見出し画像

VR健常者#3 「"オトナ"になるということ」 後編

これは僕がインターネット上で健常者として過ごしてきた日々を綴るマガジンだ。まずは、軽く自己紹介をさせていただきたい。

現在、脊髄性筋萎縮症という難病を抱えており、食事や排せつ時以外はほぼ寝たきりの生活を送っている。いわゆる、身体障害者だ。こうして、文字を打ち込んでいる今も寝たままだ。テクノロジーの進化に伴い、寝たままでも出来ることが増えた。なかでも、電子書籍の普及は、紙の本のページをめくれない僕にとって大変ありがたいものであった。
そして、外に出なくとも自分を発信できることが何よりも大きい時代の進化だ。外に出なくとも、人とのコミュニケーションを図れる喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
そんな僕が、あえてリアルの生活とは乖離して健常者として過ごしたネットライフをここでは紹介していきたい。

前編をまだ読んでいない方は、前編から読んでいただけると嬉しいです

「キモい、こっちくんな」
中学生になってから電動車椅子に乗り換えた僕は、大袈裟に言うと自由を手に入れた感覚でいた。それまでは、移動ひとつをとるにしても、誰かに頼まないとその願いは叶わなかった。
一人じゃできなかったことが一人でできるようになるということ。誰しもがある成功体験の一つである。
はじめてのおつかい、はじめてのじてんしゃ___。
僕にとって電動車椅子は、はじめてのほこうそのものであった。

僕は初めて友達を追っかけた。追うことも追われることもできず、待つことだけが許されていた僕は「追う」を覚えたのだ。
そこで言われたのが「キモい、こっちくんな」だ。

言葉というのは難しい。言い方、受け取り方、間合い。すべてが噛み合ったときに、美しい言葉は生まれると僕は思ってる。
いつイジメられてもおかしくないと思っていた僕は、日頃から、人の心の機微を注視していた。言葉の裏にどんな感情があるのか、行動の裏にどんな感情があるのか。

この「キモい、こっちくんな」にネガティブな感情はないと僕は察した。例えるなら、恋人同士が浜辺で水を掛け合いながら、追いかけまわし、「やめてよ」とじゃれあうあれに近い。スローモーションなんかにしてみたりして、エモーショナルを演出するあれだ。これは、美しい言葉であった。

かたや、一連のやり取りを遠巻きにじっと見ている人もいる。眉間にしわを寄せて、軽蔑するような視線を僕は視界の隅に感じる。直接的な悪意ある言葉をその子からかけられたことはないが、その表情はあまりにも雄弁だ。
「キモい」という差別的な意味に近い言葉が僕の頭にはしっかりと聞こえる。

中学までは、ずっと教室にいた。人の心の移ろいや理不尽な人間関係を肌で感じながら、咀嚼して、自分がこの教室にいていい状態を保とうと努力していた。

しかし、高校まで行くと、僕の身体は悲鳴をあげてくる。登校から下校まで座位状態を保ち続けることが困難になった。
教室にいる時間は極度に減り、周りの人の考えていることが分からなくなってきた。それと同時に、みんなが僕に対して、やさしくなっていく空気を感じていた。

中学まで同じ学校に通っていた友達も僕にやさしくなっていった。イジメすれすれのイジリなんてもうしなくなった。
あの頃、軽蔑の目で僕を見ていた子も「スワくん大学どこいくの?ほんとすごいね、スワくんて」と、尊敬の眼差しすら感じる目で僕に話しかけてきた。

ひどく平和な高校生活であった。何も悩むことなどなく、未来を見据えて勉強に励むことができた。人生の中で心的ストレスが一番なかった時期といってもおかしくないと思う。ただ、このときほど人のやさしさを淋しく感じたことはない。
___わたしたちのクラスには、苦難を乗り越えて、前向きに頑張っている子がいる。
いつしか、みんなの共通認識に僕のことを応援したい気持ちが備わっていたと思う。

僕はこの教室の一部にはなれていないと感じた。あくまで、僕はゲストなんだと。
僕に向けるみんなの笑顔が、あのときの保育園の先生の笑顔と同じなんか変な感じに似ていた。

学校で授業に置いてかれまいと食らいつく一方で、僕は日常の退屈をインターネットで晴らしていた。
毎日のようにビリアードのゲームをプレイし、その腕はめきめきと上達した。そんなある日、ついに僕は相手にターンを回さずにボールの①から⑨を落として勝つという難易度の高い勝利を収めて、達成感に浸っていた。
すると、こんなチャットが飛んできた。

「しね、かすw」

ゲームの中で仲良くなった人で、この人とは何度も対戦していて気心が知れる仲となっていた。
僕はハッとした。あまりに理不尽で、あまりに暴力的。なんて育ちの悪い言葉選び。ただ、心地よいと感じた。とても汚い美しい言葉だと僕は感じた。

僕の居場所はインターネットにあると確信した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?