膝枕外伝 私は代理母~可愛くて大切なあなたへ~
まえがき
鈴蘭と申します。毎日Clubhouseの膝枕リレーとものがたり交差点で朗読をしています。
膝枕リレーとは、脚本家今井雅子先生がClubhouseで無償提供してくださってる短編小説『究極の愛のカタチー膝枕』(通称正調膝枕)を二次創作と朗読で繋いでいくもので2021年5月31日から1日も途切れることなく今日まで続いています。
膝枕リレーの正調膝枕他派生作品のリンクはこちら。
正調膝枕のリンクはこちら。
この膝枕外伝で登場する箱入り娘膝枕ヒサコさんは、河崎卓也さんの膝枕外伝『膝枕外伝 短編小説 ヒサコ』をモデルに書かせていただきました。
河崎卓也さんの『膝枕外伝 短編小説 ヒサコ』のリンクはこちら。
本日2025年1月2日で、膝枕リレーは1313(ひざひざ)日になりました!
今井雅子先生、おめでとうございます!!
こちらの外伝は拙作『母は膝枕~膝枕育てられた少年~』に登場する箱入り娘膝枕のヒサコさんの物語になります。
そして、膝枕リレー1313日記念の膝枕外伝として書かせていただきました。
ーキャラクター紹介ー
ヒサコ
AI機能搭載箱入り娘膝枕。音声機能はないが相手の脳に直接語りかけることが出来る。
弥生と聡に頼まれ、弥生の死後、聡と伊織を育てる。
弥生
生まれつき体が弱い。穏やかで優しいが芯は強い。聡の幼なじみで妻。伊織の母。
自分の死後、聡と伊織を育てて欲しいとヒサコに頼む。
聡
雨の日、捨てられてたヒサコを見つけ家に連れて帰る。弥生の幼なじみで夫。伊織の父。
弥生の死後、ヒサコと伊織を育てる。
伊織
聡と弥生の子ども。だが、弥生は伊織を出産した後亡くなってしまったので、本当の母は知らない。人見知り。
まえがきが長くなり失礼しました。
それでは、本編スタート。
鈴蘭作 膝枕外伝 私は代理母~可愛くて大切なあなたへ~
「……申し訳ない、これ以上君とは一緒にはいられない」
一瞬理解出来なかった。
でも、予測はしていた。いつかは彼が離れる日が来るかもしれないと。
箱入り娘膝枕のデータベースには、色んな膝枕ユーザーの情報が書き込まれている。これらは膝枕ユーザーから見ることは出来ない。業務日誌みたいなもので、購入された箱入り娘膝枕は膝枕カンパニーへユーザーとのやりとりを毎日送信する義務があるのだ。
購入されてから末長く大切にされた箱入り娘膝枕からのデータが大半だが、時々、箱入り娘膝枕以外の女性に気持ちを移し、膝枕と一体化してしまったユーザーの情報もあり、私は毎日自分のデータを送信した後、書き込まれたそれらを全て読み込んでいた。
迎え入れた当初は100%箱入り娘膝枕に惚れ込んでいて、優しい言葉をかけ、常に気遣い彼女として扱ってくれていた。外出しても帰宅は速く真っ先に頭を預け、その日あった出来事を身振り手振り付きで話してくれる。膝枕からのリアクションにはとても敏感で少しでも反応あるとすごく喜ぶ。
だが、数ヵ月経つと自己肯定感が爆上がりした膝枕ユーザーの気持ちは徐々に箱入り娘から離れ、別の女性と親しくなり最終的に箱入り娘膝枕を処分しようとする。
それを阻止しようと箱入り娘は膝枕ユーザーが眠ってる間に一体化するのだが、目覚めた時、彼の気持ちが箱入り娘膝枕の元に戻るかどうかは膝枕ユーザーによる。
病院で切り離し手術を受け、箱入り娘への気持ちを思い出し、相思相愛になるパターンももちろんあるが、大方は手術後処分される運命にある。
この事を膝枕カンパニーはもちろん知っているが改善されてはいないようだ。改善されない理由は新商品が売れなくなるから。
実状を把握してるのに、何もしないなんて怠慢もいいところだ。
