小夜子 2019/2/26
小夜子
彼女の生活に夫は存在しない。
彼女には小夜子という幼い娘がひとりおり、彼女は小夜子を大変に可愛がっている。
小夜子は確かに彼女の娘であったが、何故生まれて、どこから来たのかわからない。
父性的な香りは一切なく、彼女たちの関係は完結しているのである。
そしてなにより小夜子はそれ以上成長しないのだ。
母娘
彼女は結婚について話すとき、にわかに自信なさげな表情をする。
自分は結婚できないであろうと言いながら、それに安堵すらしているような態度を見せる。
彼女は彼女の母と、とても仲が良かった。
彼女の母は度々手作りのクッキーやパンを箱いっぱいに送って寄越した。
彼女は私がその場に居合わせると、その手作りのお菓子を分けてくれた。
同じ寮に住む彼女とは玄関先でよく話をした。
私の長話に付き合いながら、何にも興味がないような、川の流れを眺めるような視線を、話し続ける私に向ける。
冒頭の、何故『結婚できない』と思うのかについて聞いたとき、彼女は自分の母について語り始めた。
「私の母も好んで父と一緒になった訳ではないの。
お見合いで出会い、そのまま一緒になった。」
そして
「『いいのよ、好きでなくても結婚はできるから。あなたも大丈夫よ』と母は言うの。」
彼女はとてもよく勉強が出来て、控えめながら慕われていたように思う。
彼女は生まれ持った能力が高いが故に世界を諦めてしまったのだろうか、そんなことはやはり私には想像もつかないことだった。
これは推測の域をでないけれど、恐らく彼女の母は、出産によって、人生で未だ感じたことがない熱い情熱をその両手に抱いたのだ。
そして今、彼女の中には確かにその母が生きている。