【超短編小説】ハロー、バイバイ
言い訳のようなクリンチは振り解かれて、叩き込まれたボディフックは三秒後に俺の心を挫けさせた。
膝を付いてカウントを聴く。
もう強くなるのは無理だ。
心身は衰退途上にあり、増え続ける余白を巧さだとか狡さで誤魔化していくしかない。
それなのに、言い訳の様なクランチは無様にも振り解かれて、俺はいまこうしてカウントを聴いている。
10カウントの前にラウンドタイマーが鳴る。
引き分けだ。まだ負けて無いからな。
俺はどうにか立ち上がって16ozのグローブを合わせる。
関節が動くのを厭がる。
筋肉から疲労が滲み出る。
巧さも狡さも行き止まり。防波堤の先。
ここから先は?
30秒のインターバルが終わって、次のスパーリングが始まる。
アナザーラウンド。
繰り返す曖昧なクランチ。無様なダウン。
ブザーが鳴ればそこでお終い。
終わってしまえば苦痛なんてのは何でもない。ソープと同じだ。
終わってしまえばしばらくは考えずに済む。
使い古したドラム型スポーツバックに汗だくの道具を詰めてジムを出る。
小学生の頃に流行していて、ねだって買ってもらったドラム型のスポーツバックはプリントが剥げていて見窄らしくなっている。
それがどうした?新調して巧くなるならブランド品だって買うさ。
だがどうにもならない。
人生と同じだ。これ以上は良くならない。
それならどうにか誤魔化すだけだ。
そうやって狡さを積み重ねて自分を裏切る。
大人が裏切られた青年の姿だと言うのはそう言うことだ。
その果てに俺は俺の死を死ぬ。
誤魔化しが効かなくなったらそこが行き止まりだ。袋小路。人生八王子。工事を繰り返した道路のように継ぎ接ぎだらけの人生が後ろに伸びている。
前に伸びた帰路をポカホンタスが白いオランウータンを連れて歩いている。それが戦争に負けると言うことだ。その悪夢は俺たちが自由の女神に顔射するまで終わらない。
自由の女神が産む社会主義チルドレンはどんなハーフになるんだ?
猿の惑星よりマシであると願う。
エレベーターの無いマンションは階段が暗く点滅する蛍光灯、フリッカーの隙間に踊り場でうずくまる。
部屋に帰ってもお前がいない。
ハロー、バイバイ。