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スースーとネルネル

その夜、ウサギはベッドの中でじっと天井を見つめていた。窓から差し込む月明かりが、部屋全体を柔らかく包み込むように照らしている。彼女の瞳はいつの間にか暗闇に慣れ、静かに夜の静寂を見つめていた。

今日も一日、精一杯やり遂げたはずなのに、なぜか今夜はまぶたが重くならない。体は疲れているはずなのに、頭の中は何かを探し続けているようだった。

彼女は深く息をついて、そっとベッドを滑り降りた。足音を立てないように小さな本棚の前に立つと、一冊の絵本に手を伸ばした。
「眠れない夜にはこの本ね」と呟きながら。

物語の中で、ちょっと心配性なスースーと、楽しむことをいつも忘れないネルネルは、眠ることなんてすっかり忘れて、空想の翼を大きく広げていた。

そんなふたりは、空想の世界に現れた「トケイ」の中へと、引き込まれるように足を踏み入れていった。「ちょっと、コワイね……」とスースーが小さな声でつぶやくと、「大丈夫、楽しいわよ」とネルネルは、いつもの笑顔で返していた。

ウサギはふと手を止めた。「なんだか、この二人…誰かに似てる気がする。いつも全力で突っ走る女の子と、慎重に進む男の子か…。まるで私とカメくんじゃない?」そう思うと、自然と口元に微笑みが浮かんだ。

「それにしても、トケイの中って、なんだか不思議な世界よね。妙に神秘的な神殿や、ちょっと怖い彫像があったりして。子どもたちの想像力って、本当にすごいわ」

スースーとネルネルは、一輪車に乗って、ゆらゆら揺れる吊り橋を慎重に渡っていく。やがて、「トケイ」が目の前に現れると、ふたりはようやく、本当の夢の世界へと旅立っていった。

ウサギはふわっと小さな欠伸を漏らしながら絵本を閉じた。「今度こそ、眠れそうね」彼女はベッドに潜り込み、静かに目を閉じた。
「カメくん、おやすみなさい」

窓の外では星々が静かに瞬き、物語の世界へと誘った「トケイ」が、そっとウサギの寝顔を見守っていた。その光景はどこか優しく、静かな時間が流れていた。

<スースーとネルネル>
    荒井良二・作/偕成社

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