【短編小説】全自動Life will be自由からの逃走and means no meanings
チヤリメルワラが不意に目を覚ましたのは夜中のことであった。
その直前まで見ていた夢が政府から配信されたものなのか自分の脳みそと言う臓器がランダムな情報を収集して最適化する際のプログラムなのか突き止めようとしたが、その行動さえ自動的な行為である気がしてやめた。
「どうしたの?」
隣で眠っていたスグィォスシは梟の様に首だけを回してベッドに身を起こしたチヤリメルワラを見た。
「夢をみたんだ」
チヤリメルワラがため息まじりに答えたが、スグィォスシは再び眼を閉じながら
「どんな夢を見たの?」
と訊いた。
それはまるでクリームソーダに溶けていくアイスクリームみたいな音だったので、チヤリメルワラはともすると聴き逃しそうになったのだった。
「分からない、よく覚えてないんだ」
スグィォスシはかすかに頷いて先を促した。
チヤリメルワラが見た夢はこうだった。
浴室と寝室が一緒になった奇妙な空間で名前の知らない女と抱き合っていた。
女の存在は曖昧で、かつては十人並を少し越える程度の美しさだった。
別にその女を好きでも何でもなかった。
女の腹に放った精液は水に浮いた油の様に鈍重な虹色に光っていた。
チヤリメルワラはそれが政府の配信した夢か昔の記憶なのか分からないでいた。
どうしてそれを知りたいのか分からないが、とても重要な事の様な気がした。
「どう思う?」
スグィォスシが開けた瞼は、今度は重さを感じさせなかった。
「そうね。でも仮にそれが政府の配信であったとしてそれが何か問題なの?」
スグィォスシは茶色い眼球を動かさずに真っ直ぐチヤリメルワラを見つめながら訊いた。
「問題はないよ」
チヤリメルワラは自分の脳みそやニューロンを直接みる様なスグィォスシの視線から顔を背けた。
いま外はどんな風なのだろうか。
定時にならないと開かない国営住宅のカーテンを引いてみたが、やはり外の景色は見られなかった。
きっと自動運転の車列がストローの気泡みたいに等間隔で動いている。
まだ何処かにある無駄の為にある移動を想像してチヤリメルワラは自分の背骨が冷たくなっていく気がした。
そもそも自分に背骨があるかなんて分からないけれど。
もう少しすると配給の朝食が届く。
眠っているスグィォスシの髪を撫でながらチヤリメルワラは配信された国営ニュースのデータをバックグラウンド再生した。
朝食を済ませたら散歩に出よう。
あと数年もすればチヤリメルワラやスグィォスシも統合される。
もっと早いかも知れない。
ふたりだけで見た世界がアーカイブされる前にふたりだけの世界をふたりだけでアーカイブしよう。
間もなく国営太陽が昇る。