老いてもぬぐい切れないオーラ

おはよう。

先日、一緒に働いている人から久しぶりに対面でお会いした時に言われた。

「思ったより、小さいね」

その人曰く、テレワークの電話会議では実物大が把握できないので、対面してみてそのサイズ感に動揺した、と。
幼少期から、私は似たようなことをよく言われる。
なんだろう、態度の大きさからかな。そういって笑いに変えてきたが、その人は「オーラじゃない?」とビジネスマンとしてオトナ語で表現してくれた。

よく行く赤ちょうちんのお店の常連さんに、オーラの違う人がいる。その周辺は、お世辞にも民度が高い地区とは言えないので、色々な人がやってくる。それが楽しくて、よく顔を出す。
その人は、周辺の土地柄に合わないオーラをしていた。明らかに浮いていたのだ。

頑張っているわけでもなさそうなのに、無意識に背筋がシャンとしている。歩き方もゆっくりで、焦りという言葉が似合わない。話し方も独特で、これまたゆっくり話す。それでいて、ゆっくりすぎない。使う言葉は一般的な言葉だけれど、流行言葉を使っていたことはないように思える。
一緒に話していると、ゆったりした時空に誘われているかのような気持ちになり、落ち着く。
なにより、お洒落なのだ。
もうすぐ還暦だというその人は、カンカン帽とシャツに短パンがトレードマーク。この前は、カンカン帽を新調するために、銀座に行ってきたと言っていた。変わらないゆったりした話し方だったが、嬉しそうだった。

先日、別れた奥さんのお話を聞かせてもらった。突然のおこがましい話題に少し驚いたように短い間があったが、ふっと笑いながら「久しぶりにこんなことを話すなあ」なんて言いながらゆったり話してくれた。
ふんふん…なんて聞いていると、気づいた。
ああ、この人は根っからのモテ男なのだと。
それは、若かれし頃も、そして今も変わらず。
でも、なんだろう。嫌気がしない。
きっと、この人はそういう心のゆとりとオーラ作られた雰囲気で、モテていたんだろう。
こんな風に年を取りたいものだ。

いや、ちょっと待てよ。
その人が昔から似たようなオーラを醸し出していたとするならば、私の場合、老いても尚「思ったより小さいお婆ちゃんだね」なんて言われるのは、ちょっと元気すぎやしないか。
ゆったりとした静かで落ち着くお婆ちゃんになりたい。

今日もいってらっしゃい
そして、おかえりなさい

文章にあった絵を書いてくださる方、募集していたり。していなかったり。