『空中都市アルカディア』24
四、 ホバーボード禁止法案
アゴラで立法議会が開かれた。何百人という自由市民が集まった。傍聴する学生や自由市民ではない役人など関係者を含めれば数千人が集まった。議題は「ホバーボード禁止法案について」。この法案を出したのは立法長官であるシマクレスだ。
シマクレスはアゴラ北側の柱廊にある演説台で演説した。
「ホバーボードは大変危険な物です。毎年何件も交通事故が起きている。それに、アルカディアでこそないが、下界ではホバークラッシュをケンカの手段として行う若者がいると聞いています。ホバークラッシュはスポーツとしても野蛮であんなに危険な物を行わせることを賢者として容認するのはいかがなものかとわたしは考えています。しかも、その野蛮なスポーツを上部のコロッセオで行うのは品格あるアルカディア上部を穢しているように思われてなりません。コロッセオでは昔、剣闘士が殺し合っていたそうです。なぜ、そんな野蛮な行事がアルカディアで行われていたのでしょう?これはたぶん、アルカディアが時間を経るうちにその住民が愚者化していった証拠であると思います。わたしはコロッセオつまり円形闘技場を下部に移設すべきだと考えます。いや、下部にあることさえ間違いだ。このアルカディアから争いごとを排除するためにコロッセオは取り壊すべきです。それから、今申し上げたように、争うことは愚かです。勝ち負けを決めるゲームはアルカディアから排除すべきです」
シロンは質問した。
「それでは下界の人々はオリンピアの祭典で勝負をしてアルカディアに勝ち上がるために人生を賭けるのですが、それも禁止すると?」
シマクレスは答えた。
「それは下界の話。下界で熾烈な戦いを勝ち上がった者は、一流人としてアルカディアではもう勝負はしなくてよいとします」
シロンは言った。
「将棋や囲碁などの勝ち負けのあるゲームをアルカディアでは一切禁止にするのですか?」
シマクレスは答えた。
「そうです。勝ち負けを決めるのは愚かです。人間の価値を決める尺度はそんなところにあってはなりません。人間の価値は品格、人格で決まるのです。その品格、人格を見極めるために学問があるのです」
アゴラはざわめいた。ゲームを禁止したら人々の娯楽はどうなるのだろう?
シマクレスは言った。
「勝ち負けのない娯楽はあります。芸術です。音楽に勝ち負けはありません。良し悪しはあってもそれは勝ち負けではありません。演劇にも勝ち負けはない、それぞれの作品にはそれぞれの価値があるのです。そもそも勝ち負けというのは遠い我々の祖先が戦争を始めたときから現れた概念です。今、アルカディアが統治するこの世界に戦争はありません。戦争の火種を消すためにも勝負事は世界から排除すべきなのです。勝負事で喜ぶのは愚者です。下界で直ちに勝負事を禁止することは難しいでしょう。しかし、このアルカディアではそれが可能とわたしは信じます。争いのない世界を作ろうではありませんか」
拍手喝采が起きた。喝采が終わるとシマクレスは続けた。
「そのための最初の一歩として今日の議題であるホバーボード禁止法案があるのです。ホバーボードの起源は、旧世界にあります。旧世界ではスケートボードと呼ばれていました。それはストリートスポーツでした。ストリートスポーツとは字義通り、路上のスポーツです。そのイメージはスラム街に通じます。貧困層のスポーツです。エリートはそんなスポーツをやりませんでした。わたしたちエリートであるアルカディア人が本来手を出すべきスポーツではないのです。たしかに、ホバーボードは乗るだけならば勝負ではありません。しかし、ホバークラッシュは勝敗が明らかで野蛮です。それとわたしが本当に言いたいのはストリートスポーツは治安の悪化に繋がるということです」
そのとき、演説台の横で行政長官オクティスの護衛に立っていたライオスが口を挟んだ。
「すみません、立法長官、わたしはホバーボードを使って行政長官の護衛をしています。ホバーボードは治安の役に立っていると考えます」
すると行政長官オクティスはライオスに言った。
「こら、君。君は自由市民でもアカデメイアの学生でもない、発言権はないぞ」
シマクレスが言った。
「オクティス。かまいません。その意見の反論をしたいと思います。ホバーボードは治安に役立っている。ふむ、たしかにそう見ることもできます。ただ、こう付け加えねばなりません、『それが正義の側の手にあるときは』です。だから、わたしは、とりあえず一般人のホバーボードの禁止を提案します。今日の議題であるホバーボード禁止法案の一部を公布施行したいと思います。その議決を求めます」
演説台の前に投票所が設けられた。投票権のある何百人もの自由市民はその前に並び、自分の名前を言い、投票用紙を受け取り、〇✕を選択する。〇が賛成、✕が反対。
そして、投票が終わるとすぐに開票された。そして、反対多数で否決された。
シマクレスは顔を歪めた。彼は当然可決されると思っていた。市民にはホバーボードを楽しんでいる者が多数いるのだ。
シマクレスはこう言った。
「では、ホバークラッシュ禁止だけでも」
ライオスは言った。
「立法長官、そう事を急がずに今度ホバークラッシュの試合を見てください。おもしろいですよ」
「しかし・・・」
シマクレスは躊躇った。そこで横からアイリスが言った。
「シマクレス、民主制では民意を反映させねばなりません。独断はいけません」
「うむ、そうか、わかった。では今度コロッセオで試合を見てみよう」
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