これではなんのためにデータを送ってるのか…膝枕カンパニーという会社、本当によく判らない。
それはさておき、そのパターンに当てはめてみると、私を購入してくれた膝枕ユーザーは、最初はお姫様抱っこで私を部屋に運び込み、ヒサコと名前までつけてくれた。だがその後の彼は遠からず私を処分するであろう行動をとっていった。
そして、予測通りの台詞。
その後はものすごいスピードで梱包された。ただ、彼としてもやはり捨てるのは気が引けるのか、段ボールの中に数枚のバスタオルを敷いた後、私を入れ梱包材も沢山入れ、ガムテープをして運び出した。カートに載せられてるらしく暫く振動が続く。
どれくらいの時間が経ったのか…。
気がつくと、いつの間にか振動はなくなり置いていかれたことが判った。
パタ…パタ…。
雨の音だろうか。もうすぐ段ボールに雨水が染み込み私も濡れてしまうだろう…。
だけど、いつまで経っても雨水を感じることはなかった。段ボールの中にバスタオルや梱包材を入れてたくらいだから、もしかしたら雨に濡れないように何かしてくれたのだろうか。
その時ー
近くで車が停まったような音が聞こえた。続いてドアが開いて誰かが近づいてきた。
男性「これって膝枕!?今流行ってるって聞いてたけど…君は捨てられたのか」
この声は男性ね。わざわざ車から出てきてくれるなんて…。
男性「ビニールカバーのかかった段ボール…雨に濡れないように?」
バスタオルや梱包材だけじゃなくビニールカバーまでかけてくれてたの?何故?
男性「でも風が吹いたら飛ばされそうだな…。よし、連れて帰るか」
こうして私は車に載せられ運ばれていった。
男性「弥生さん、ただいま~!!」
男性の声の後、暫くして…。
弥生「聡さん、おかえりなさい…それは何?」
女性の声が聞こえた。ここは男性の家で女性は家族なのかしら。
聡「今流行りの膝枕だよ!帰る途中で見つけたんだ。捨てられたみたいでさ、雨が降ってたからかビニールカバーがかかってたんだけどなんだか可哀想で連れてきちゃったよ」
段ボールにビニールカバーも?
彼には捨てられたけど最後の思いやりってところかしら。
ガムテープが剥がされ女性が覗き込んできた。
弥生「これが膝枕なのね。膝枕さん、初めまして。弥生です」
挨拶しなくては。私には音声機能はないけれど、テレパシーのように相手の頭の中に直接自分の声を届けることが出来る。私は両膝を合わせた。
ヒサコ「初めまして。私はヒサコです」
2人は顔を見合せたが、すぐ聡さんが嬉しそうに話しかけてきた。
聡「君の名前はヒサコかあ。僕の名前は聡だよ、よろしくね」
ヒサコ「拾って下さりありがとうございました。聡さん、弥生さんよろしくお願いします」
優しい聡さんと弥生さんのおかげで私は新しい家族として迎え入れられたのだった。
聡さん、弥生さんとの3人暮らしはとても楽しかった。
弥生さんと聡さんは幼なじみで、小さい時から結婚を約束していたそうだ。お互いの両親とももちろん仲が良かった。そんな弥生さんは小学生や中学生の頃、周りからしょっちゅうからかわれていたらしい。その度、聡さんは聞いてる人が呆れるくらい弥生さんの良いところを並べ立て、最後には必ず「だから僕は弥生が好きなんだ。僕が生涯をかけて守るべき大事な女性だからね。…彼女を困らせるなら僕が代わりに相手するよ」
聡さんは体の弱い弥生さんを守るため、空手や合気道の教室に通っていたらしい。そしてその強さは教室の先生のお墨付き。弥生さんがからかわれると毎度その調子で、いつの間にか彼女をからかう人はいなくなったそうだ。
冗談やダジャレが大好きでいつも私達を笑わせてる聡さんからはちょっと想像できない。
ヒサコ「そうだったのね。聡さん、本当に素敵。でも、今の聡さんからは想像出来ないけど(笑)」
