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Re: 【短編小説】ジョット盂蘭盆会COASTER
マイクロバスはドエレーCoooooLな速度でカシマ街道を爆走っていた。
俺は釘の装填されたネイルガンを叔父貴の頭に突き付けて、出来るだけ声が低く出る様にしながら、ゆっくりと言った。
「ハンドルから手を放しなよ」
観念したヒデ坊叔父貴はハンドルから手を放すと掠れた声を出した。
「わかった、だからそいつを下ろしてくれ」
このままじゃ不運とダンスっちまう、そう言ってヒデ坊叔父貴は両手をあげた。
オートパイロットになったマイクロバスは、蒼褪めたスピード領域に突入した。
窓から流れ込む空気は溶けたバターみたいで重苦しい。
助手席のサブロー爺をチラ見すると、相変わらずグッタリとしたままだった。もう長くは無いだろう。
「OK、叔父貴はそのまま両手を背中の後ろで組んで」
右手のネイルガンをヒデ坊叔父貴の頭に当てたまま、左手を使ってヒデ坊叔父貴の親指同士を結束バンドで結んだ。
マイクロバスの車内で、親族一同が固唾を飲んで俺と叔父貴の動きを見ていた。
開け放たれた窓やドアからは溶けたバターと化した風が荒れ狂った様に入り込み、緊張した俺たちを嘲笑うかの如く渦巻いている。
俺は喉を開いて腹に力を入れると、その凶風に負けない大声でガなった。
「京子叔母がやった事はさ、まぁ別に通報してもいいんだけど、とりあえずは呆けた婆さんの不幸な事故って事にしようか」
ヒデ坊叔父貴と京子叔母が書いた絵図は単純だ。
運転中に不整脈の出たサブロー爺がパニクり誤った操作でドアを開いた。
呆けた婆さんがそこから転落、慌てて助けようとした俺たちも次々に転落……と言うものだ。
あとは突き落とした証拠となる車内ドラレコを消せば良い。
オートパイロット機能付きのマイクロバスじゃなかったら、俺は叔父貴たちが目論んだ通り今ごろはカシマ街道の灰燼になっていただろう。
「ちょっと、なんでアンタが仕切ってんのよ」
凶風に負けない声量で怒鳴る声が聞こえた。
京子叔母の娘であり、俺の従姉妹であるユミコだ。
「好き勝手にしてなんなの、何の権利があって」
血走った目で叫び続けるユミコだったが、ルームミラーの下に設置されたドラレコを俺が指差すと、不満そうな顔を隠しもせずに黙った。
そう、このドラレコにはまだ京子叔母が婆さんをバスから突き落とした映像が残っている。
もしかしたら、ヒデ坊叔父貴がサブロー爺に何かした記録もあるかも知れない。
「お兄、やり過ぎだよ」
加速し続けるマイクロバスの揺れに怯えながら、手すりを両手で握る弟のハルオは恐る恐るといった感じで俺を伺いつつ意見した。
俺はハルオの頭を撫でながら微笑んだ。
「馬鹿野郎、ここで俺たち以外が死ねばジジイの遺産総取りだぞ。みんなそう思ってやがる。京子叔母なんか、いの一番に婆さんを突き落としたじゃあねぇか」
これは闘争だ。
このバスは俺たちの闘争領域なのだ。
凶行が露見して、京子叔母は小さくなって震えていた。
ザマミロ&スカッと爽やか!な笑いの止まらない俺は、下品ながら軽く勃起していた。圧倒的に状況を支配してるのは俺だ。
「だから、もし京子叔母が遺産いらねぇってんなら、まぁドラレコもデータ消えちまうかも知れないよな」
俺の高笑いがマイクロバスの中を跳ね回る。
「ちょっと!」
叫ぶユミコを京子叔母が押し留めた。
俺は笑いか止まらない。
「遺産相続を放棄すれば身内殺しの不名誉さから身を守れるんだ、それで満足しろよ」
とんだ盂蘭盆会になったものだ。
助手席で荒い呼吸を繰り返す爺さんは死にかけだ。
「なぁ爺さん、まさかこんな事になると思っていた訳じゃあるまい?」
サブロー爺の胸元に下げられたグリセリンが詰まっているペンダントを引きちぎって窓から放り投げた。
バイパスの継ぎ目を踏んだマイクロバスがガタンと大きく揺れた拍子に、両手の親指を結束されたヒデ坊叔父貴がバランスを崩して開け放たれた運転席の窓から転落した。
「お父さん!」
アスファルトの上を転がるヒデ坊叔父貴の後に続いて、叔父貴の娘であり俺の従姉妹にあるハジメたち兄妹たちが次々と転がり出て行った。
「素晴らしい家族愛だな!まるでレミングだ!」
ワハハと笑って車内を見て、俺は笑うのをやめた。
ヒデ坊叔父貴の嫁さん──名前は何だった?昔は美人だったが、すっかり太って見る影も無い──は不敵に笑っている。
こいつは骨だな。
九州のヤンキー上がり看護師は気合いと根性が違う。
サブロー爺の呼吸が止まった。
何の感慨も無い。俺は別に爺さんが好きじゃなかったし、爺さんも俺が好きじゃなかった。
「悪かったな、期待外れの初孫で」
俺はサブロー爺を助手席側の窓から落とそうとすると
「いい加減にして!」
ユミコが叫んだ。
振り向くと、両手を上げたハルオの首に鋏を突き付けている。
「仕方がないな、ハルオ。我慢しろ」
俺はネイルガンを無造作に打った。
釘はハルオの眼球に命中して頭蓋骨を突き抜けるとハルオの心に刺さった。
驚いてハルオを見るユミコに向かって放ったネイルガンは、やはりユミコの鼓膜を突き破りその心に刺さった。
そう、それは彼らの心臓ではなくそれは彼らの心に刺さったのだ。
二人は相次いでバスから転落していった。
バスの中には俺と、ヒデ坊叔父貴の嫁さんしか残っていなかった。
ヒデ坊叔父貴の嫁さんが叫んだ。
「来いよボンクラ!そんなネイルガンなんか捨ててかかってこい!」
俺は笑ってネイルガンを投げつけると、サブロー爺さんを落としてから助手席に座ってシートベルトを閉めた。
ヒデ坊叔父貴の嫁さんがネイルガンを拾い上げてこちらに向かって来る気配がする。
俺は助手席から腕を伸ばした。
ヒデ坊叔父貴の嫁さんがネイルガンをぶっ放す。
釘が俺の腕に刺さる。
だが俺はその痛みをものともせずサイドブレーキを引いた。
「で?」
京子叔母は面倒くさそうに続きを促した。
「いや、生き残るのは俺だけだよと言う話」
「だから行きたくないって?」
「うん」
「馬鹿言ってないで早く支度しな。サブローお爺ちゃん、せっかちなんだから」
部屋を出て行く京子叔母の背中を見ながら、俺は腰にネイルガンと結束バンドの束を差し込んだ。
「忠告は、したよ」
駐車場でサブロー爺がマイクロバスのエンジンをかける音が聞こえた。
俺は窓を閉めて笑った。
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