【長編小説】『アトランティス世界』10
五、 フキとマラ
ガラパゴス博士とマイル少年はファキ老言語学者によるアトラス語の授業を毎日受けるようになった。マイル少年はすぐにアトラス語を覚えたが、ガラパゴス博士は苦戦した。
「博士、なんでこんなに簡単な言葉がわからないんですか?」
「マイル君、年寄りをバカにするな。それは若い方が言語の習得は早い」
「でも、僕、フランス語のテストではいい点数は取れませんよ。アトラス語は語順とかが英語そっくりじゃないですか」
「それでもだな、私には難しい」
「ラテン語ができるほどなのに?」
「ラテン語は若い時に学んだからわかるんだ。フランス語もスペイン語もドイツ語も。マイル君、学問は若いうちによく励むといい。そうすれば将来の選択肢が広がるからな」
「僕はアトラス語と英語ができるイギリス人?イギリスに帰ることができたら、アトラス語の教授になれるかな?」
「向こうの世界で、アトランティスの存在を信じてくれればの話だがな」
ところでファキ老言語学者には孫の男の子がいて、ちょうどマイル少年と同じ年頃だった。名前をフキという。
フキは最初は外国人のマイル少年を警戒していたが、ファキ老言語学者の家で一緒に食事をするようになるとふたりは打ち解けた中になった。もちろん打ち解けるには言葉が通じなければならなかったが、フキはもともとファキ老言語学者に英語の手ほどきを受けていたので英語がある程度はできた。マイル少年もアトラス語を覚えたことで、ふたりはお互い言語を交換し合ううちに親密になっていった。フキはマイル少年にとって初めての外国人の友達になった。それはもちろんフキにも同じことが言えた。
ある日の昼下がり、マイル少年はフキに言った。
「なあ、フキ。僕にアトラノスの乗り方を教えてくれないか?」
「ああ、いいとも」
マイル少年とフキはファキ老言語学者の家の厩に入った。そこには四頭の乗用肉食恐竜アトラノスが繋がれていた。
フキは一頭の綱を解いて、引いて外に出た。
「まず、鞍を置く。鞍を置くには信頼関係が大事だ。肉食恐竜だからな。肉をやれば大概信頼してくれる。まあ、俺とこいつの場合、毎日のことだから、すでに信頼関係はできている」
フキはアトラノスに鞍を置いた。
「マイル、乗っていいぞ」
「大丈夫なのか?」
「鐙に足を掛けて・・・、そうだ、そうやって跨れ」
マイル少年はアトラノスに跨った。
「うわっ、すごい」
フキは笑った。
「俺が綱を引いてやる。町の馬場まで行こう」
フキは綱を引いて歩き始めた。広い通りに出るとアトラノスに乗った人や徒歩の人で賑わっていた。そんな中に、アトラノスに跨った娘がひとり、フキに声を掛けてきた。
「フキ、それが外国人かい?」
「うん、そうだ、この人はマイル」
フキはマイル少年に娘を紹介した。
「俺の婚約者のマラだ」
マイル少年は驚いた。
「婚約者?フキは何歳なんだい?」
「十六だ。それがなにか?」
「十六で結婚?早いなぁ」
「早い?イギリスでは何歳で結婚するんだ?」
「十八歳からだけど、両親の同意があれば十六歳で結婚できる。僕は今、十六歳だけど、結婚なんて信じられないよ」
すると馬上のマラは笑った。
「フキ、言ってやんなよ。あたしたちは来月結婚式を挙げるって」
フキはマイル少年を見上げて笑った。
「マイル、君を結婚式に招待するよ」
マイル少年は笑顔になった。
「ありがとう」
そこへ、アトラノスに乗った少年が来た。
「マラ姉、フキ、その人は誰だい?」
フキは答えた。
「外国人だよ。イギリスから来たんだ」
「え?イギリス?ガリバーの国かい?」
「そうだよ」
「噂には聞いていたけど、本当に肌が白くて金髪で眼が青いんだね」
マイル少年は笑った。
「君の名前は?」
