【特集】ダービン・ハムとレイカーズ ~2年間の軌跡、そして別れ~
○緒言
2024年5月、2シーズンにわたりレイカーズのヘッドコーチを勤めたダービン・ハムが解雇された。
多くのファンは意外にも思わなかったことだろう。というのも、今季プレーオフ敗退前から「あまりにも無策」「選手からの信頼が薄い」といった声がかなり挙がっていたのだ。ファンやメディア、遂には選手本人もそれを示唆する発言をしてしまうほどに。
「解雇」という言葉からプラスなイメージは湧き上がらないが、レイカーズがハムHC就任中の2年間で大きな変革を遂げたのも事実。そこで、酸いも甘いも問わず、この2年間にフォーカスして歴史を振り返ろう。
レイカーズの目指すべきディレクションについて、何らかのヒントが得られると信じて……
○フランク・ボーゲルの解雇
まずはハムHCの就任前を思いだそう。
当時ヘッドコーチを勤めていたのはフランク・ボーゲル(現サンズHC)だ。
レブロンとデイビスのビッグデュオ誕生に伴い招かれたコーチで、なんと就任初年度から優勝を果たしてしまうほどの手腕を持っていた。
ボーゲル元HCは、ディフェンダーを適材適所に取り扱えるコーチだった。
特に優勝シーズンはダニー・グリーン、エイブリー・ブラッドリーらベテラン守備職人を重宝しながら、アレックス・カルーソ、ケンタビアス・コールドウェル・ポープといった若手にもスポットを当てて「堅守速攻のチーム作り」を徹底していた。
しかし、オフェンス構築は明確な課題であった。レブロン&デイビスの突破力に依存する傾向があり、一辺倒とも思えてしまう内容だった。
特にこのシステムに伸び悩んだのが生え抜きのカイル・クズマであり、毎年トレード候補として扱われた挙句、ラッセル・ウェストブルック獲得時に放出されてしまった。
全盛期を下り気味だったウェストブルックがレイカーズに招かれた理由は、怪我の少ないスタープレイヤーだったから。この前年にレブロン&デイビスの怪我をきっかけにプレーオフ1回戦で敗退してしまったことが、大きなトリガーとなったのだ。
当シーズンの守備力は優勝季に劣らなかったものの、攻撃力がエース欠場で顕著に落ちていた。
フロントの「足りない攻撃力をマンパワーで埋める」企みは、無惨にも失敗に終わった。凹凸はぴったりハマることなく、分離したままプレーオフ出場すらも逃してしまう始末。
この落とし前はボーゲルHCの解雇でつけられた。
この窮地で雇用された人物こそ、ダービン・ハムだ。
○ダービン・ハムの挑戦:ウェストブルック期
ダービン・ハムは、ベテランコーチのマイク・ブーデンホルツァーの下で約10年間アシスタントコーチを勤めていた。しかし、ヘッドコーチ業は未経験。人望が厚いとの前情報のみで、実力の程は未知数。
1度プレーオフ出場を逃したチームの復権、荷が重いような軽いようなミッションの達成をともに目指した選手たちは以下のとおり。
ハムHCがどれほど補強に関与したのかは不明だが、限られた財政状況下で他チームの構想からこぼれ落ちた選手たちを可能な限り寄せ集めた形となり、非常にガード層が厚くいびつなロスター構成となった。
このロスターで勝利する術として、ハムHCは比較的エース自由度の高いハイテンポなオフェンスを作り上げた。
ハンドラーフィーチャーも多く、ウェストブルックの復調にも期待できる……かと思われた。
しかし、そう上手くはいかなかった。不安定さは昨季から変わらず、高い契約金に見合った活躍とは程遠いままであった。
そこで、ハムHCはボーゲル元HCも下さなかったある処置を実行する。ウェストブルックのベンチ起用だ。
「勝つためなら何でもする」と格下げに近い待遇を我慢したウェストブルック。ハムHCが前評判通りの人望を持っていたからこそ成し得た決断、とも言えるだろうか。