弥生「そうよね、わかるわかる(笑)」
その時、リビングのドアが開いて聡さんが入ってきた。
聡「2人でなんの話?」
弥生「聡さん、おかえりなさい」
ヒサコ「聡さん、おかえりなさいませ」
聡「ただいま。ね~、なんの話してたの?教えてよ~」
弥生「他愛のない話。ね、ヒサコさん」
私に向かってウインクする弥生さん。もう、弥生さんってば(笑)
ヒサコ「はい、女子トークですから。聡さんには内緒です」
聡「え~何それ~、僕にも教えてよぉ」
拗ねたフリする聡さん、可愛い。この2人、本当にお似合いだわ。
聡「弥生さん、最近ず~~っとヒサコさんとイチャイチャしてるよね。僕寂しい~」
弥生さん「ふふっ、それはヤキモチ?」
聡「そーだよっ!!」
この2人のやり取り、可愛くて見てて全然飽きない。
聡「ねぇねぇ、ヒサコさん。僕も仲間に入れてよお」
ヒサコ「お断り致します。女の子の秘密のお話ですから」
弥生「ね、ヒサコさん」
ヒサコ「はい」
聡「いけず~!プンスコ💢」
本当にこの聡さんと話してるとさっきの弥生さんのお話の聡さんが想像出来ない(笑)
楽しい日々はあっという間だ。
私がこの家に来て1年くらい経った頃、弥生さんの妊娠が判った。
弥生「ヒサコさん、聞いて聞いて」
ヒサコ「弥生さん、何かいいことでもあった?」
弥生「え?まだ何も言ってないのにどうして判ったの?」
ヒサコ「弥生さんの声、すごく嬉しそう。それに弥生さんが聞いて聞いてって言う時は、いつもいいニュースだから」
弥生「そうなの?自分では判らないんだけど。流石(さすが)ヒサコさんね」
ヒサコ「それでどんないいお話?」
弥生「あのね…私、赤ちゃんが出来たみたいなの」
ヒサコ「それはそれは…おめでとう。それで今日おでかけしてたのは産婦人科だったのね」
弥生「うん、そうなの。ありがとう、ヒサコさん」
ヒサコ「聡さんにも早く伝えたいね」
弥生「聡さんにはもう伝えたわ。子どもの名前は伊織にしようって名前も決めたの」
急に弥生さんの表情が曇った。
どうして?赤ちゃんを授かることは嬉しいことではないのだろうか。
ヒサコ「弥生さん?」
私が声をかけると、弥生さんの目が涙でいっぱいになっていく。
弥生「…ヒサコさんも知ってると思うけど私、生まれつき体が弱いの」
ヒサコ「うん、それは知ってる」
弥生「お医者様に言われたわ。あなたの体は出産には耐えられない、赤ちゃんの命と引き換えになるでしょうって…」
ヒサコ「そんな…」
黙り込んだ弥生さんに、私はどんな言葉をかけたらいいのか判らなかった。AI機能搭載の膝枕なのに肝心の時に何も言えないなんて…。
弥生「お医者様には、ああ言われたけどやっぱり私はどうしても聡さんとの赤ちゃんが欲しいの…生まれた赤ちゃんを抱くことが出来なくても…この命と引き換えになるとしても…」
静かに話し続ける弥生さんに、何も言えず聞くことしか出来ない。そんな私を見つめ弥生さんは言った。
弥生「ヒサコさんお願いがあるの。…私がもし死んでしまったらこの子を聡さんと一緒に育てて欲しいの」
ヒサコ「それは無理よ!私は膝枕ロボット、子どもを育てるなんて出来ないわ!!」
反射的に叫んでしまった私に、弥生さんは優しく微笑みかける。
弥生「いいえ、あなたは家事をずっと手伝ってくれたでしょう?それに人工知能搭載の膝枕さんなんだから、伊織に色んなことを教えることも出来るはずよ」
ヒサコ「でも…でも…」
弥生「聡さんはあなたじゃないとダメなの。だからヒサコさん、お願い…」
弥生さんが亡くなった後、私が聡さんと伊織くんを育てる?そんなの考えるのも嫌!
…でも、弥生さんの気持ちを考えたら引き受ける方がいいの?私はどうすればいい?
