見出し画像

ユックリとジョジョニ

その朝、ウサギは目を覚ますと、夢の余韻を感じながら静かにカーテンを引いた。今にも泣き出しそうな空を見て、彼女はもう一度ベッドに戻ると、温かい毛布にくるまった。

その時、部屋の隅に置かれた小さな本棚が、なぜか自分を呼んでいるように感じた。気づけば足がそちらに向き、青い背表紙の絵本に手を伸ばしていた。

「こんなお天気の日は、物語の世界に旅しなさいってことね」ウサギは部屋着をふわりと羽織り、窓辺の椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと最初のページをめくった。

森に住むその男の子の名前は「ユックリ」。
彼の弾くアコーディオンの音色は、どこか懐かしくて、少し切ないメロディを紡ぐのが得意。

街に住むその女の子の名前は「ジョジョニ」。
彼女のダンスを踊る姿は、どこか優しげで、くるりと鳥のように舞うのが得意。

「フーバ・トリロリ」とユックリが木漏れ日のようなアコーディオンの音色を奏でると、「クルリ・クル」とジョジョニが風に舞う羽のように軽やかに踊り出す。

「フーバ・トリロリ。あの子はジョジョニ」
「クルリ・クル。あの子はユックリ」

「この二人、気づいたら一緒に踊っていたなんて、なんて素敵な出会いなの!」
ウサギは胸をときめかせながら、ゆっくりとページをめくった。

「そっか。お互い意識していたのに、気づけばそれぞれ森と街に戻ってしまったのね。でもきっとまた出会えるわ。その時はもう、離れちゃダメよ」ウサギはそう囁くと、微笑みながら本を閉じた。

ウサギは窓の外に目をやった。枯葉を落とす冷たい雨の中、行き交う人々の傘がぼんやりと咲いている。

「フーバ・トリロリ…。クルリ・クル…」
その言葉をそっと口ずさんでいると、彼女は胸の奥に小さな勇気が少しずつ膨らんでいくのを感じた。

「急がなくていいから、一歩を踏み出しなさい。ユックリとジョジョニに、そう励まされている気がする。外に出なければ、冒険は始まらないか…」

本を本棚に戻すと、ウサギは温かなコートを身にまとった。そして、ためらうことなく雨の中へと歩み出し、そっと街の中に溶け込んでいった。

<ユックリとジョジョニ>
    荒井良二・作/ほるぷ出版

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集