Yuzuki / ÉDIT(h)
トンッ でもなく バシッ でもなく、そっと掌を添えて
やさしく背中を押してくれる香りである。
元気はある。でも不安定な心を抱え、人前ではニコニコしながらも複雑な葛藤に追い詰められている。
いま、ドキッとした方には試してみてもらいたい。
出会いは2022年の”サロパ”ことサロン ド パルファンである。
試香すると、ユズキという名前に反して柚子を感じなかった。それよりも何よりも、ガルバナムの強烈な青さ!あの時の第一印象はこうだ。
「これは…除草作業の匂い!!」
それは小学生時代の除草作業の記憶だった。
じっとり汗をかく夏休み前の時期、ひたすら校内の草をむしる。湿った土とむせ返る雑草の匂い。葉がちくちくと脚や腕に当たり、髪が汗で顔に張り付く。軍手のごわついた感触が、だんだん草土の水分と汗で湿って蒸れていく。体のあちこちを蚊に刺されてかゆい。雑草をむしっても根が残り、やっとほじくり返してもまだまだ生えている。キリがない…。ずっとしゃがんでるから脚が痛くなってくる。起き上がると腰も首も痛い、立ちくらみもする。ふと周りを見ると、男子がやらずに遊んでいる。教師は参加しないで向こうの日陰にいる。いま何時なんだ。まだ終わらないのか。暑いしかゆいし臭いしいろんな感触も周囲の様子も何もかも嫌だ。
今もこれは本当にやりたくない。それだけ除草作業には嫌なイメージがついている。
それがありありと呼び起こされた事に戸惑いつつ、怖いもの見たさのような気持ちでもう一度試して私は気付く。おかしな事が起きていた。
不快感がなかったのだ。これほど嫌な記憶を呼び起こされたにも関わらず、香りそのものには不快さがなく、私はしばらく試香用漏斗を離す事ができなかった。一旦離してもまた何度も香った。
とはいえ「いつどうやって使うのか」という初心者らしい疑問のため、ユズキではなくディスカバリーセットを購入した。2ndコレクション ”La collection Remixes” の4種で、ユズキを音楽的感覚で”リミックス”した「グリーンベルベット」が入っている。柚子をジンジャーに置き変え、ガルバナムのインパクトをやわらかいフローラルに変化させたもので、日常的に使いやすい香りだ。このセットは”リミックス”らしい洗練された雰囲気がありどれも気に入っている。
ただ、何かがどうしても気になる。何かが私の細かい神経を刺激し呼んでいた。フエギアのウードと同じく、私はあのインパクトを忘れられなかった。
衝動のままにサロパ最終日に再訪すると、早速ウードアンデスを買って頭がぱっぱらぱーになり、そうだ財布には緊急確保した財源があるんだこれで買おう~などととんでもない事を考え、エディットに向かい、ユズキを買った。
はっはっはっ(笑うしかない)。
まあ頭はぱっぱらぱーだったが直感は正しかった。この子は私にとって、最も信頼を置く香りとなったのだ。
ÉDIT(h) は朱肉製造「日光印」により立ち上げられた異色の香水ブランドである。2018年にローンチ。6代目の葛和建太郎代表は元音楽プロデューサーで、その音楽的な発想から生み出されたとかなんとか(かんとか)…。詳しくは公式サイトをチェックしてください!
朱肉にはアジア由来の香料が使われており、エディットではそれを香水にも使用している。本場パリの展示会に出品すると百戦錬磨の専門家たちがこぞって「初めて嗅いだ香りがする!」と押し寄せたという。
この特有の香料というものを私は知らないのでよくわからない。わかるっていう人教えてください…。
ガルバナムのむせ返るほど青々しい草の香りが強いインパクトを持つ。
まっすぐ天に向かって伸びていく草の匂い。眩しい日差し。力強い自然の表情。青臭さに柚子ならではの品のある酸味がスッと通っていく。トップを過ぎると草の青さはハーブらしい青さへ移り、ほんのりと花のやさしい香りが風に吹かれてやってくる。パチュリによって青さと酸味は引き継がれて、サンダルウッドの風がとても静かに残る。
変化は少なく、ある晴れた日の穏やかさのように、明るさや温度をゆっくりとグラデーションで変えていく。
肌に乗せたとき、やっと柚子の凛とした柑橘の香りを感じた。私が気づけなかっただけでこの子はずっとそこにいたのだ。するとどうだ、あのつらいつらい除草作業の記憶から、ヴィジョンは異なる場所へと飛び去る。爽やかで明るく、涼しい雰囲気。朝露に濡れた葉。静かな空気。
浮かんできたのは夏の朝。自然に囲まれた旅館。温泉に癒やされて泊まった翌日、明け方。空は白んでいて同行者はまだ寝ている。鳥たちが目を覚まし、数羽が飛んでいる。朝靄で遠くまで見通せない。静かだ。ぼーっとしながらコーヒーを入れ、広縁の椅子に座ってただ外を見ている。暑さに気付くとすっかり日が昇っていた。靄が雫となり葉からこぼれ落ちる。鳥も虫も声を上げ、木々もざわざわと騒ぎ出す。その隙間から強い日差しがギラギラと点滅する。
除草作業などと言ってしまった事を後悔するほど美しく品のある自然の香りであった。本当にすいませんでした。
ちなみに、この香りはパークハイアット京都のスイートルームのアメニティにも使われているそうだ。まさにイメージ通りではないか!
