「産業」としてのベンチャーキャピタル(8):ベンチャーキャピタリストに必要な能力 その3:「マルチプルの増減 Part 2」

 これまでのまとめはこちらを参照

 前回の最後において、適切な市場への投資が重要といったことを書きましたが、このことをもう少し掘り下げて今回は書いていきたいと思います。

 まず、考えるべきは市場の成長性です。当然ながら、ベンチャーキャピタリストの視点からは、将来的に高い成長が期待できる(と皆が思っている)市場に投資する必要があります。シンプルな例で言えば、今から百貨店を主戦場にするファッション業界が存在します。個別企業でみた場合個別要因での超過リターンの可能性は存在しているかもしれませんが、業界全体を見た場合、この業界に高い成長性が期待でき今後マルチプルが改善するような可能性はそれほど高くないかと思います。(余談ですが、SPEEDAでみたこの業界のPBRマルチプルの中央値は0.5x程度に留まっています。

 次に考えるべき視点として、当該市場の規模と効率性があると考えております。

 前者の規模については一般的に言われる点です。あまりに小さな市場に参入してもそこから得られる果実は相対的に小さく、かつ、マーケットからも評価されにくいため、リターンが出にくいという所があります。かつ、小さい市場で寡占的なシェアを取るよりも大きい市場で多少のシェアを取る方が相対的に易しいと思われる点も存在しています。なお、この点については、今までに全くなかった市場についてどう考えるべきかという話があります。本稿で想定しているファンディングは、エンジェル・シード投資の後のアーリー・グロースステージを想定しているため、すでに一定のデータが見えてきているという前提とお考えいただければと思います。加え、個人的に得意としている領域ではないので、そういった分野への投資は注力しないという割り切りも存在しています。

 後者の効率性については、テクノロジーは旧来の非効率な市場を是正する有効な手段であるという考え方に立脚しております。より具体的に示すと、(1)業界が非効率であるか、(2)改善が必要とされているか、そして、(3)テクノロジーの力で効率化することが可能か、(4)効率化を通じたネットワーク効果がどの程度存在しているか、といった点が重要と考えております。

 その点で、好例となるのがSoftbank Vision Fundの投資先であるWeWorkとOYOのビジネスモデルの違いです。

WeWorkとOYOのビジネスモデルの違い

 WeWorkが所属している市場を突き詰めると、大都市の優良クラスの不動産物件を取得し転貸する不動産市場です。不動産ファンドの戦略で言うと“コア”と位置付けられる物件に対し付加価値をつけることでアルファの創出を目指すビジネスモデルですが、当該市場はそもそもOccupancy Ratioが高い効率的な市場であり、かつ、場所と物件のクオリティである程度の利回り(Cap Rate)が定められる市場です。しかも、当該利回りは、全て満床となったとしても数%の前半です。そういった優良物件をリスクを取って取得した上で、段階的にOccupancy Rateを改善していくというビジネスモデルは、リスク・リターン対比で割りに合わないだろうというのが個人的な見解です。ちなみに、比較となりますが、遊休物件を安く借りるビジネスモデルであるTKPは、個人的にはすごくいい事業モデルと評価してます。

 他方のOYOです。足元、同社も第2のWeWorkと言われておりますが、ビジネスモデルには大きな違いがあると思っております。彼らのそもそもの事業コンセプトは、インターネット予約等が導入されておらず、かつ、施設が古臭いために稼働率が低くなっていた2つ星以下のクラスのホテルのフランチャイズを通じた最適化となっております。低稼働率のホテルをフランチャイズ化しクオリティを一定程度担保した上で、かつ、AIを導入し需給を最適化させるというのが基本的なビジネスモデルとなっております。実際に稼働率を上げるというビジネスモデルとなっております。ホテルオーナー、利用者それぞれにメリットがあり、かつ、規模の拡大によるネットワーク効果も見られるため、当該ビジネスモデル通りの事業がなされていれば、長期的にはWorkするのではと個人的には考えております。また、フランチャイズモデルが基本なので、初期のCapex負担も小さいというのがWeWorkとの違いになると思っております。

 ただし、足元の日本等の先進国での事業拡大や、OYO Homeのような事業分野の拡大については、個人的にはクエスチョンマークがついております。前者については、そもそも新興国対比で市場が効率的であり(観光経済新聞のデータによる日本のビジネスホテル・シティホテルの稼働率は75%~80%程度と高水準)、かつ、特に日本の場合値段対比で部屋の質も高いため、事業モデル上の既存プレーヤーに対する不満の存在や、稼働率の改善効果が限定的、というのがその理由です。後者については、そもそも何で従来の事業と関係ないことをやろうとしたのかが、個人的には解せません。(ゲスな勘ぐりはできますが。)

 少々長くなってきたので、今回はこの辺で。次回からは、より個別企業の分析についてお話できればと思います。

 

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