"The Paris Match"
「あなたの居場所を探しに
カフェやバーを歩きまわるの
あなたが私のマッチに火をつけてしまったのよ」
from “The Paris Match” written by Paul Weller
その曲がかかっているだけで、その店がいい店だと分かる、そんな曲がある。James Taylor “Don’t Let Me Be Lonely Tonight”や、Ahmad Jamalの”Dolphin Dance”、ましてやThe Moments “Sexy Mama”なんかがかかってようものなら俺の足は急に自動運転仕様になって、その店に俺を連れて行ってしまうだろう。そんな自動運転仕様に加えて、フラッシュバックする思い出ごとセットで誘われる曲、それが俺にとっての”The Paris Match”だ。それも作者Paul Wellerが歌うバージョンではなく、EBTGのTracey Thornが歌うバージョンじゃなくてはないけない。この、第一印象で性別が分からない独特な哀愁の声で歌われるその”The Paris Match”を聴いてしまうと、俺は気づけばタイムマシンに乗っていろんな思い出がフラッシュバックしているだろう。
もちろん昨今はラーメン屋でもジャズやR&Bがかかってたりするから、曲調だけでは店の良し悪しは判断できない。一瞬好きな曲がかかっていても、その前後の選曲を聴けば「あ、これは有線放送だな」とわかる。つまり曲調だけで選ばれている可能性が高いと言うこと。でもコンピレーションCDやMix TapeやプレイリストをかけているならOKだ。その違いは何か?店主の音楽愛の有無がそこに現れるからだ。その音楽愛があると言うことは、それ以外の酒、カクテル、つまみのチョイス、味付けから内装などなどにもある程度こだわりがあるはずだと推測できるのだ。その店の感性のアンテナの有無は、選曲に現れる。飲食店、ましてやバーという場所は味覚と嗅覚と視覚を時に凌駕するほど聴覚が店を作るのだから。
ましてや俺のあげたような4曲は有線放送には引っかかりにくいので、「その曲がかかっている」と言うことは「その曲をかけようとするスタッフがいる店」であり、つまり「いい店である」可能性がより高くなると言っていいだろう。少しの選曲だけで、その店が、店主がどう言う人か?はおおよそ想像が出来る。ましてやレコードジャケットなどを飾っていようものなら、もうそれで「いい店確定!」の烙印を押せる。
そんな、俺にとっての琴線曲”The Paris Match”がかかってる店に偶然出会ったのは数年前の京都だった。店の名前は忘れたが、バー散策をしていてたら、この曲が聴こえてきたのでニヤニヤしながら店内に入ったことを覚えている。10人ぐらいで満席の小さなバーには三人ほどお客さんがいた。内装もカウンターも木造。多くの酒のボトルの間にPaul WellerとCurtis Mayfieldのポスターが飾ってあるのが目についた。
「うん、これは良さげなバーだ」
だがその日は残念ながらマスターはお休みなようで、スタッフのお姉さん一人が切り盛りしていた。お姉さんに、流れてる曲が好きなことを伝えると、残念ながら彼女はよく知らないらしい。でもこの曲が入っているアルバム”Cafe Bleu”のCDがあるだけでOK、というかマスターがいるときに来たかったな。。。と思いながら酒をオーダーすることにした。
さてこの曲”The Paris Match”に合う酒はなんだろう?名前こそパリだけど、作者Paul WellerはUKの労働者階級出身、となるとビールかスコッチウィスキーか、、、いや勝手にジンが彼には合う気がする。少なくともこの曲にはジンが合う気がする。それも度数が少しきつめ(47.3度)なタンカレーあたりかな。度数がきついのでカクテル向きとされるので、ジントニックなどでも重宝されているが、今日はソーダとライムでジンリッキーにして、香りを楽しみながら曲と共に飲み干そう。
UKは飯が不味いとされるが、酒は美味いものが本当に沢山ある。飯の不味さを補って余りあるほど、美味い酒が沢山ある。飯より酒、な人種なんだろうか?ただ、俺が読んだある書籍には、産業革命が勃興した18世紀より前は、UKでも飯は美味かったと言う話があった。それまでは畑~家畜~森を共同で経営し、共有していたのでいろんなレシピがあったのだが、産業革命以降、どの土地も家畜も森も所有者が明確にされたため、そのレシピを実現できなくなり、大手となった企業が提供する劣悪廉価な食べ物しか一般人は入手できなくなったと言うのだ。UKのソウルフードは本来はフィッシュ&チップスだけじゃなかったということだ。
