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2023.7.23 大森靖子『KILL MY DREAM TOUR』(栃木)那須 弦楽亭

少し日が経ってしまったけれど、記録として書き残したいと思う。

私にとってライブというものは、つまらない日常や辛い日々をなんとか乗り越えるための理由である。だから、ライブ前の生活の様子や調子の善し悪しで、ライブの感想や心に響く曲が変わる。

今回の栃木公演の前の私はどうだったかというと、非常に精神状態が悪かった。というのも、一緒に行く予定だった友達が突然行けなくなってしまったのである。

今回の会場は、ファンの間でも「どうやって行くんだ…?」とざわめきが起きる程、アクセスが悪い場所にある。愛知県に住んでいる私にとっては、栃木まで行く交通手段やホテル、会場までのアクセスや時間管理など、考えておかなければならないことが非常に多かった。私の脳の特性上、「複数のことを同時に考え、余裕を持って予約し、予定を決める」ということはとても苦手である。その癖して、「先の予定が宙ぶらりんで、なかなか確定しない」という不安定な状況も苦手である。

おまけに私は一般的な社会人の半分くらいしかお給料をもらっていないので、ホテル代や交通費にいくらかかるかどうかの見通しが立たない状況がとても不安だった。10万もない全財産で遠征しなければならないのだから。

数ヶ月続いていた躁状態がぷつんと切れ、鬱に傾いたところだったのもタイミングが悪かったのだと思う。それだけ不安で不安でたまらなかったところに、友達からの「ごめん、行けない」の連絡が来てしまい、一気に私は不安定になった。その友達になんて返事を送ればいいのか悩み、たった1人で山奥に位置する弦楽亭まで行くことへの不安がどっと降ってきて、部屋を1人でウロウロしながら夜中にいろんな友人に電話をかけるなど、異常な行動をしてしまった。(誰も電話に出なかったことでさらに絶望しながら眠った)

どうしてもその苦しい感情を誰かに話したくて、母親に「友達が一緒に行けなくなってしまったこと」、「とてもじゃないけれど1人で行くには不安な場所にあるということ」「ちょうど鬱に差し掛かってしまって、自分がどうなってしまうか分からないこと」を話しながら大号泣した。

すると、取り乱して泣き喚く私を見て、母がカレンダーを指さした。「あたし、ホントに偶然だけど、その日仕事休みなんだよね」と。「なんだかこれは、神様が『助けてあげて』って言っているような気がする」と。

そうしてなんとか栃木に行けることが決まった。母に交通手段や時間管理を考えることを手伝ってもらって、夜行バスでなんとか出発。不安定になると息ができなくなる夜が多いのだが、問題なく夜行バスに乗ることができた。

ここまでで既に1000字書いているが、今回の栃木公演の感想を語るには、この前段階が私にとっては非常に大切なのである。なぜなら、私にとってライブというものは、つまらない日常や辛い日々をなんとか乗り越えるための延命治療だからである。

レンタカーに乗って山道を進み、1時間ほど早く会場の弦楽亭に到着。早く着きすぎてしまったので、駐車場のおじさんに「どこか見に行く場所はありますか?」と聞いたが、「特に無いけどねぇ」との回答だった。そこで、会場の周囲の林を少し歩いてみることに。別に何があるって訳ではないが、何も無い場所に来ることは珍しいことである。愛知県の夏は苦しい。35度を超える温度に、コンクリートが陽の光を照り返す中、様々な予定をこなさなければならない。不器用で不安定な私は、何ヶ月も先までの予定をぎゅうぎゅう詰めに詰め込み、毎週のように違う人に会い、人の感情に酔わされて疲弊する。今回の、友達が一緒に行けなくなって掻き乱されてしまったこともそう。自分で首を絞めるように立てた予定を、完璧にこなさなければと思い、焦り、予想外の変更に狂わされ、乱れる。ものがあって、人がいる場所は情報が多すぎる。