以降、ウェストブルックは12試合連続で二桁得点(平均17.1pts)を記録。スコアリング性能を取り戻し、6OY候補に名前が挙がるまでに回復した。
一方、チームは開幕から2勝10敗。スタートダッシュで大幅に出遅れてしまい、コーチ陣を問題視するファンも増えた。
心配になる戦績ではあったものの、この時点では「HC未経験者だし仕方ない。問題は時間が解決するだろう。」といった楽観的な声がそこそこ見られた。
しかし、レブロンとデイビスが交互に離脱するようになると、その穴埋めに不十分なロスター層の影響を無視できなくなり、借金返済に翳りが見え始める。
そうして、無理のあった「年間40Mドル稼ぐ6thマン」の体制がついに終わりを迎える。ボーゲルHCが扱えなかったBig3は、ハムHCにも操縦困難な代物であったのだ。
結果的に、チームを混乱に招いたフロントへの非難の声が募ることとなる。
○ダービン・ハムの全盛:カンファレンスファイナル期
ロブ・ペリンカGMは、現状の打開に尽力した。数多くの錬金術を重ね、以下の新たなロスターを作り上げたのだ。
ポジションの偏りが大幅に解消されたと同時に、ハンドラー・シューター・ポストプレイヤーといった異種のスコアラーを揃えることに成功した。
特にディアンジェロ・ラッセルの加入が一気にチームの色を変えることとなった。レブロンにとっては、カイリー以来のプレーメイク&アウトサイドショット能力を備えたスター級ポイントガードである。
GMの努力が実り、チームは上昇気流に乗ることが出来た。トレード期限以降18勝8敗(勝率69.2%) の好成績を収め、見事シーズン前半の借金を返済し切ったのだ。
つまり、この時点では「問題はロスターにあった」という見方ができた。
一方、解雇から逃れられたハムHCも、ポストシーズンに向けて着々とチームの方向性を決めていた。
ディフェンスでは強靱なデイビスのインサイド守備とバンダービルトの対エース守備を軸に、中へ中へとディレクションをかける形態を確立させていた。
オフェンスではエースの自由度をそのままに、ベンチからの助攻としてシュルーダーとリーブスのファールドローを武器にしていったのだ。
結果は数字にも表れた。オールスター前後で、レイカーズのディフェンスレーティングは113.9 (18位) → 111.3 (4位) に、オフェンスレーティングは113.0 (20位) → 116.2 (14位) にまで上昇した。フリースロー試投数は堂々1位だ。
ディフェンス第一のソウルを引き継ぎながら、攻撃でも火力のあるチームへと変貌したのだ。
レイカーズは勢いのまま7位でレギュラーシーズンを終え、プレーイン・トーナメントでウルブスを破り、無事ポストシーズン出場に漕ぎ着けた。
以後も快進撃は続き、1回戦ではグリズリーズを、2回戦ではウォリアーズを4勝2敗で下した。いずれも順位的には下剋上となるジャイアント・キリングだ。
ハムHCにとっては、初のコーチングキャリアで初のプレーオフ。コーチ経験が物を言う4戦先取シリーズの常識を覆し、カンファレンス・ファイナルにまで駒を進めてしまったのだ。
才覚を感じる偉業であることに間違いないが、試合数を経るにつれ問題点も浮き彫りになっていった。
それは、良くも悪くも一貫性を持って一試合を終わらせる傾向だ。これはハムHCの師匠・ブーデンホルツァーの方針とよく似ている。
ボーゲル元HCの変幻自在なアジャストメントに慣れていたファンにとっては、不可解なコーチングであったに違いない。
最終的にナゲッツ相手にスウィープ負けを喫した点からも、快進撃とは裏腹にハムHCへの疑念は深まる一方であった。
○ダービン・ハムの失墜:2023-24期
こうして今季が始まった。オフにはわずか1年の任期でハムHCの解雇を求める人々も多かったが、4年の長期契約で構想を広げていたフロントは様子見を決断した。