「おいらはタキ、十二歳だ。マラ姉の弟だよ」
マラはフキの方へ向いて言った。
「ところで、あんたたちは、どこへ行くつもりなんだい?」
「馬場だよ。マイルが乗馬の練習をするんだ」
「そう、面白そうだね。あたしも行っていいかい?」
「おいらも行きたい」
「もちろん」
そう言ったのはマイル少年だった。
街のはずれにある馬場は広かった。多くの少年少女たちがアトラノスの乗馬の練習をしていた。跨るのに苦労している者、指導者に引かれて歩く者、乗りこなしていて高速で走る者など様々な練習者がいた。
マイル少年はそこで毎日練習した。そこにはフキだけでなく、その婚約者のマラと、その弟のタキも一緒だった。
マイル少年は少しずつ乗り方のコツを掴んでいった。そして、二週間後の日暮れには自由に乗りこなせるようになっていた。馬場は日没に閉じることになっていたので、市民たちは馬場から帰り始めた。徒歩のフキと馬上のマラ、タキ、そしてマイル少年が広い通りを並んで歩いていると、前方から役人が兵士を数名連れてアトラノスに乗ってやってきた。
役人は言った。
「おまえが、マラだな?」
馬上のマラは答えた。
「はい」
「陛下がおまえを後宮にお招きだ。このまま、我々と共に宮殿へ来い」
マラは震えていた。フキが言った。
「待ってくれ、マラは俺と来月結婚するんだ」
役人はフキを冷たい眼で見下ろして言った。
「陛下は今夜、マラをご所望だ。以前から目を付けておられたそうだ。マラよ、こんな光栄なことはないぞ」
マラは震えた声で言った。
「嫌です」
「なに?嫌?陛下のご寵愛を受けるのが嫌?」
マラは震えて何も言えなかった。
フキは役人の足を掴んで言った。
「ちょっと待てよ」
その手を兵士の槍の柄が払った。
「ぐっ」
フキは手を抑えてしゃがみ込んだ。
タキは言った。
「何をするんだ!」
「何だ、小僧、子供のくせに逆らうのか?」
フキは立ち上がって、役人を睨み上げて言った。
「マラは俺の婚約者だ。誰であろうと渡さないぞ!」
役人は冷笑を浮かべて見下ろして言った。
「その言葉、反逆罪だ。おい、痛めつけてやれ」
兵士のアトラノスの尻尾が振られ、バチンとフキの体を吹っ飛ばした。フキは地面に倒れた。タキはアトラノスの背から降りて、フキに駆け寄った。
「フキ、大丈夫か」
役人は馬上のマラに言った。
「さあ、来るんだ、小娘」
マラはアトラノスに鞭を加えて逃げ出した。しかし、兵士の投げた槍が彼女のアトラノスに刺さり、マラもろとも地面に倒れた。マラは後ろ手に縛られた。
「く、ちくしょう」
マラは兵士のアトラノスに乗せられ連れ去られ、何度もフキの名を呼んだ。
「フキ、フキー!」
マイル少年はこの間、ずっと、動けず、アトラノスに跨って、傍観者の眼で見物していた。
マイル少年は自問した。
「僕はなにをやっている?」
足元を見た。フキが倒れていて、それを抱えたタキが自分を見上げている。
マイル少年はマラを連れ去った兵士たちの影が見えなくなると、ようやく当事者に戻った。とにかく、フキを介抱しなければ。
マイル少年は下馬した。タキがマイル少年に言った。
「なぜ、あんたは追い駆けないんだ」
マイル少年は震えて俯いていた。
タキはフキを揺り動かした。意識はあった。
「フキ、大丈夫か?」
薄眼を開けたフキは言った。
「マラは?」
「連れられて行ったよ」
「後宮にか?」
タキはまだ幼さ故、後宮がどんな所かわからず困惑していた。
マイル少年も黙っていた。
「・・・」
「帝王の玩具にされるためか?」
「・・・」
「婚約者の俺でさえまだ抱いていない。結婚したらとふたりで決めていた。帝王?くそがっ!」
フキは起き上がろうとした。
「いてて」
「フキ、無理だよ、怪我をしているじゃないか」
「こんな怪我・・・」