考えても答えは出てこない…
その日の夜。
弥生さんが寝た後、リビングにいた私のところに聡さんが来た。
聡「ヒサコさん、ちょっといいかな?」
ヒサコ「はい」
聡「弥生から話、聞いた?」
ヒサコ「はい、伊織くんのことですね」
聡「うん。引き受けてくれないだろうか」
ヒサコ「…」
聡「無茶なことをお願いしてるのは百も承知だ。でも弥生が亡くなってから伊織を一緒に育てるのはヒサコさんしかいないと思っている」
ヒサコ「そんな…私なんて」
そう呟いた私の膝に聡さんは頭を預けてきた。
びっくりしてる私の膝をゆっくり撫でていく。
聡「弥生と君は仲がいい。そして君たち2人はとてもよく似てるんだ」
私と弥生さんが似てる?本当だろうか?
すぐには信じられない。
聡「君たち2人が話してるところ、何度も見かけてるんだけど、色々共通しているなと思ってね、今、僕が頭を乗せてる君の膝も弥生にそっくりなんだよ。君に会う前はよくお互いに膝枕してたから、彼女も僕も相手の膝の感触はよく知ってる。頭を乗せた時の沈み心地とか…本当に弥生の膝のようだ」
聡さんはうつ伏せになり、私の腰をそっと抱き締めた。
聡「ヒサコさん、お願いだ。僕と一緒に伊織を育ててくれないか」
大好きな2人にここまで言われてしまったら引き受けるしかないわね。
ヒサコ「…判りました」
聡「ヒサコさん!ありがとう!!」
聡さんはまた私の腰を抱き締めた。今度は少し強めに。…明日から大変そうだけど頑張ろう。
この時の弥生さんは妊娠3ヶ月。体が弱い上につわりもひどく、ろくに食べられない日が続いた。どんどん痩せていく弥生さんのために私は口当たりのいいゼリーやプリンを作った。最初は勝手が判らず、材料を床にぶちまけたり計量を間違えたり試行錯誤する毎日だったが、1ヶ月後にやっと作れるようになった。弥生さんは少しずつだが食べてくれるようになった。掃除や洗濯は聡さんが手伝ってくれた。
5ヶ月を過ぎた頃、漸く(ようやく)安定期に入り弥生さんの食べる量も増えてきた。
初めての胎動に喜ぶ彼女。帰ってきた聡さんにも話し、夜ご飯の後ソファーに座ってる弥生さんのお腹を聡さんがさすったり話しかけたり…仲睦まじい2人に私までほっこりした。
6ヶ月…7ヶ月…つわりの時期は殆ど食べられなかった弥生さんもこの頃には沢山食べられるようになり、体調のいい時は家事も出来るようになった。
そのまま8ヶ月、9ヶ月と過ぎていき、いよいよ明日は出産予定日。
ヒサコ「いよいよ明日ね」
弥生「そうね、長くて短い10ヵ月だったわ」
ヒサコ「どういうこと?」
弥生「つわりで辛かった時は時間がすごく長く感じたんだけど、伊織がお腹を蹴るようになってからは毎日聡さんと2人で話しかけてたの。伊織がお腹を蹴る度、ボクはここにいるよ、早くパパとママに会いたいよって言ってくれてるような気がして…その時は時間が経つの速かった」
ヒサコ「いつも楽しそうに喋ってたわね」
弥生さんは微笑んだ。すごく綺麗だけど今にも消えてしまいそうな儚い笑顔。
その日の深夜。
バタバタと慌ただしい物音が聞こえてきた。時間を確認すると、3時。
弥生さんに何かあったのかしら。
バタンとリビングのドアが開き、聡さんが入ってきた。
聡「ヒサコさん!!」
ヒサコ「聡さん、どうされました?」
聡「弥生が破水した」
破水…いよいよ始まったんだ。
聡「今から産婦人科に行く。君も一緒に行こう!」
充電されてた私は、側に置いてる旅行鞄(私の移動用に聡さんが準備していたもの)にそっと入れられ、3人で産婦人科に駆け込んだ。
弥生さんは破水し入院したが、そこからが長かった。
弥生さんの部屋は個室だった。
その部屋は移動しなくてもそのまま出産が出来る特別な部屋らしい。
