『空中都市アルカディア』19
三、カルスの志
ボードパークはアルカディア下部都市の最下部、北東隅にあった。高層ビルの底に幾本もの柱でぶら下がった形で浮いている。練習用のリンクあり、ホバークラッシュ用の小さな闘技場あり、スピードレース用のトラックあり、ハーフパイプもあった。そこには当然歴代のメダリストが技を競っていたし、アマチュアも大勢楽しんでいた。その中にカルスの姿があった。彼はハーフパイプで技を披露し喝采を浴びていた。
「今年の金メダリストか」
誰かが言った。
「四年前の金メダリストとはライバルだったそうじゃないか」
「ああ、あの背の高いライオスという男か」
ボードパークで話す人々の声はそこに来たばかりのシロンとライオスの耳に入って来た。
ライオスはシロンに言った。
「帰ろう。カルスの奴が俺の姿を見たらまた面倒なことが起こりそうだ」
シロンは答えた。
「俺はカルスに話がある。先に帰ってくれ」
ライオスはシロンの「話」というものが何なのかわからなかったが、自分には関係ないことだと考え帰ってしまった。
シロンはカルスの滑走が終わるのを待った。
カルスは滑走が終わりハーフパイプの縁に立つと、シロンの姿を目にとめ歩いて来た。
「シロン、なんか用か?」
シロンは言った。
「おまえの姉さんを妊娠させ毒を飲ませた奴がわかった」
カルスは急に表情を変えて言った。
「誰だ?」
「シマクレスという奴だ」
「シマクレス?」
「アルカディアの立法長官だ」
「立法長官?」
「最高権力者のひとりだ」
カルスは笑った。
「そうか、こりゃおもしろくなってきたぞ。世界の最高権力者の面にホバーボードの裏面を舐めさせてやって、姉ちゃんの前で土下座させて謝らせる」
シロンは言った。
「だが、周囲の評判では、シマクレスという人物は人格者だ。本当にそんな悪いことをした過去があるのか・・・」
カルスは言った。
「おまえが、たった今、そいつを犯人だと言ったんじゃないか。もう、それに疑問を持つのか?」
「ああ、たしかにあの写真の男だ。間違いない。でも、本当にあの男が毒を飲ませたり妊娠させたりしたのか、自信がない」
「なぜ、自信がないんだ?人格者?は、笑わせる。みんなにそう思わせている化けの皮を俺が剥いでやる」
「でも、間違いだったら・・・」
カルスは笑った。
「間違っていてもいいさ。世界最高の権力者だろ?そいつにホバークラッシュを喰らわせられたらたとえ人違いでもスカッとすらぁ」
「何を言ってるんだ。やっぱりただのテロリストだろ?」
「だから、テロリストとか既存の尺度で断定すんな。俺には俺の思想があるんだ。そこに価値観の違いがあるんだ。アルカディアの法律が必ずしも正しいわけじゃないんだ。そんなもん俺がぶっ壊してやらぁ」
「ぶっ壊してどうするんだ。もし人違いだったら、おまえの姉さんの敵討ちってのはどうなるんだ」
「そうだな。だが、ここにペンダントがある」
カルスは懐からロケットの付いたペンダントを取り出した。ロケットにはシマクレスと姉のミレネが裸で写っている。
「とにかく俺がこの目でそのシマクレスって奴の顔を確認する。戦略はそれから練る」
「ああ、そうしろ。俺は不正義は許せない。だが、テロはもっと許せない。そのことを頭に入れておけ」
「は?なんでおまえの正義感を俺が意識しなくちゃならないんだ?おまえは俺の監督人か?俺は俺のやり方で行くぜ」
「独りでできるのか?」
シロンは黒い瞳でカルスの緑の瞳を見つめた。
カルスは言った。
「おまえ、協力してくれるのか?」
「俺はテロには加担しない。だが、権力者の不正義を暴くのには助力する」
そう言ったときシロンはアイリスの顔を思い出した。シマクレスの婚約者アイリス。シマクレスの不正義を暴いたらアイリスはどうなるのか?代わりにシロンを愛してくれるのか?シロンにはわからなかった。
カルスは言った。
「じゃあ、シマクレスの不正義を暴く、そこに俺たちの共通目標があるってことだな?」
「そうだ」
「俺にはこのペンダントの他にもうひとつ、姉ちゃんから預かった大事な物がある。それは姉ちゃんからのシマクレスへの手紙だ。もちろんシマクレスという名前はない。だが、仮にそいつが犯人だったらその手紙を使うことで奴を失脚させることができるんじゃないかと考えている。いや、失脚どころじゃない、下界のどこかにある刑務所行きだ。このふたつのアイテムをどう使うかですべてが決まる」
「どう使うつもりだ?」
「戦略は本人かどうかを確認してから練る、二度言わせるな」
シロンは訊いた。
「どうやって確認するつもりだ?おまえは下部の住人だから立法長官に会う機会なんてないんじゃないか?」
「それもこれから考える。もし確認できたらとにかく一発クラッシュをお見舞いしてそれから奴の罪を償わせる」
「一発お見舞いしたところで分が悪いのはおまえだぞ」
「うるせえな。とにかく作戦は俺が考える。おまえはそれに協力してくれればいい」
シロンは言った。
「でも、俺は暴力は反対だぞ」
「ほんと、癪に障る奴だな。じゃあ、協力なんかしてくれなくていい。俺は独りでやる」
「相手は立法長官だぞ」
「うるせえ、そんなのにビビってたまるか。おまえは協力するのか止めてるのかわからねえ奴だ。ムカつく。あばよ」
カルスはホバーボードに乗ってハーフパイプを滑って遠くに行ってそのままボードパークから出てビルの底部にあるエレベーターに乗って上に行ってしまった。