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失われる道徳 失わせる左翼
「「性交」を教えにくい学校の性教育…「もっと早く教えていれば」先生たちが抱える危機感」
(テレビ朝日報道局/笠井理沙)
性行為とは何なのかを教えるのは親の責務である。何故に学校がそんな事を考えなければならないのか。
教員達の「義務教育の間に性教育をしておきたい」という思いは、個人の感情として忌避するものでは無いにしても、本来あるべき姿とは何かを知る事は重要である。
この記事を書いた笠井とかいうバカは、性教育が学校で行われることをさも当然であるかのように書いている。正に、不道徳の権化である。
※補足①
性教育というのは、道徳教育の一環である。
※追記①
左翼というのは道徳を忌避する。
何故か。
道徳が社会に深く浸透すればするほど、左翼が望む世界は遠ざかるからである。
左翼が望む世界というのはどの様なものか。
端的に、タイムリーな単語を用いて言うと、SDGsで提唱されるような世界である。
ありとあらゆるものに理由をこじつけて、政府の管轄下に置こうとする。
そして、税金を取ろうとする。
政府には多種多様な省庁が出来る。
各省庁が、その絶大な権限で以って絶対的なルール(=法律)のもと、選ばれし機関を運営する。
そこには数多の利権が生まれる。
一方で、本来必要なサービスは質的向上が図られず、劣化の一途を辿る。
教育、医療、福祉については、SDGsという言い方が登場する遥か以前から、左翼が目をつけて腐らせてきた代表選手である。
教育を左翼が腐らせた。これが記事の中で語られているような問題の根本要因である。
※追記②
学校というのはカネを払って教育というサービスを受けるところである。
サービスを受けるか受けないかは、各個々人の自由意思に委ねられなければならない。
そのような場所で道徳に纏わる教育まで行うというのは何なのか。道徳とは全ての人に齎されるべきものであり、その様な概念は先ず真っ先に、親が子供に与えるべきものである。
学校で道徳教育を行うべしという考え方は、道徳を蔑ろにする行為に他ならない。
※追記③
子供が教育を受ける場と言うのは学校だけでは無い。学校よりも先に、親でなければならない。
「妊娠したかもしれない」
私がもし、中学校の教員で生徒からこの様な報告を受けたらどうするか。
先ず、速攻で親を呼び出す。
仕事だろうが、家事の最中だろうが、海外出張中だろうが、不倫で忙しかろうが、その人の親が入院中であと何時間かの命だろうが、セックス中だろうが、ロケットで月に飛び立ってしまった後だろうが、そんな事は関係無い。
「今直ぐ来い」
それだけである。
子供は叱らない。その代わり、親が到着したら開口一番にこうである。
「テメェはどんな教育してやがるんだ!さっさと連れて帰って家族できちんと話し合え!」
以上である。
※追記④
子供が、産んで育てる甲斐性も無しに妊娠するような行為に走ったのなら、それは親が悪い。
徹頭徹尾、それ以上でもそれ以下でも無い。
※追記⑤
産んで育てる甲斐性も無しに妊娠する、妊娠させるというのは、命の重さを理解していないからである。
命の重さを理解する事は道徳を理解する上で重要である。
即ち、親の責務である。
※追記⑥
親の責務とは何か。
それは、子供に躾と道徳と愛を与える事である。
これらは学校教育では絶対に出来ない。いやそれ以前に、カネを払ってサービスを受けるという形では絶対に無理である。
これらを本当に親身になって子供に与える事が出来るのは、世界で唯一、親だけである。
※追記⑦
女性活躍がどうのと世迷言を吐かす。
企業に女性を活躍させろと押し付ける。
企業はその為に対策を練る。
その対策は付加価値を生まない。
企業が社会に対して提供している商品やサービスに、押し付けられた対策を練る為のコストが乗っかる。
生産性が下がる。
給料が下がる。
ダンナは自分の給料だけで家族を養えない。
オカンも働きに出なければならない。
子供を教育する余裕が無くなる。
幼少期の段階で幼稚園やら保育園に入れるしか無くなる。
一対数十の状況では、躾や道徳を十分に教えられない。
その次の小学校や中学校でも道徳教育が必要になる。
子供は愛を知らず、躾も道徳も不十分なまま図体だけ大きくなる。
教師がキレる様な事態が増える。
学校側が叩かれる。
学校運営のコストが増える。
税金が増える。
子供に対する教育が社会全体で不十分になる。
政府が何かしらの対策をしろと吐かす。
そしてまた増税→生活が困窮する。
ダーっと書いたが、政府に任せるというのは例えばこういう事である。
※追記⑧
学校で教育というサービスを受けるのは本来なら自由でなければならないが、今の日本はおかしな法や規制で雁字搦めで、親はみな定められた期間、政府が指定する学校に子供を通わせなければならない。
しかも、その学校は我々の税金で運営されている。
理不尽な話である。