聡さんは弥生さんの側を離れず、私はそんな2人を見守っていた。
朝食、昼食、夕食と豪華な食事が運ばれてきたが、弥生さんは食べられないようで箸をつけることはなかった。
そして何度も嘔吐を繰り返し、顔色も悪くなっていく。
聡さんはそんな弥生さんを気遣い、彼女がリラックス出来るようにいつも以上に明るく振るまっていた。
夕方頃から陣痛が始まった。
時間の経過と共に陣痛の間隔は短くなっていく
聡「弥生、もうすぐ伊織に会えるよ」
聡さんの呼びかけに彼女は嬉しそうに頷いた。
そして数時間後ー
産気づいた弥生さんの手をしっかり握り、聡さんはずっと彼女に声をかけていた。
お産が始まってから2時間くらいだろうか、漸く(ようやく)
医師「赤ちゃんの頭、出ました!」
聡「弥生、伊織の頭出たよ。もうすぐ伊織に会えるよ、頑張れ」
そこから更に長い時間をかけて、伊織くんが誕生したのだった。
看護師「ママ、パパ、お疲れ様でした。元気な男の子ですよ」
伊織くんを抱っこしたまま看護師は部屋を出ていってしまった。
聡「弥生、よく頑張ったな。伊織は元気に出てきたよ」
弥生さんの額の汗をそっと拭う聡さん。
弥生「生まれた…聡さんと私の…」
聡「弥生…本当に本当にお疲れ様、ありがとう」
聡さんの声には涙が混じっていた。
無事に生まれてくれて、弥生さんも無事で良かった…。
コンコン
ノックの音と共に伊織くんを抱っこした看護師が入ってきた。
看護師「ママ、パパお待たせしました」
弥生さんが伊織くんをだっこする。
弥生「伊織…やっと会えたね」
その声が聞こえたのか、差し出された指を伊織くんがキュッと掴んだ。
弥生「!」
弥生さんの目がみるみる潤む。
ビデオを撮っていた看護師さんに3人で記念写真撮りましょうと言われ、聡さんがヒサコさんに寄り添う。
写真を撮った後は、今度はパパがだっこしてくださいと言われ、おそるおそる伊織くんをだっこする聡さん。
看護師はまた何枚か写真を撮り、伊織くんを連れて出ていった。
聡「赤ちゃんをだっこするの初めてだから緊張した~」
弥生「私もそうよ(笑)パパの自覚出てきた?」
聡「うん。弥生、ありがとう。これからパパとして更に仕事頑張るよ」
弥生「あまり無理しないでね。…これから聡さんと伊織とヒサコさんの4人での毎日が始まるのね、楽しみ…」
そのまま、すぅ…と弥生さんは眠ってしまった
聡さんは弥生さんの髪を撫で、立ち上がった。
聡「ヒサコさん、僕は一旦家に帰って仕事に行ってくる。弥生を頼むね。あ、次来る時はヒサコさんの充電台も持ってくるよ」
ヒサコ「はい、ありがとうございます。気をつけていってらっしゃいませ」
聡さんは部屋を出ていった。
長い1日だった。
弥生さん、本当にお疲れ様。
弥生さんは…そのまま目覚めることはなかった。
お医者様の言葉通り、伊織さんと入れ代わるように、まるで自分の命を伊織さんに託したかのように。
命懸けで伊織さんを…。
最後の最後に我が子を抱き、伊織さんに指を握られ驚いてた顔、穏やかで儚く美しかった微笑み、聡さんの話をする時は嬉しそうに楽しそうに語り、自分の命が消えてしまうかもしれないと言われても、聡さんとの子どもが欲しいと諦めず、十月十日を乗り越えた。
弥生さん…。
聡さんは、泣かなかった。
産婦人科からは落ち着くまで伊織くんをお預かりしましょうかとの申し出があった。
聡さんと弥生さんの実家はすごく遠く気軽に預けられなかったので、ありがたく申し出を受け入れた。
そこからの聡さんは、今までの聡さんとは別人のように雑務をこなしていく。私は弥生さんの話を思い出した。
聡さんって本当にすごい人なんだ。
昼間は朗らかに仕事をバリバリ頑張る聡さんに
周りの人の中には感心する人もいたが、葬儀の場でも涙ひとつ見せないなんて意外に冷たいなと心ない言葉を投げつける人もいた。
