Straight, No Chaser
「自分たちの置かれた世界の恐怖に圧倒されたんだ。
なぜなら、彼らには結局、もはや純粋に抒情的な芸術という武器では、
その世界を圧倒することが出来なくなっていたからだ」
ケネス・レクスロス(ビート系詩人)
「半世紀以上前に既にそう言われていてたんだから、今やどうしようもないよな。走り出した電車は止められないのさ。かつその電車は加速し続けなきゃいけないように出来ている。ブレーキを踏んだら負け、なゲームが2世紀前から始まっちゃってるんだ。俺たちの選択肢は二つしかない。『それでもその電車に乗ろうとするか』『諦めて電車の動力となるか』しかないんだ。そういう意味において、実際に人間としての最高速度に達したのはこれかもしれない」
そしてマスターは”Charlie Parker On Dial”の”Night In Tunisia”をかけた。
「この”Famous Alto Break”と言われるソロを改めて聴いてみな。これは俺が思う人類の最高速度到達地点だと思うぞ」
「え、でもマスター、さっき『この社会は加速を止められない』みたいなことを言ったじゃないですか。”Night In Tunisia”から半世紀以上経った、今現在はどうなんですか?」
「それは”人力”と言う意味においてだ。これが、、、えっと、、、これがレコーディングされたのが1946年か。ここら辺が人類の肉体的な速度のピークだろう。それ以降は電気だなんだ、他力本願な時代になっちまったんだ。だから一見加速したように見えて、人間が人間を騙し続けるルーティーンに入ってしまったのさ。だって最近のメジャーリーグの野球なんて見てらんないだろ?」
「あ、メジャーリーグ見てないですね。大谷翔平とかですか?」
「あいつは別格かもしれん。だがメジャーリーグはもう機械化機械化、そしてデータデータで、サイン交換は骨伝導だし、近々審判もAiになるって話だ。人間のものがどんどん電気に奪われていってるんだ。そうやって無理やり加速するしかしょうがない社会なんだよ。」
「Ai審判ですか。それは酷いですね。まぁ最近コンビニのレジとかも無人化が進んでますしねぇ。ある時代までは良かったかもしれないですが、例えばエアコンや冷蔵庫が出来立てくらいまでは良かったかもしれないですが、自分が思うに、、、人間と機械、マスターの言うところの”人間と電気”のバランスがギリ保てていたのは90年代ぐらいが最後ですかね?」
「そうだなぁ、、、”昔は良かった”と言うのは嫌いだからな。どの時代にも良さもあれば悪さもある。でも知らなくて良かったこともあるからねぇ。そう、カールセーガンってNASA出身の宇宙学者みたいな人が書いた”Pale Blue Dot~惑星へ”って本に記されてたんだが、人類は1837年になるまで地動説が認められなかったらしい。つまり地球中心の、太陽が地球の周りをまわってるって世界観。たった200年ぐらい前。つまり人類史を2万年とするならば現在の世界観になってまだ人類史の1/100しか経ってない。産業革命も1800年前後だから200年ぐらい。そこらへんまでは良かれ悪かれ世界は小さくまとまってたってことだ。そこから宇宙の無限を知り、経済という無限の概念を生み出して、結果ブレーキのない世界が始まってしまったんだ。地球も宇宙もなんら変わってないんだけどな。」
「200年前ですか。遠いようでそんな遠くない気がしますね。人類史のごく一部に過ぎない、、、てことは、もっとそれより前の時代に学ぶべきことがあるのでは?ってことですか?」
「もちろんそうだろう。定常社会というか、でも昔は疫病も多かったからな、一部の王者、殿様が中心になりつつ、市民はワンオブだったとも言える。差別も定常化していた社会。だが一方で領土拡大を目論んだ、野望を抱きすぎたトップは必ず失墜するという歴史も残ってる。人間が大きくなりすぎないようにはなってた訳だ。200年前まではちゃんとブレーキがあったってことだ。アクセルがなかったとも言えるけどな。
で、まぁ俺が最近思ってるのは最初の話に戻るが、その加速社会の考え方をやめれないか?てことだ。現代なりの定常社会ってものを皆で作り出せないものか?てことを最近はずっと考えてる」
「ではマスター、スコッチを、、、Ardbegをストレートでください。”Straight, No Chaser”でお願いします。嘘、やっぱりチェーサーはください。だって昔は酒はどの国でも”Straight No Chaser”ですもんね?」
「なんか上手いこと言ってるような言ってないような、、、笑。どうせThelonious Monkにかけるならバーボンの方がいいんじゃないか?」
「没落した大英帝国の生み出した酒、スコッチってのがいいじゃないですか。しかもこの正露丸のような臭みが伴ってるところが」
小さなワイングラスのようなグラスに入ったArdbegのストレートをちびちび飲みながら、マスターの出してくれたチーズを齧りながらしばし”Charlie Parker On Dial”を聴いている。天才奇才とされるBirdことCharlie Parkerにもいろんな苦労があったという話をマスターがしてくれた。どうしてもBillie Holidayと共にどうしようもないジャンキーのように紹介されることが多いが、彼らなりの繊細さと黒人差別への恐怖がジャンキーに向かわせた側面もあると言う。影響力を持ち始めた黒人はドラッグの罠にハメられがちだったと言う説も数多ある。その苦しみの表現、苦しみから飛び立とうとする「鳥~Bird」になろうとした表現が結果として時代や人種を超えて評価されている。評価されていることはいいことかもしれないが、その”苦しみの表現”を維持するために”苦しみ”ごと維持されなくてはいけないと言う社会はいかがなものか?
