お題『紅さんの子を妊娠した眞言さん』
約1時間で書き上げました。結果的にワンドロになりました。
己の淫らな身体ゆえに紅さんの愛情を怖がってる眞言さんですが、紅さんはいい男なので眞言さんの過去も逡巡も躊躇も不安もすべて受け止めることのできるスパダリなのです。蛇神憑きには奇跡のような相手。早くなれそめを形にしたいです。愛し合う二人の時計は止まるのよ。
お題『紅さんの子を妊娠した眞言さん』
固唾を呑んで、検査薬に尿が染み込んでいくのを見守る。一つ目の窓は、検査が正しく行われていることを示すものだ。次の窓が本命――二つ目の窓に、赤い縦線が描かれた。
はぁ、と安堵のため息が出る。ここのところ体調が思わしくなかった。微熱、風邪のような症状、軽い吐き気。
身に覚えはあった。しかし、しばらく俺は勇気を出せなかった。もし紅から拒まれたら。産まないように命じられたら。
しかし時は無情に過ぎる。どの選択肢を取るにせよ、タイムリミットがある。とうとう俺は検査薬を買った。
結果は陽性。
涙がこぼれる。この蛇神の体液に浸り穢れきった粘膜に、紅の細胞が根づいている。まだ胎動を感じることはできない。しかし、ほどなく紅と俺のDNAが二重螺旋で絡み合った生命が、活動を始める。そのことを想うと、涙がこぼれる。
しかし――そう思っているのが俺だけだとしたら?
紅に俺の人生を受け止める準備ができていないとしたら?
俺は長年蛇神にこの身を捧げてきた。蛇神の体液を上と下からたっぷり飲まされ、常人にはありえない体質へと変わってしまった。性交の際に秘部が濡れ、粘液がこぼれる。巳の日が近づけば、雄を求めてはしたなく乱れる。
こんな男を、本気で愛する者などいるのか――。
べに、と小さく呼ぶ。下腹を両手で包み、その発芽したばかりの種に熱が届くようにと念じる。
拒まれても、命を奪う選択肢は取りたくない。はらわたから紅をはがし取るなんて、想像もしたくない。
「紅……」
「どうしたの、眞言」
耳許でささやかれ、俺は飛び上がった。
目を覚ませば紅の寝室で、俺の上体は紅の腕に抱かれていた。
夢か――。
自覚をすれば、ひどく恥ずかしい。いかに体質の変わった俺でも、内臓までいじられたわけではない。妊娠するための器官など、もちろん備わってはいない。
そんなに俺は紅の子を孕みたいのか……。
ため息をつくと、紅は俺の顔を覗き込んできた。薄闇の寝室で、鳶色の瞳は落ち着いている。
「悪い夢でも見た?」
「……紅」
「何」
問いに答えない俺にも、紅は機嫌を損ねることなく向き合ってくれる。こんな男が、どうして俺などに恋したと言うのか。
俺は腹に力を入れる。
「紅、お前……俺が妊娠したら、どうする?」
「夢の話?」
うなずく俺に、紅は顎に手を遣って黙考する。
「い、いや、莫迦なことを聞いた」
「嬉しいよ」
それが己の問への答えだと、数瞬の間気づかなかった。
「君の子が俺のお腹の中にいるかと思うと、いても立ってもいられない。奇跡だよね。俺と君の遺伝子が交じり合って、この世で唯一の人が生まれるなんて」
紅は目を輝かせる。俺の夢の内容を把握し、俺と妄想を共有してくれている。絶対に叶わない夢を語ってくれる紅が愛しいが、同時に申し訳なくなる。
「すまん」
「ん?」
「俺が、男で。お前に命をやれない」
またきょとんとした紅だが、俺の発言の意図を掴むと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「そんなこと、知ってるよ」
「な」
「今のは、君が女の子だったらっていう仮定。実際の君は男で、俺は孕ませられない」
「なら 」
紅は母親譲りの彫りの深い目を細めた。
「俺はね、眞言。君が男でも女でも好きになってた。女の子の君と、男の子の君では、できることが違う。だから今の君は、子供の心配をする必要はないんた。君は男の子なんだから」
諭す口調。男でも女でもない、俺という人間を全身で慈しんでくれる人。それが俺の恋人だ。
夢から醒めても、紅の子を身ごもりたい気持ちはある。しかし紅は、あるがままの俺を受け容れてくれている。
目が潤む。こぼれ落ちそうな涙を、紅は舌先ですくってくれた。
「眞言……余計なことは考えないで。俺を信じて」
紅らしからぬ切実な口調に、俺は涙をこぼしたままその唇に己のものを重ねる。
己の願望が透ける夢を見た。俺の穢い情欲を紅はたやすく受け止め、浄化して何倍もにふくれさせて返してくれた。
腕を伸ばすと、紅は己の懐深くまで俺の身体を引き寄せてくれる。固く抱き合い、体温を感じる。
その俺より薄い胸にすがって、小さく嗚咽する。紅は無言で俺の頭を抱きしめて、赤みのある黒髪を梳く。
再び眠くなってきた。夢の続きは見たくない、と思いながら、俺は意識が混濁するに任せた。
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