『空中都市アルカディア』25
第三章 エンペドクレスの飛び込み台
一、カルスの決意
円形闘技場コロッセオにて、プロのホバークラッシュの試合が開かれることとなった。出場者の名簿にはカルスの名があった。
カルスはある夜、シロンの部屋を訪れた。シロンがドアを開けるとカルスが立っていた。
シロンとカルスは夜の庭園を歩いた。そこここに外灯があるため歩くことに不便はなかった。
カルスは言った。
「俺はシマクレスの顔は写真で覚えている。今度の試合をあいつは観戦するんだってな?」
「ああ、そうだ」
シロンは頷いた。
カルスは言った。
「俺は観客席のシマクレスの顔にクラッシュしてやるよ」
「え?」
シロンは驚いた。
「まて、それはまずい。おまえ逮捕されるぞ。っていうか、死刑かも」
「それでもかまわない」
「バカな。じゃあ、お姉さんの復讐はどうなるんだ?あいつの罪を明らかにして失脚させるんじゃないのか?」
「それはおまえとライオスに任せるよ。俺は一発、あいつの顔面を踏みつけてやりたいんだ」
「でも、おまえの正しさは証明されない」
「俺はべつに正しいと思われたいと思ったことは一度もねえよ。俺にはあいつを踏みつけてやりたいという獣性があるだけだ。そういう人間なんだ」
シロンは言った。
「でも、別の機会があるはずだ。違うか?」
「俺はな、その一撃でシマクレスを殺す気なんだ。あいつが失脚しようが何しようが、あいつが生きてるだけで俺はムカつくんだ」
「殺すって・・・、おまえの姉さんは殺されたわけじゃない。気が狂っただけだ、殺すというのは行き過ぎじゃないか?」
赤い髪のカルスは言った。
「俺はおまえも本当は嫌いだ。学歴主義に乗っかったエリートがな。だが、シマクレスはおまえなんかよりさらに上のエリート中のエリート。両親をアルカディア自由市民に持つ男だ。しかも、二十六歳で最高権力者のひとり立法長官になっている。そいつをぶっ殺せたらスカッとするじゃねえか」
シロンは言った。
「俺は殺人には協力しないぞ」
カルスは笑った。
「もちろん、これは俺の単独犯だ。そして、俺は死刑になる。だが、シマクレスも死ぬ。シロン、おまえにはシマクレスの死後に奴の名声を地に落として欲しいんだ。ペンダントとそれから姉ちゃんが書いたシマクレスへの手紙がここにある。これが奴の罪を確定する証拠になるはずだ」
シロンはカルスの両肩に手を置き、黒い瞳でカルスの緑の瞳を覗き込んで言った。
「カルス、死ぬな。いくら、おまえの姉さんの仇と言っても、死ぬことはない」
カルスは肩に載せられたシロンの左手を握り、シロンの瞳を見つめて言った。
「もう決めたことだ。俺の死に場所はアルカディアでいいんだ。元不良少年にしては上出来だ」
「考え直せ」
「手を放せ」
カルスはシロンの両手を払いのけた。
「これがペンダント。これが手紙の入った封筒」
そのふたつをシロンに手渡すとカルスは数歩下がって言った。
「シロン、そしてここにいないライオス。おまえらは俺の幼い頃からの親友だ」
カルスはそう涙声で言ってくるりと背を向け、パンテオンのほうに走って行ってしまった。