「それがアメリカンドリームの正体だよ。アメリカにおける芸術は、差別を維持するための装置にもなってしまってるんだ。」
「あ、マスター、それで一つ思い出しました。自分、10年前ぐらいですけど、オランダでやってるNorth Sea Jazz Festival行ったんです。当時まだ健在のB.B.Kingとかも出てましたね。で、ステージが終わるごとに、客は他のステージに移動するんですけど、みんなステージ前にゴミをどんどん捨てていくんですね。空き瓶やらなんやらを。で、周囲の人に聴いたんですよ、『なんでここに捨てるの?』と。そしたら『この後、掃除婦が集まってきて掃除してくれるよ。奴らの仕事のためにもここに捨ててあげる必要性があるんだよ』なんて答えるんです。そうやって差別を維持する装置が自然に稼働してるんだなと思ったんです。」
「そう言うことそう言うこと。欧米は根深いよね。アングロサクソンはなんでそうまでして有色人種を差別しなきゃいけないんだ?と思っちゃうぐらい当然のようにその差別装置が社会にセットされているんだよ。俺が昔読んだ本で、『人類史上最初に差別されたのはアングロサクソンだ』という話があって面白かったね。彼らは突然変異のアルビノで、アフリカ黒人にアフリカを追い出されたんだと。それを何万年も根に持ってると言う話だ。自然環境が充実していたアフリカを追い出され、生活が困難な場所に来ざるを得なかったから農業や文化を生み出したんだと言う話だ。めっちゃ筋が通った話だろ?」
「スケールデカいっすねぇ。ま、確かに黒人の方が精力も強い感じありますもんね。最近のMVなんか見ててもほんと思いますよ。これだけ尻だ胸だ露出してアピールされて、俺なんかゲンナリしちゃいますけどね。日本にはR.Kellyみたいな人は出てこないと思いますよ、特に今は。もっとネチネチした性欲はあるでしょうけど、、、笑」
「お前はネチネチしてそうだなぁ。ま、いいや、今度聴いてやるよ、お前の性事情」
「遠慮しときます、ネチネチ君は他人に話さないんです 笑」
「笑、、、それは筋金入りのネチネチだな。まぁ人間の欲はキリがないからな。性欲も極めようとすると結局”愛のコリーダ”のように自死に向かうハメになる。音楽も極めようとするとBirdかColtraneのような死に方になってしまう。人間のエゴを限定していた200年前までと、解放したここ200年、そろそろブレーキが必要だと俺は思ってるんだがなぁ。少なくとも俺が生きてるうちにブレーキがかかる状況は見られそうにないな。」
「ひょっとして”Straight, No Chaser”は未来へのヒントかもしれないっすよ」
「どう言うことだ?」
「”Straight No Chaser”って酔っ払うじゃないっすか?酔っ払うっていいブレーキじゃないですか?時にはアクセルにもなるけど、基本的にはブレーキになる。いずれにせよ加速度は弱まる気がしませんか?この身体を侵食されていく感じ、気持ちいいじゃないですか?これこそ平和ですよ」
「お前、今日はそろそろにしといたほうがいいんじゃないか?」
「じゃあもう一杯、締めはLAGAVULINで!
大英帝国万歳!ジョンソン退陣万歳!」
「お前、むしろ加速しちゃってるよ」
Ardbeg (アドベグ)
スコットランドはアイラ島で作られている、独特の、正露丸のような香りがするスコッチウィスキーの一つ。その独特さゆえ、好き嫌いが別れやすいが、現在は多くの支持者がいる印象。これを生牡蠣にちょろっとかけて食べる、なんてスタイルも人気。
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