ロスターの改造も、新たなスター獲得がささやかれていたにもかかわらず、ディアンジェロやリーブス、八村らコアメンバーを残した保守的なものに終わった。
この点からも、22-23シーズン後半以降の快進撃を信用していたことがうかがえる。
しかし、シーズン前半の戦績は期待外れなものであった。
怪我欠場が悩みのタネであったレブロンとデイビスが比較的健康なシーズンを過ごしたにも関わらず、トレード期限以前の勝率はギリギリ5割。
ビンセントやバンダービルトの長期離脱が尾を引いたようではあるが、コアメンバーが健在(各選手が代わる代わる不調の波に呑まれていたが)であるため言い逃れは難しく思える。
この辺りから、ハムHCへのヘイトは増しに増していった。
そうして微妙な戦績のままトレード期限を迎えたレイカーズ。
ちょうど不調続き&守備面の懸念があったディアンジェロをデジョンテ・マレーらスター選手と換える交渉を進めていたものの、条件が釣り合わず破談に終わった。
レイカーズ側が生え抜きのリーブスをパッケージに含めたがらなかったようだ。
バックス、ウォリアーズ、ナゲッツと中核を大きく変えなかったチームが優勝するトレンドを察してか、ここ最近のレイカーズもトレード期限前のビッグトレードには消極的な様子だ(22-23季を除く)。
ハムHCも同様に、この時点で解雇されることは無かった。前年後半に見せた快進撃が信用され、執行猶予を与えられたのだろう。
そして、この期待に応えることはできた。これまでディフェンスが重視されていた方針を一転させ、リーディングスコアラー5人をスタメンに固定したオフェンシブなチームへと変貌させたのだ。
この結果、オールスター以後のレイカーズはオフェンスレーティング117.3 (4位)、スリーポイント確率39.1% (3位)、フリースロー試投数23.0 (1位)にまで数字を伸ばした。
長年スリーポイント難に悩まされたレイカーズが、ペイント内外でバランス良くスコアできるチームに化けた。
しかし、最終順位は8位。昨季と似たような勝率に終わった。待ち受けるポストシーズン、プレーイン・トーンメントでペリカンズを破ると、1回戦から待ち構えていたのは宿敵ナゲッツであった。
このリベンジマッチが、ハムHC解雇を決定的にしたと言っても過言ではない。レギュラーシーズン中1度も勝てなかったナゲッツ相手に、プレーオフでまたしても3連敗を喫してしまったのだ。
敵との相性やロスターの問題も大いにある。しかし、フロントは昨年の二の轍を全く同じように踏んでしまったのがいたたまれなかったのであろう。
昨季はスウィープ負けに終わったが、今季は一勝をお見舞いできた。狭い目で見れば進歩したように見えるが、1回戦敗退は決して優れた成績ではない。
「負ければ終わり」の厳しい世界のケジメを、またしてもコーチがつけることとなったのだ。
○おわりに
こうして、ダービン・ハムのレイカーズHCキャリアは90勝74敗(勝率54.9%)を記録し幕を閉じた。
決して悪くない数字だが、優勝以外に盲目なレイカーズには物足りない内容であったと言える。
改めて振り返ると、ハム元HC自身もかなりフロントの方針に振り回された被害者に見える。4年契約を与えられた割にはあっけない最後だった。
しかし、「振り回した」は「変化を生むために動いた」とも言い換えられる。コーチ、フロント共に努力は怠っていない。プロの仕事を尊重したい。
マジック→コービー→レブロンと主軸のスター選手を替えて歴史を作ったレイカーズ。レブロン時代の終焉が近づく最中、フロントは新たにヘッドコーチとして雇われる人材に何を求めるだろうか?
常勝軍団のブランド維持に死力を尽くしてくれることを祈る。そして、ダービン・ハムのキャリアに幸あれ。
終