でも…私は知ってる。
自分の部屋で声を殺して、毎晩弥生さんのことを想い泣いてる聡さんを。
…聡さんを支えてあげたい。
その時
弥生「ヒサコさん、聡さんと伊織をよろしくね」
穏やかな弥生さんの声が聞こえた気がした。
次の日から聡さんは、夜ご飯やお風呂を済ませた後、私の膝枕に頭を乗せるようになった。
そしてその日の出来事話すこともあれば、何も言わず甘えるように私の腰に手を回し膝に顔を埋めたり…。
そんな聡さんを愛おしく感じるようになった頃聡さんは伊織さんを連れて帰って来たのだった。
伊織さんは少し大きくなっていた。
聡「伊織、ママのヒサコさんだよ」
伊織さんは私をジーッと見つめた後、ニコっと笑った。か、可愛い❤️
ヒサコ「伊織さん、初めまして。ママのヒサコです」
聡「おいおい、ママなのにさんづけで敬語っておかしくないか?」
ヒサコ「そうでしょうか?」
聡「ま、それも面白いし別にいいか」
ベビーベッドに伊織さんを入れると、聡さんは
ご飯を作りに行ってしまった。
私はベビーベッドの側まで膝をにじらせた。
手足をウゴウゴ動かす伊織さんは本当に可愛らしい。
伊織「あ~あ~」
声も可愛い❤
聡さんを送り出した後は家事を頑張りながら育児関連の書籍を読み漁り、伊織さんのお世話も欠かさないーそんな怒涛の毎日がやってきた。
本当に大変だけど、不思議なことに伊織さんの笑顔を見るだけで疲れは吹っ飛んでいく。
聡さんも早めに帰ってきてくれて進んで家事をやってくれる。
聡さんもすごく疲れてるはずなのにー
リビングで聡さんに膝枕していると…
聡「ヒサコ、どうした?」
聡さんが私の様子に気づき声をかけてくれた。
ヒサコ「…聡さんもお仕事で疲れてるはずなのに、色々お願いしてしまいすみません」
聡さんは一瞬驚いたように私を見た。
聡「可愛い奥さんと子どものために働くのは、楽しいから気にするな。帰ってから家事をするのも楽しいからやってるんだよ。それに」
聡さんに抱き締められた。そして私の膝の感触を確かめるようにゆっくりと撫でていく。
聡「お仕事も家事も頑張れば、毎晩こんなご褒美タイムが待ってるからね」
ヒサコ「聡さん…」
聡「僕はヒサコから見てそんなに頼りない?」
ヒサコ「そんなこと…!!」
言葉を続けようとしたら膝にキスされた。
聡「普段君がすごく頑張ってること、僕は知ってるよ。だから手伝いたいと思うし、助けてあげたいって思うんだ。ヒサコ、もっと僕を頼って」
ヒサコ「はい…」
聡さんにはかなわないな…。
この日以来、私は聡さんにお手伝いを沢山お願いするようになった。
聡さんは、嬉しそうに楽しそうにお手伝いをこなしていく。
伊織さんはすくすく育っていき、いつの間にか幼稚園に通う年齢になっていた。
毎日の送り迎えで伊織さんは色々話してくれる
その時間も楽しかった。
幼稚園ではジロジロ見られることもあったが、そこは気にしないようにした。
幼稚園に通うようになった伊織さんに、私は少しずつ色んなことを教えていった。
彼は飲み込みが速く教え甲斐がある。
伊織さんとのお勉強の時間も楽しかった。
彼が小学2年の母の日。
クッションをプレゼントされた。
毎日少しずつ縫ってくれてたらしい。
突然のプレゼント、すごく嬉しかった。
伊織さんが小学4年の時。
伊織「学校に行きたくない」
勉強が大好きな伊織さんが学校に行きたくないなんておかしい。
色々聞いてみると、いじめられてるようだ。
担任の先生に相談しても取り合ってもらえなかったらしい。
どうやら事なかれ主義の先生らしく、面倒事には巻き込まれたくないのだろう。
聡「わかった、先生には話して退学手続きしておく」