実際、酒の業界でも18世紀には「ジンクレイズ」と呼ばれる、劣悪なジンを安価で提供する業社が出てきたことで、理性を失った泥酔者と犯罪者を大量に生み出す状況になったそうだ。そんな中、品質向上を目指す意識高い蒸溜所がいくつか出てきて、悪徳業社との差別化を図るために、生産者の名前をブランド名にした、その一つがタンカレーであり、ゴードンだそうだ。考えてみると、酒はそう言う「意識高い」生産者が出てくるのに、食べ物、料理には出てこなかったと言う見方も出来る。やはりUKと言う国は「飯より酒の国」だったということかもしれない。
タンカレーで作ったジンリッキーの「シュッ」とした香りに酔いながらこの曲について、そしてPaul Wellerについて考える。40歳以上の人なら彼のことを好きな人は沢山いそうだが、若い人はどうなんだろう?そしてこれからどういう評価になっていくんだろう?彼のことを知らない人に彼の存在を説明するときには俺は
「イギリスの長渕剛みたいな人だね」
と伝えることにしている。ジャンルこそ少し違うが、長きにわたってスタイルを模索・変更しながらも年老いてなおその国のカリスマとして存在してる塩梅が似てる気がするのだ。メッセージをはっきりと曲にするところも近いかもしれない。模索していくところを格好良く見せれる男は羨ましい。なんなら嫉妬してしまうほど。
にしてもPaul Wellerの変遷っぷりは群を抜いていると言っていいだろう。なにせ最初(10代~25歳)はパンクバンドThe Jamだから。そのパンク時代からどんどんモータウン調の「黒いもの」に歩み寄って行って、結果The Jamを解散させて結成したのがThe Style Council。その1983-89年(25-30歳)の活動期の最後にはハウスのアルバムまで辿り着いてしまって、ついには売れなくなって、一度引退のような状況になってからソロ活動で復活して、徐々に自分の居場所を見つけて今に至る、2022年現在63歳。でも俺はPaul Wellerが好きと言うよりは、やはりこの「黒い時代」のThe Style Councilが大好きだ。UK白人の黒人音楽愛はThe Beatlesやレアグルーヴムーヴメントを例に挙げるまでもなく、連綿とコンプレックスのような形で続いている訳だけれど、それをお洒落な形で換骨奪胎して仕上げたThe Style Councilの音楽は、本当に「黒い音楽」の入口としては最適だ。
また素敵だったのは、黒さに音楽的に迫っていくだけではなく、プライベートでも黒人女性ボーカルDee C.Leeと結婚しちゃったってとこだね。その結婚期間はThe Style Councilの活動期とほぼ一緒だけれど、Paul Wellerの後ろで素敵な倍音を響かせるDee C.Leeは素敵だった。実際、彼女のソロ活動もPaulと結婚してからの方が順調だったりもしたしね。まさにおしどり夫婦。いいなぁ、、、と思っていたことを思い出す。
え、じゃあThe Paris Matchのような曲は奥さんDee C.Leeにも歌わせてるんじゃないか?と思ったら、はい、歌わせてましたね。彼女のヒットシングル”See The Day”のカップリングで。ただし、アレンジはPaul Weller本人が歌うバージョンと一緒。そう、この曲”The Paris Match”にはいろんなバージョンが存在するのでお間違えなく。
と言うところで不思議が一つ。この、俺が大好きだと言っている、Tracey Thornが歌うバージョンは何故アルバムに入ってるのか?と言うのも、よくクレジットを見るとギターにBen Watt、つまりEBTG(Everything But The Girl)の二人によるカバーバージョンのような状態なのだ。Paulは曲を書いただけ。歌い方からしても、メロディ解釈からしても、ギターアプローチからしても、オリジナルのPaulのバージョンを大幅に変えてしまっている、まさにEBTGバージョンなのだ。フィーチャリングゲストだったはずが、事実上乗っ取られている。そんな乗っ取られバージョンを自分のユニットThe Style Council名義のアルバムに入れてしまうPaul、まさに「スタイル評議会」の結果発表っていう意図か??なんにせよ粋だなぁ、憎いなぁ。
やっぱイカした男はやることもイカしてる。ファッションもいいのだ。このアルバム”Cafe Bleau”のジャケットでお洒落に着こなしているAquascutumというブランドのコートを真似して買ってみたことがあるけれど、俺は全然うまく着こなせなかった。そこらへんのサラリーマンのようになってしまう。あぁ、あの頃の俺はダサかったなぁ、、、あ、つまり今も大差ないってことだな。せいぜい「俺はどのようにダサいか?」を語れるようになってきた程度。まぁそんなんだから
「わたしのマッチに火をつけたのはあなたよ」
と言ってくれる女性がいないんだろうな。こんな俺にとってのDee C.LeeやTracey Thornにはいつ出会えるんだろう??そう思ってたら酔いが冷めて来そうになったので、女性スタッフに声をかけた。
「ジンをストレートで頂戴。そうね、ボタニストあたりにしてもらおうかな。なんならお姉さんも飲む?」
マッチに火がついたのは俺だけだった。火の用心。