【BL】今宵、君を清める
好きな人と想いを通じ合わせたら、深いところで触れ合って交じり合って、より濃厚に互いを感じ合いたいと願うのは当然のことだ。
だから俺は、自室のソファに並んで座る眞言(まこと)の腰に腕を回し、俺よりも少し体格の勝る身体を引き寄せた。しかし眞言は身を強ばらせる。
いぶかってその赤い瞳を見るが、眞言は不自然に視線を逸らす。
一緒にいたい、と言った俺に、うなずいてくれた。しかし眞言はもしかして、俺の意図に気づいてくれていないのではないか。
「ねぇ、眞言――君を抱きたい」
眞言の震えが、腰に回した腕から伝わる。やはり俺の恋情が伝わっていなかったのか……落胆しかける俺に、眞言は探るような口調で言った。
「紅(べに)……俺は、初めてじゃない」
言葉で殴られたかのような衝撃。脳裏では即座に映像が展開される。
長い前髪の間から、潤んだ赤い瞳がこちらを見る。鍛えられた裸の胸ははち切れんばかりで、思わず女のように揉みたくなる。筋肉の発達した二本の脚は開かれ、隘路は濡れそぼっていつでも男を迎え入れられる。熟れた果実のような頬と、半開きの口から漏れる吐息。
しかしそれらは俺に向けられたものではない。
頭を振ってショックを振りほどき、俺は改めてほぼ同じ高さの顔に視線を注ぐ。相変わらず赤い目はこちらを見ない。
「そんなの――俺だって初めてじゃない」
「俺の言葉を聞いて、戸惑っただろう。それが答えだ」
頬を蒼白く硬くして、眞言は言を継ぐ。強い拒絶を感じる。
「それは、確かにびっくりしたけど……そんな、君の過去を責めたりはしないよ。――まさか、無理やり?」
だとしたら許せない。俺の好きな人にこんな顔をさせる男がいるなど。
俺の問いにも、眞言は静かに首を振る。長い前髪が揺れる。端然とした上品な顔立ちを乱したいと思うが、意に沿わないことはしたくない。
しかし。
眞言は俺の告白を受け容れてくれた。でなければ、こんな夜更けに俺の部屋になど来ないだろうし、腰を抱いたらもう少し違う反応をするだろう。そんなつもりはなかった、というわけではないはずだ。
本当に眞言は俺を拒みたいのだろうか。
「ねぇ、眞言」
できる限りの、いちばん優しい声を出す。手負いの獣を安心させることができるように。
「俺は君が好きだ。君のことをいちばん近くで感じたいし、俺のことをいちばん近くで感じて欲しい」
「やめろっ……」
声が揺れている。川の流れを妨げる大岩の表面に亀裂ができている感覚。俺は熱くなりすぎないように己を律する。ここで焦っては、すべてが水の泡だ。
「俺に抱かれたくないのなら、今すぐこの腕を振りほどいて離れればいい。俺の細腕に抵抗できない君じゃない。簡単にできるはずだ。違う?」
ほどよく尖った顎が震える。動揺を明らかにする眞言に、俺は手応えを感じる。拒まれているわけではない。
ひゅ、と眞言は浅く息を吸い込む。溺れている人の呼吸だ。
「だが、俺は――穢れている」
絞り出した言葉は、俺の胸をも締めつける。どんな気持ちで過去の体験を振り返り、俺に告げているのか、痛いほど伝わってくる。
だからこそ俺は笑顔を作る。眞言の後悔と自責を取り除けるような、穏やかな笑み。そっと頭に手を伸ばして、抱き込む。
「俺は何も聞かないよ。ただ、君に言いたい」
唇を引き結ぶ眞言だが、わずかに赤い瞳が動く。
「汚れてるなら、拭けばいい。拭いても取れない汚れなら洗えばいい。そうすれば、また綺麗になる」
「そういうことではっ……!」
「そういうことにしようよ。眞言、俺のことが嫌いなら拒んで。でも、そうでないなら――俺を受け容れて」
両腕に力を込める。果たして眞言は俺の肩に顔を埋めた。身体の力も抜け、俺に寄りかかって背中に腕を回してくれている。
「……紅」
「なぁに」
「俺はお前の思うような男ではない」
眞言はなお硬い言葉を吐く。しかし、黒髪をかき混ぜてやれば、くすぐったげに喉を鳴らす。
「それは俺が決めることだよ」
「お前を後悔させたくはない」
「まだそういうこと言う?」
まだ心の岩のかけらが残っているようだ。俺は幼い頃から山行を繰り返したというたくましい身体をぎゅっと抱きしめた。
「そんなことより、君の気持ちを聞きたい。俺、まだ君の気持ちを聞いてない」
眞言は鼻先で俺の鎖骨をぐりぐりと突いた。
「この状況で、そんなことを言う必要があるか?」
「人間、言葉を使わないとコミュニケーションが取れないんだよ。君の声で、君の言葉で、君の気持ちを知りたい」
「言葉のみのコミュニケーションでは、意志の伝達に限界がある。言わぬが花、ということもある」
もっともらしい言葉だが、そんな詭弁で俺を黙らせることができるなどと思わないで欲しい。俺は簡単に願いを諦める男ではない。
「言霊、ってあるでしょ? 俺は君を縛りたいんだ。――いや、縛るは違うな。洗濯ばさみで留めて、干したい。綺麗になった君を君自身に突きつけたい」
自信を込めて言えば、眞言は俺にしがみついたまま「ううぅ」とうめいた。
「この、減らず口め……」
「眞言」
「……俺を拭いて、洗ってくれ。すぐに綺麗になるかはわからんが……」
俺は更に力を込めて眞言を抱きしめる。眞言はとうとう顔を上げ、
「苦しい」
と俺の抱擁に文句をつける。しかし俺は隙を逃す男ではない。唇を合わせ、柔らかな口腔に舌を差し入れると、柔らかい粘膜は俺を全力で包んでくれる。しばらく舌を絡め合わせてから顔を上げると、眞言の無駄のない頬のラインをいく筋かの涙が滑っていた。泣き笑いの表情は、美しいというより可愛い。
「抱いても、いいね?」
念を押すと、こくりと首が震えた。
己を穢れていると言い切った眞言の感覚を、俺の指や舌で上書きすることができるだろうか。
いや――できる、と思わなければ眞言を幸せにできない。過酷で不幸な人生を送ってきたであろう人を守って、柔らかい心を取り戻させたい。
鼻先をくっつける。赤い瞳に俺の顔が映っている。その勇ましい、自信ありげな表情に、俺は安心する。
この手で、好きな人を幸せにしたい。そのための第一段階はクリアしている。そう信じて、俺は体重をかけて眞言を座面に押し倒した。
いただいたサポートをガチャに費やすことはしません。自分の血肉にするよう約束いたします。