この、スーッと伸びていく緑の香り。夏はもちろん合うだろうが、寒い時期にも朝にこれを浴びるとすっきりと目が覚める。
今日は気持ちを強く持って、よし、頑張るぞ!という朝に似合う。そういう日は必ずこの子に手が伸び、纏って深呼吸すればシャキッと背筋が伸びてくる。
よし!と家を出てきたがだんだん不安が忍び寄ってきたとき。いざという場面になると緊張して頭が真っ白になってしまったとき。フッとユズキが香ってくる。「大丈夫。がんばって!」とそばにいてくれているようで本当に心強い。凛として、やさしいんだ。
どうしても自分ひとりでは勇気が出せないとき、不安が強くて誰かに隣に居てほしいというときは、FUEGUIAのMuskara Phero J.を足してあげると私には心地よかった。ムスカラユズキだ。”自分の匂い”で馴染むので優しくなる。
妙にテンションが高くて落ち着かず、ひとつのことに集中できないような時にもいい。「ちゃんとしなさい!」と手綱を引っ張ってもらってるようなかんじになる。「ハイッ!」と(笑)。
激しく落ち込み気持ちが塞がっているような時には難しくなる。散り散りになった”気”をシュッとまとめあげ引き締めてくれる香りなので、あくまで自分に”元気”とか”やる気”とか、”気”が残っているときに向いているのだ。”気”が足りないときには大人しく休もう。
ルームフレグランスのように使うときもある。ムエットに2プッシュほどつけて、それをクロゼットなどに吊るし、その側で着替えたりメイクするのがお気に入りだ。清々しい香りが上から降ってくる。まるで木々に囲まれて、天から差し込む光を浴びているような。とても心地よい。
最近は購入から日が経ったためか?(それとも私の鼻が鍛えられたのか?)ガルバナムより柚子の香りがよく感じられるようになり、とても柔らかくなってきた。甘みの少ないキリッとした香りである一方、「大丈夫よ」と言ってくれる包容力が増したように思う。
以前の記事「香水を組み合わせてみる」でも書いているが、私は香りを擬人化させるクセがある。
ユズキは風景のイメージが強いのでなかなか人の姿で現れる事はなかったが、頼もしく寄り添ってくれる機会を経て、だんだんとシルエットが浮かんでくるようになった。
量の少ない鎖骨ぐらいまでのストレートヘアの、凛とした女性だ。目力が強く眉や頬骨がはっきりしているが、肌は白く薄そうで、表面的にはキリッとして見え、内面は感受性が強そうな印象がある。化粧やアクセサリーは最低限、服装もシンプルで、皺の付きにくい素材のボートネックのシャツにジャケットとストレートパンツがいつものスタイル。
パンツの裾を少し折り曲げてくるぶしを出すとすっきりして見えると、同僚から教えてもらった。鎖骨や手首など、服から華奢で骨っぽい部分が見えるとスタイルよく映り、とても魅力的だ。
トイレには必ずハンカチを持っていく。濡れた手で髪を整えたりなんかしない。噛み締め癖で奥歯が痛み、口がヘの字になっていることに気付いて時々口をぱくぱく動かしている。一人エレベーターの中で肩甲骨を動かすストレッチなんかしている。実家にはあまり帰りたくないが連絡を断てずちょくちょく母親に付き合わされている。
友達はいない。表面的な付き合いなら何人かいる。本心をさらけ出すことができない。どの程度出せばいいのかバランスがわからない。
恋人はいる。でも心から安らげる相手とは言えないし、そろそろ潮時かもしれない。こんな人となら、と憧れる人はいる。既婚者だ。この気持ちを真に受けてはいけない。私はしっかりしなくてはいけない、そう自分を脅迫する。
彼女は一見とてもしっかりして見える。知識が豊富で話し方も論理的、それに決断力がある。おかげで周りから頼られる場面もたびたびあり、それは良い意味よりも悪い意味のほうが多い。