林を歩いている間、ひぐらしが鳴いていることに気付いた。愛知県でも蝉は鳴くけれど、この鳴き方じゃない。「山の中に来たんだな」と実感した。

那須 弦楽亭

開場時間になり、入場し、空いている席に座った。会場は思っていたより小さく、ステージは無い。中心を囲むように椅子が並んでいた。

開演時間になり、主役が登場するのを今か今かと待ちわびる、どこかそわそわとした空気が流れる。カメラマンさんやマネージャーさんがひょっこりと顔を出し、オタクたちが笑う。もうこの場所は、アットホームな空間になりつつある。

そしてようやく靖子ちゃんが登場。みんなの中心に立つ。『ミッドナイト清純異性交友』が始まる。私はこの曲が好きだが、聞いていると少し苦しくなる。

アンダーグラウンドから
君の指まで遠くはないのさ

『ミッドナイト清純異性交友』

ここでは詳しくは書かないが、私はこの数年間、大森靖子という存在に届きたくて、必死にもがいて生きてきた。私のやること成すこと全てが上手くいかず、どんなに足掻いても、憧れの大森靖子には届かない。そんな私にとって、「アンダーグラウンドから君の指まで遠くはないのさ」という歌詞は、あるかもしれない未来に勇気を与えもし、届かない現実に絶望もさせる。いつも少し切ない気持ちでステージを見上げ、この曲を聞く。

だけどこの日は少し違った。いつもは"見上げている"ステージが、この会場には無いのである。靖子ちゃんが同じ高さに立っていて、まっすぐ前を見た目線の先にいる。椅子から立ち上がって手を伸ばせば届く距離にいたのだった。本当に、遠くはなかった。

そこから『絶対彼女』『マジックミラー』と、ライブの定番曲が続く。代表曲を最初から放出し、会場は一気に大森靖子ワールドに引き込まれる。

そんな中始まったのが『family name』。
大きすぎる感情ではあるが、私はこの曲を「私のこと歌っている」と思っている。「この歌あたしのこと歌っている」という歌詞を含んだ『マジックミラー』の後にこの曲が来ることは、もはや私にとってはメッセージである。思い入れのある曲が続き、既に私の頬は涙で濡れていた。

しかしその後に続いた『デートはやめよう』では、靖子ちゃんによる"オタクいじり"もあり、笑顔が溢れた。ギターを抱えたまま客席に近寄り、歌の続きをお客さんに歌ってもらう。「デートはやめよう」を「デートをしよう」と歌ったのが印象的だった。

そこから『えちえちDELITE』『秘めごと』と"女の子の秘密"を歌い、『×○×○×○ン』で会場を盛り上げた。後から聞いたことだが、私の母は「俺に任せろ!」の掛け声が野太くてびっくりしたそうだ。

栃木の山奥で『新宿』も歌ってくれた。この曲は個人的に、軽音楽部のライブで歌わせてもらったことがあるので思い入れがある。

そして『超天獄』で、那須高原を天国にしてくれた。いつもよりも標高が高い場所にいる私たちは、いつもよりも天国に近かったのかもしれない。

そこからはギターを起き、ピアノの前に座った。私は靖子ちゃんがピアノを引くのを見るのが好きだ。私にはギターの経験は無いが、鍵盤楽器の経験があるので、超歌手はどうやってピアノを自分のものにするのかにとても興味を惹かれる。

最初に弾いた曲が『乙女の祈り』という曲だったということは、セトリが出てから知った。ここからのセトリはこの夏の祈りだったのかもしれないな、と今になって思う。

『いもうと』『①④歳』『M』『死神』と、グループへの提供曲と自身の曲を混ぜながら続けた。アイドルのプロデュースを始めてからの靖子ちゃんのライブでは、音源では靖子ちゃんが歌っていない部分を靖子ちゃんの表現力で聞けるという新しい魅力があると思っている。

『怪獣GIGA』がとても良かった。私はピアノで演奏される『怪獣GIGA』を聞いたことが無かったので、サビのシャウトっぽいところをピアノと合わせるイメージが付かなかったのだが、それをやってのけるのが大森靖子なのである。なんだかこの曲がすごく長く感じた。実際、アレンジで長く弾いていたのかもしれない。