フキはよろよろと立ち上がり、先ほどまでマイル少年の乗っていたアトラノスに跨った。タキは訊いた。
「フキ、どうする気だ?」
「決まってる、マラを取り戻す」
フキはアトラノスに鞭を当て走り出した。タキもアトラノスに乗ってフキを追いかけた。マイル少年はそこに取り残された。西日の中にただ立っていた。
フキは真っ直ぐ宮殿に向かった。それをタキが追い駆けた。
マイル少年はとにかく、この事態を大人に伝えようと、ファキ老言語学者の家に走って帰った。
「ガラパゴス博士、ファキ先生!」
「どうした?マイル君」
「フキが、婚約者のマラが連れ去られて・・・」
その頃、フキは宮殿の入り口である大階段をアトラノスに乗ったまま駆け上がろうとしていた。タキは大階段の下でアトラノスに乗ったまま、兵士たちの垣根に阻まれ、フキを見上げていた。当然兵士が大勢出て来てフキを押しとどめようとしたが、フキは止まらなかった。強引に階段を昇ろうとしたため、ついに上段から兵士たちの槍衾にあった。
フキは槍で体を貫かれ、乗っていたアトラノスともども階段を転げ落ちた。タキは叫んだ。
「フキ、フキー!」
フキは死際にこれだけ言った。
「マ、マラ・・・」
夜が来た。
マイル少年がガラパゴス博士とファキ老言語学者を連れて宮殿前に来た時にはすべては終わっていた。
反逆者、フキは肛門から項へ串刺しにされ、宮殿の前に高々と晒された。タキは地面に膝をついて泣いていた。孫が殺されたファキ老言語学者は悲しいとも悔しいとも諦めとも取れる微妙な表情をしたのみだった。マイル少年は串刺しにされたフキの死体を見上げると嘔吐して気を失った。気がつくと、ファキ老言語学者の家のベッドに寝ていた。
後宮では、帝王メテオ・ナーが新入りの側女、マラの体を抱き寄せて酒を飲んでいた。マラはメテオを押しのけた。
「マラよ、そう嫌うな。余は帝王だ。なんでも願いを叶えてやるぞ」
「では、私をフキのもとへ返してください。私たちは結婚するんです」
「あいつは死んだ。反逆者だ」
「死んだ?反逆者?」
「そうとも、今、宮殿の前に死体を晒してあるぞ。さあ、お股を広げろ、さあ」
マラは立ち上がった。
「この下司が!」
マラは帝王を蹴飛ばした。帝王は笑った。
「ほう、余を足蹴にするとは見上げたものだ」
メテオ帝王は立ち上がった。
「無理矢理犯すというのも興があるわい」
メテオはマラを組み伏した。マラは抵抗した。
「くっ、この」
「大人しくお股を開け、開けば楽になるんだぞ」
「誰がお前などのために」
マラは力を振り絞って暴れた。メテオは興奮して言った。
「余は帝王だ、自分の腕ではなく他人の腕を使うという組み伏し方がある。おまえたち」
すると、どこかからふたりの屈強な宦官が現れた。ふたりはマラを抑えつけ裸にした。
メテオはニヤニヤして言った。
「お股を開け―」
マラの股間は左右から抱えるふたりの宦官により無理矢理開かれ、玉門はこじ開けられた。
マラは歯を食いしばって声も出さずに泣いていた。
メテオは男根を引き抜いて言った。
「こんなに抵抗した女は初めてだったぞ。面白かった。余は満足じゃ。マラよ、泣くな。じきに慣れる。後宮で贅沢な暮らしをしろ。そのうち自ら寵愛を望むようになるわい」
マラは宦官に連れられて退室した。
翌朝、後宮の中庭に、ひとりの娘の死体があった。状況から三階の窓から飛び降りたようだった。
その噂をファキ老言語学者の家で聞いたマイル少年は、もう一度嘔吐し、自分の無力に悔し涙を流した。
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【長編小説】アトランティス世界
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