聡さんの行動は素早く、すぐ小学校に出かけ担任と校長に事情を説明し、担任の言い訳には耳を貸さず事務手続きを済ませて帰ってきた。
聡「伊織、手続き済ませてきた」
伊織「父さん、ありがとう」
聡「お前の勉強は暫くヒサコに見てもらう。ヒサコ、家庭教師が見つかるまでよろしく」
ヒサコ「はい、判りました」
伊織さんと2人きりで過ごす毎日が始まった。
彼は知識欲旺盛で、どんな書籍も読んでいく。
時には私の知らないことを教えてくれたり…
大学生並みの知識を持つ彼に、もう教えることはなくなっていた。
時々、寂しそうな表情を見せる伊織さん。
そんな時は膝枕をしたり両膝でギュッと抱き締めていた。
そして伊織さんの14歳のお誕生日のあの日。
伊織「ヒサコさん、いつも僕の側にいてくれてありがとう」
ヒサコ「いいえ、私は何も出来なくて…でも、せめて伊織さんに寄り添っていたくてこうしてるのです」
伊織「ヒサコさんのその気持ち、ずっと側にいてくれることがどれだけ嬉しいか貴女(あなた)には判らないだろうね。毎日忙しくて大変な貴女(あなた)をずっと独り占め出来るなんて、僕は本当に幸せだよ」
ヒサコ「伊織さんにそう言ってもらえて、私も嬉しいです。…ああ、今日は伊織さんの14歳のお誕生日ですね。おめでとうございます。14歳の少年には見えませんよ。また大人っぽく素敵になられました」
伊織「ありがとう、ヒサコさん。僕はヒサコさんの隣に並んでもおかしくないかな?」
ヒサコ「勿論です。聡さんみたいにかっこいいですから。私こそ伊織さんの隣にいていいのか、心配になってしまいます」
伊織「…父さんの名前を出すのはやめてくれないかな。今は僕とヒサコさんしかいないんだから」
ヒサコ「伊織さん?」
なんだか伊織さんの様子がおかしい?
伊織「ヒサコさん、好きだよ」
この好きって、まさか…
ヒサコ「伊織さん…私も好き、ですよ」
伊織「その好きは、母としてかな?」
ヒサコ「……」
伊織「僕も最初はそうだったよ。ヒサコさんは優しいお母さんだって。でも、学校に行かなくなって貴女(あなた)と過ごすようになってから、どんどん好きになっていったんだ。今はもうお母さんとしてじゃなく1人の女性として」
ヒサコ「私は、あなたのお母様と約束したのです。伊織さんのお母さんになると。それに、私には聡さんが…」
伊織「ヒサコさん、好きだ!父さんじゃなく僕を見て!!」
ああ、やっぱり…どうしよう、聡さん、助けて
その時、ドアが開いて聡さんが入ってきた。
聡「伊織、ヒサコさんを困らせないでくれないか」
伊織「困らせてない!!僕の気持ちを伝えただけだ!!!」
聡「まあ、ちょっと落ち着いて。お前に紹介したい人がいるんだよ」
そのカートの上の膝枕さんは、ひょっとして…
伊織「……その人って」
聡「お前の家庭教師、膝枕の葉月さんだ」
やっぱり伊織さんの家庭教師だった。
彼女が自己紹介してる間に、聡さんが私に向かって歩いてくる。そのままお姫様抱っこされ、リビングを出ていく。
聡「遅くなってごめん」
ヒサコ「いいえ、助けてくださりありがとうございました。さっきの聡さん、すごくかっこよかったです」
葉月さんが毎日来るようになってから、少しずつ少しずつ伊織さんの表情や態度が変わってきた。
そして、あの手紙…。
葉月さんと出会い、伊織さんも本当に大事な人に巡り会えたんだ。
伊織さん、私はあなたのお母さん。
これからもずっと見守ってる。
終
あとがき
お読みくださりありがとうございました。
拙作『母は膝枕~膝枕に育てられた少年~』はこちら。
葉月さんが主人公の物語はこちら。
画像はnoteの『みんなのフォトギャラリー』からお借りしました。
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