お題『紅さんが浮気する夢を見た眞言さん』
なんとか1日1noteは保たれています。甘えた紅さんと不安な眞言さんの切ない両想いぶりを思うと幸せになります。もっと互いの愛情をうまく書きたいです。幸せになりたい。
『紅さんが浮気する夢を見た眞言さん』
俺より細く、しなやかな腕。普段は俺を抱きしめ、包み込む腕。
それが今、女の腰に回っている。女は白いワンピースに、ピンクのカーディガンを羽織っている。絵に描いたように清楚な粧(よそお)いの女だ。
清楚さ――俺に欠けているもの。
自らの意思ではなくとも、俺は長年蛇神に蹂躙され、体内の奥深くまで汚濁を吐き出されてきた。蛇体と体液により、わずかな刺激でも響くような快楽を得る身体に成り果ててしまった。
淫らな俺に愛想を尽かし、清らかな女に目移りする――それは充分ありえることで、正直覚悟しているところもある。
それでも、口も開けず紅と女を見る俺に、二人は首を巡らせた。振り返った女の目には影がかかり、三日月の形に歪んだ口だけが俺の目に映った。
紅は――。
普段は俺をまぶしそうに、愛おしげに、楽しそうに見る紅は、穢らわしいものを見る視線を俺に向けていた。
覚悟していることでも、いざ目の当たりにしたら心を保つことができない。
背筋から冷や汗が滝のように流れ落ち、肩はがたがたと間断なく震える。
べに、と呼ぼうとしたが、声が出ていたかどうかはわからない。俺に興味をなくした風の二人は前に向き直り、静かに俺の前から立ち去ろうとする。
べに、べに、べに――。
俺は立っていることもできずに崩折れる。拳で地面を叩いても、どうにもならない。
孤独だった俺に、紅は優しさと温もりをくれた。包み込んでいた紅の繭が失せ、また孤独に戻るだけのことだ。
しかし、一度でも安寧を覚えてしまった心身は、肌寒さと険しさに耐えられないようになってしまっていた。
べに、べに、べに、べに。
俺の拳と涙を受け止める大地は、しかし何も応えない。
ひとりぼっちになってしまった俺を温める術は何もない。
霧雨が降り出し、首筋に細かい粒がかかる。やがて上着がしんなりと濡れ、体温を奪い始める。
たったひとりの男に去られただけで、何もかもを喪ったような気持ちになっている。
この短期間で、紅は俺のすべてになっていたのだ。
白い天井が目に入った。まだ見慣れてはいないもの。
現状を理解するには時間がかかる。ぱちぱちとまばたきをして、俺はしばし茫然とする。
畜生を見るような、冷たく突き放した鳶色の瞳。
「……紅!」
飛び起きようとして、胴体に回った腕に邪魔される。
紅は俺をしっかりと抱きしめ、すよすよと気持ちよさそうな寝息を立てていた。そこには先ほどのような険しさもとげとげしさもない。
完全に覚醒し、俺はため息を吐いてマットレスに体重を預ける。汗が冷えて、アンダーシャツに張りつく。不快だ。
あのような夢を見るなど――とにかく酷い寝覚めだった。しかし、夢の輪郭はみるみるうちに溶け失せていく。えも言われぬ不快感――鳶色の冷たい視線を残して、夢は霧散した。
とにかく、背中が冷たい。着替えなければ、再入眠などできそうにない。脱衣場へ行くために起き上がろうとした俺を、紅は阻む。
「まこと……」
その淋しげな声音と、眉を寄せた表情。無性に可愛い。
「すまん、着替えたい」
「やだ……どこにもいかないで」
起き上がれない俺の肩口に頬を寄せてくる。そんな紅がこの上なく愛しいが、俺はそっと己を抱く腕を外す。
「すぐ戻る」
俺の言葉にもいやいやと首を振る紅だが、このまま寝ては紅に迷惑をかけかねない。俺がベッドから降りると、紅は淋しげに眉をひそめ、唇を尖らせている。
ベッドサイドでアンダーシャツを脱ぐ。背中に夜気が当たって寒い。やはり、脱衣場のタオルで身体を拭いた方がいい。
俺は己の身体を見下ろす。白蛇の這った跡が浮かび上がっているような気がする。こんな穢れた男が紅と共にあることは許されない――そんな想いも浮かぶ。
「まこと」
俺を呼ぶ、普段とは違ういとけない声。今にも抱きつきたくなるのをこらえ、俺は寝室を出た。
ジレンマか襲う。ただ俺は愛しい人のそばにいたいだけなのに。
瞼の裏に、清楚な白が浮かぶ。冷たく鋭い鳶色の瞳も。
頬を涙が滑る。こらえきれず、脱衣場で座り込んでしまう。口に手を当て嗚咽をこらえ、俺は己の孤独を受け容れようと努める。
しかし俺は知っている。
ここで独りで生きることを誓っても、寝室へ戻って紅のそばに横たわれば、この決意は脆くも崩れる。自分の弱さがもはや呪わしい。
「――愛している」
そう、ただそれだけのことだ。
それだけのことを貫き通せない。俺は己の肩を抱き、紅の掌の温もりを思い出していた。
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