源氏物語ー融和抄ー住吉の神の導き
宮城県塩釜の鹽竈神社には、塩土老翁という海の神様が祀られています。日本の神話に海幸彦山幸彦の話がありますが、山幸彦が海幸彦から借りた釣り針を海に落として失くしてしまい困っていると、竜宮の王に相談してみなさいと、竜宮城まで案内をした神様です。一般的に航海の安全を守るなどのご神徳があります。
光源氏が下向した須磨・明石の風情を読むと、塩を焼く描写があります。海辺はどこも同じようだったのか、それともこの二つの地がたまたま製塩の盛んな地だったのか。実際訪れてみると、その風景は全く違います。
須磨での暮らしが始まってまもないある日、陰陽師を雇ってお祓いをすることになります。しかしその儀式が終わらないうちに風が吹き出し空が暗くなり、ついにはひどい嵐になってしまいます。夜もふけて、共の者も寝静まった頃、光源氏もウトウトしていると、人でないものが「王様が召しているのに、何故そちらへいかないのか」と光源氏の周りをウロつく夢を見ます。竜王が美しい人間に魅入って欲しがって、自分を連れ去りに来たのかと思い、須磨に留まることが不安になるのでした。
数日経っても嵐がおさまらない為、光源氏は住吉の神や竜王や諸々の海の神々に祈りました。すると間もなく、今度は亡くなった父桐壺院が夢に現れ、「何故こんなにひどいところにいるのか、早く住吉の神の導きによりここを去れ」と言います。生前犯した罪があり遅くなってしまったが、光源氏がこのような目に遭い心配で、なかなか直ぐには来れなかったがようやく来れた、この後は京へ向かうと続けました。院は言った通りに京の帝の所へ現れ、光源氏についての話をし、これを聞いた帝は自分達の業になってしまうのではと悩みはじめます。後々この事が、光源氏が京へ戻り復帰するきっかけとなっています。
一方、須磨より西の明石には仏道に生きる明石の入道という者がおり、元は父に大臣を持つ貴族でした。京を離れて住む事を自分は良しとしながらも、娘の処遇には心を痛め、年に二回の住吉詣でを欠かさず、良い縁談があるようにと住吉の神に祈願し続けてきました。一八年もの間です。
須磨に光源氏が来たことを知ると、何とかして会いたいと考えていました。
おりしも、光源氏が陰陽師の祈祷を受けた日の夜、明石の入道も異形のものからの夢のお告げを受けていました。舟を用意しておいて、嵐がおさまったら海へ出るようにと。言われるままに海へ出すと、細い風が舟を押すように吹いて、光源氏がいる辺りへ着きます。
その後、光源氏は明石の入道の助けを借りて明石へ移り、入道の祈願や夢のお告げの話を聞くと、あらぬ罪をきせられこのような惨めな有様になったことにも、やはり因縁があったのだと理解したのでした。
光源氏と明石の君との出会い、そしてその後の運命には、住吉の神をはじめ、諸々の海の神々の采配があったという話になっています。このように物語の中に神の恩寵や夢のお告げなどを、包み隠さず描ける背景には、当時の人々の信仰心の強さがあったと考えられます。
住吉三神と神功皇后を主祭神とする住吉大社は、縁結び、航海安全、交通安全にご神徳の厚い神社です。また、和歌の神様としても古くから知られ、紫式部はもちろん、多くの歌人が心を寄せてきたことでしょう。