『ジャンダルム』(9)馬の背【ノンフィクション小説】
私はジャンダルムに向かって岩の折り重なってトゲトゲしたような狭い尾根を歩いていた。いやほとんど四つん這いのように、落ちないように細心の注意を払って進んだ。そして、いきなり下りが来た。
馬の背だ!
私は動画を見て知っていたが、現実の馬の背はやはり現実だった。視覚情報だけではなく、岩の感触、風の強さ、そして、下を見た時の高度感。私は下を見なかったが、そこが少しでもミスをしたら死に直結する場所だとハッキリとわかった。
ナイフのように切り立った岩。
それを両手で掴み、その片側にあるわずかな岩の出っ張りを足場にして、何度もナイフを左右にまたぎ越えて進んで行く。
意識していたのは三点支持、それだけだった。
YouTubeの動画で見ていて知っていたまるで三角定規のような岩で、左側の底辺に足の幅ひとつ分のステップがある場所に来た。YouTubeのおかげで私は予習が出来ていた。しかし、本番は初めてだ。YouTubeはしょせん動画だ。現実ではない。私は今、全身と全神経を集中させて、この足場に足を置いている。両足を降ろさねばならない。三点支持も守らねばならない。落ちたら誰かが責任を取ってくれる物でもない。責任を取ってくれてもそのとき私は死んでいる。すべてが自分の力にかかっている。
私は馬の背を降りて行くに従い、少し広いガレた場所が近づいて来るのがうれしかった。あそこまで行けば一段落つく。だが、油断はできなかった。どこで気を抜いても死ぬ。
私はついに馬の背を降りることに成功した。