツ語からスウェーデン語への借用だったという話がありましたよね。意外とスウェーデン語ってドイツ語からの借用語が多いんだなとこのブログを書いていて気付きました。

じゃあ英語の juice は何者かというと、古フランス語から借用した jus (更に更に、ラテン語「jūs(出汁、ソース、野菜汁)」に由来する)に由来するそうなんです(※2)。ということはスウェーデン語の jos も恐らくロマンス系の借用語だろうと当たりがつきます。そして「juice」は言うまでもなく英語からですね!

面白いのは、古フランス語などから「果汁」を借用しなかったドイツ語では「saft」が今でも「樹液」「果汁」の両方の意味を保っているのに対して、古フランス語 jus を借用した英語やスウェーデン語では、「sap」や「sav」が専ら「樹液」の意味に特化していること。元々の固有語と借用語で意味の棲み分けがなされたのですね。

最初のギモンの答えとしては、

「saft」は元々「樹液・果汁」の意味だったらしいけど、ドイツ語からスウェーデン語に借用されて、他の関連語(「sav(樹液)」「juice(ジュース)」「jos(ジュース)」)と意味の棲み分けをした結果、今では「濃縮果汁」の意味に落ち着いた

といった感じでしょうか。

なんでスウェーデン語はこう、次々と「ジュース」関係の単語をあちこちから借用したんだろう?という疑問は残りますけど、なんとなく分かったような、スッキリしないような。

ドイツ語とスウェーデン語のような似た言語って、どっちかを知ってるともう片方の勉強に便利ではあるのですけど、こういう落とし穴(またまた大袈裟な言い方ですけど)があるので要注意です。でも、多少ひどいことになるくらいで済むなら、こういう落とし穴に落ちるのもまた一興、くらいの余裕を持って生きたいものです。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
モヤモヤを残したままで恐縮ですが、また次回まで~。

Yamayoyam


※1 Kluge-Seebold(編)Etymologisches Wörterbuch der deutschen Sprache. (de Gruyter, 2002) を参照しました。

※2  これは別の辞書 The concise Oxford dictionary of English etymology でサクッと調べました。ただし、中身を見るにはアカウントが必要です。

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