成長するにつれ「しっかりしないといけない」「間違ってはいけない」「大人なんだから」という強迫観念に襲われるようになり、いつも緊張した状態にある。夕方には頭も体も疲弊し、肩や首はガチガチに凝っている。それでもミスをして恥をかきたくないと確認は念入りに行い、人前で気を緩めることはない。
周りは彼女が疲れているなどとは思ってもいない。その緊張感によって、周りは彼女はを「しっかりした人だ」と思い込んでいるのである。
とはいえ常に不安に怯え周囲を警戒心しているわけではない。彼女は実際しっかりした性格の持ち主なのだ。物事を冷静に見極め、素早い選択で率先して進んでいくことができる。夢中になれば警戒心など忘れて集中して取り組める。
そういった事から自然とリーダーに選出されるのだが、一人で進むのが得意なため、あまり采配を振るのは得意ではなくワンマンになりがちではある。だから周りは、彼女に面倒事を押し付けておきながら文句を言い、ケチをつけている。都合がいいのだ。
繊細な感性と警戒心のおかげで、人よりも多くのことに気付く。彼女がどれだけ神経を尖らせ気を配りエネルギーを使い続けているか周りは知らない。自己満足と言っていいほどの意地で彼女は頑張り続ける。
それに人の内面の動きにもとても敏感だ。自分が経験していない事でもありありと感じ取ることが出来て、我が事のように共感するため、相手がなんと言ってほしいのかよくわかる。その共感力は一種のテレパシーのように相手にも影響し、彼女に相談をするだけで自然と癒やされ元気に戻っていく。
でも、相手がこの事実に気付くことはない。いかに彼女が素晴らしい思いやりを持っているか。無意識に下に見ている相手の事を深く考えたりはしないのだ。自分を犠牲にしてまで、人にエネルギーを分け与えていることを誰も知らない。
彼女自身だって、本当はそんな無駄なことはしたくなかった。だが感じ取ってしまうのだから仕方ない。”気にしない”という事が出来なかった。
辛い、不安だ、どうしたらいいかわからない、逃げたい。そういうとき人に縋りたくなる気持ちはよくわかる。彼女の方こそ、本当はそうしたかった。でもやらない。人に縋っても答えは出ないことを、よく知っているから。だから彼女は人に本音が言えなかった。
自分のことは自分で考え、理解し、受け入れなければ、その先の展開を考えることは出来ない。出来なければ何も改善しない。結局は自分自身がしっかりするしかない…。
彼女のストレス解消法は、一人で旅行に行くこと。
ラグジュアリーな空間や自然の中でただゆっくりと過ごす。
落ちてきた葉の色や厚み、しっとりした様がおいしそうに見える。
雨に濡れた飛び石に、花びらが張り付き、それは風が吹いた道筋そのままにくるくると螺旋を描いている。
受付の女性のアイメイクがとても丁寧で美しく、思わず返事のついでに素敵ですねと告げる。
窓に流れる雨粒の筋の行方を辿って、雨音の問いかけに頷く。
照明のぼんやりとした色と温かみが優しく涙が滲む。
晴れてきた。空気が澄んでやわらかく、じっと太陽の動きを感じる。
ただ、ぼーっとするだけでいい。考えなくていい。いつもの共感性が世界の中に溶け込んでいく。静かな間に混ざり合い、感じ取るだけ。
やっと彼女はすべてから解放される。
この美しい青い香りが、最初の印象を破って私にとってかけがえのない支えとなってくれた事が本当に嬉しい。私を笑わせるのではなく眠りに誘うのでもなく、背中を押してくれるのだ。怒鳴ったりはしない。無理強いもしない。自然と私自身が頑張ろうという気持ちになっていく。情熱を燃やすようなこともしない。ただ私が私のままに、行動すればよいと言ってくれる。
愛おしい香りである。
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