『剣岳、見参!』10、剣山荘の午後、一期一会
私は剣山荘に到着すると、到着時間をメモったら、すぐにカルピスウォーターを買った。五百ミリで五百円だ。た、高い。
しかし、美味かった。
私はカルピスウォーターを仕事帰りによく飲むのだが、この山小屋のカルピスは特に違いはないのだが、よくぞここまで運んでくれた、と思わせてくれるほど美味かった。スーパーじゃ百円以下で売ってるよ。それが五百円。
カルピスを飲み終えると、昼食を食べようという気になった。飲んだり食ったりでだらしないようだが、山ではそんなことしかすることがない。あとは寝るか、私はノートを持って行って、山行記を書いている。この文章の下書きとなるような内容だ。
とりあえず、私は食堂でカレーライスを食べた。写真を撮ったが、かき混ぜてからの見苦しい写真になってしまった。食べる前に撮るべきだったが忘れていたのである。
カレーを食べたら、山行記を書いて、部屋に戻り眠った。疲れのせいか体に熱があるような気がした。やばい、またコロナか?私は七月十五日にコロナ陽性となり、それから陰性になった経緯がある。抗体を持っているからならないはずなのに。いや、新株か?それとも左手の親指の傷から菌が入ったか?わからなかった。とにかく熱かった。一応マスクは着けた。そういえば、山ではほとんどの人がマスクをしていない。時代が変わったのか?私は三時頃まで寝て、ビールでも飲もうかと売店に行った。しかし、あまりビールという気分ではなかった。ビールはいつも山行では楽しみにしているもののひとつである。しかし、私が選んだのはカルピスだった。しかも二本、一本は翌日立山のどこかの山頂で飲もうと思ったのだ。それは今日、剣岳でコーヒーよりも塩分のあるカルピスが欲しかったから、翌朝はコーヒーを淹れるのをやめて、カルピスを持って行こうと思ったからだ。すると、朝のコーヒーを淹れる時間が節約できる。そんなことを考えていると売店のお姉さんが、「そのTシャツどこのですか?」と訊いてきた。私は唐突に訊かれたので、「え?奥穂高かな?」と言った。するとお姉さんは、「かわいいデザインですね」と言った。私は「あはっ」と言って、カルピスを二本持って山小屋の外へ出た。そこで反省した。「あはっ」ってなんだ?せっかくお姉さんが自分に興味を持ってくれたのに、「あはっ」はないだろう。別にお姉さんとの出会いを求めていないからと言って、もうちょっと話を弾ませることもいいだろう?出会いと言っても恋の出会いじゃなくてどんな人とでも一期一会は大切にすべきじゃないか?それも山の醍醐味だろう。私は自分の統合失調症という精神病を思った。これはざっくり言うと、コミュニケーションの病気である。私はコミュニケーションが苦手である。しかし、これはつまり生きること自体がリハビリであると思う。山小屋の売店のお姉さんとのちょっとした会話こそリハビリになるじゃないか。それ以上に思い出になるじゃないか。人生を豊かにするのはほんのちょっとしたことを大切にすることである。
夕食を摂ると、部屋に戻った。すると、同室のおじさんが、「ドアを開けといていいですか?暑いので」と言った。それで私が発熱したと思った理由がわかった。部屋が暑かったのだ。その証拠に、全然元気であった。私は歯を磨いたあとだというのに、ポテチとビールでも飲もうか、と思った。しかし、ビールというのは自分の欲望ではないと思い、ポテチと水という組み合わせにした。外のベンチで食べた。山小屋の人たちが「今日は夕日が綺麗なんじゃない?」などと話していたが、この剣山荘から夕日は見えない。クロユリのコルと言うところまで登れば見えるかもしれない。しかし、私はこのとき夕日にそれほど興味がなかった。とにかく疲れを取りたかった。ポテチを食べ終えると、部屋に戻って眠った。