代わりにボロボロになるから見ていて

『怪獣GIGA』

『family name』同様、私はこの曲のことも「この歌あたしのこと歌っている」と捉えている。以前noteにも書いたことがあるのだが、私はついつい、他人の悩みを自分に重ね、必要以上に落ち込んで、本人以上にボロボロになってしまう性質がある。栃木公演に一緒に行くつもりだった友達の件もそうで、訳あって突然遊びに行けなくなってしまった友達のことを考えすぎて、勝手にぐちゃぐちゃになって泣き喚いた。そんな私にとって、『怪獣GIGA』を聞くことは少し苦しい。私もあの歌詞を歌える女の子になりたかったな、と思ってしまう。苦しいから、実は普段はあまり聞かないようにしている。それなのに、ライブでこの曲が来ると決まって泣いてしまう。だってそれ程までに、「この歌あたしのこと歌っている」だから。

この『怪獣GIGA』が終わったあたりから、ひぐらしの鳴き声がとても強くなったように感じた。時間としては17時くらいだったのかもしれない。"日暮し"の名の通り、今日1日に悔いが無いように、短い人生に悔いが無いように叫んでいるように感じた。

そんなひぐらしの泣き声の中始まったのが『夏果て』。私はこの曲がとても好きだ。歌詞の内容には心当たりは無いし、「この歌あたしのこと歌っている」には全く当てはまらないはずなのに好きなのだ。好きすぎて、家で1人ぼっちで弾き語りをしたこともある。少女が夏に殺されたことを嘆くように、曲の終わりに再びひぐらしの鳴き声が響き渡った。

このひぐらしの声を聞いた時、「栃木まで来てよかった」と思えた。

ずっとずっと苦しかった。noteでも度々書いてきたのだが、この数年の私はとても不安定である。突然なんでも叶うような気分になったり、何も叶わなくて起き上がれないほど落ち込んだり。一緒に行く予定だった友達が行けなくなったことでさらに心が掻き乱され、泣き喚いてパニックになって、ようやくここまで辿り着いた。

正直、「行くのを辞めようか」とも思っていたのだ。あまりにも精神的に不安定だったし、み無理に外出して調子が悪くなったら…」と思うと心配だった。

だけど、「そんな思いまでしてここまで来てよかった」と、ひぐらしの鳴き声でそう思えた。那須高原まで来なければ、ひぐらしの鳴き声など聞くことはできなかったのだから。大森靖子の歌声とひぐらしの鳴き声を同時に聞けるチャンスなんて、ここに来なければありえないのだから。

そんな『夏果て』の後、『tiffany tiffany』が続いた。この曲もまた私にとって、「この歌あたしのこと歌っている」な曲なのだ。この公演はあまりにも、私の感情に寄り添いすぎている。

そして『オリオン座』の合唱へ。これは前回のツアーの名古屋公演の感想としても書いているのだが、私はこの合唱ができることがとても嬉しい。コロナのせいで私の人生は狂った。そんなつらかった数年間が、ようやく終わろうとしているような気がするのだ。涙がぽろぽろ零れて、まともに歌えなかった。

アンコールではお馴染みの『お茶碗』。
そして『CUTTING EDGE』、今夏の新曲『SAMMER SHOOTER』で締めた。

なんだか、全体を通してお客さんとの距離感が近く、アットホームな雰囲気だったように感じる。それはきっと、いつもよりも小さめの会場で、靖子ちゃんを取り囲むように座り、同じ空間を共有したからだと思う。ギターを持ったまま歩いてきて、1人1人の目を見てくれる靖子ちゃんが大好きだ。これほどまでにお客さんの目を見てくれる歌手を、私は他に知らない。

私にとって、愛知県からわざわざ栃木県まで行ったことの日の思い出は、事前の苦しかったことも含めて忘れられないものとなるのだと思う。

あの山で鳴いているひぐらしたちは、夏に殺されずに必死に痛々しく叫んでいる。


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鈴蘭さき
自分の書いた言葉を本にするのがずっと夢です。