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芹沢怜司の怪談蔵書「7.止まらないタイヤ」

「こんばんは! 今日もいい部屋ですね」
「いらっしゃい。こんな薄暗いところを好むのは君ぐらいだよ」
「まあそうかもしれませんね。はいこれお土産です」
「早急に隣の部屋に置いてきてくれ。いつ君が私を殺そうとするかわからないからね」

 知人は呪われた小刀が入った桐箱を見せてきた。直接触れなければ大丈夫だと思うが、念のため早く彼の手から離しておきたい。

「相変わらず怜司さんは心配性ですねー。もうそんなの気にしなくてもいい段階じゃないですか」
「昔からの癖はそう簡単に変えられないんだよ。それに”今”が死ぬ時じゃないだろう? ほら、さっさと置いてきなさい」
「はーい」


「怜司さんこのタイヤ!」

 知人はタイヤを抱えて戻ってきた。どうして彼は無用心に触るのだろうか。

「また君は……」
「これ、前はありませんでしたよね。もしかして実際の?」
「そうだよ。作り話じゃなかったから回収してきた。タイヤを探すのは苦労したよ」
「やっぱりそうですよね!」
「話、聴きたい?」
「愚問ですね。この僕が聞きたがらないわけがないじゃないですか」
「では簡潔に話そう。詳しい場所を知りたくなったら入口の右にある本棚の三段目にある『本当にあった雪国の怖い話』に収録されている『止まらないタイヤ』を読んでくれ」

【止まらないタイヤ】

 車の怪談の定番といえばカーナビだろう。カーナビの指示に従って山道を走行していたら目の前に崖が現れた……よく耳にする怪談だろう?
 大抵はギリギリのところで落下を免れる。車の主導権が人間にあるからね。

 だが主導権が怪異側になってしまったら?

 事の始まりは十一月。雪が降る地域だからタイヤ交換が必須なんだ。
 会社員Aさんは仕事が忙しくてなかなかタイヤ交換に行けなかった。でもそろそろ交換しないとやばいと焦っていたんだ。朝早く出勤して夜遅くに帰宅するAさん。彼はタイヤ交換を最寄りのガソリンスタンドで済ませていたんだが、早朝と夜中は閉まっているからどうしようかと悩んでいた。
 そんな時に見つけたのが最近オープンしたばかりのガソリンスタンドだった。そこは二十四時間やっているところで、夜中でもタイヤ交換を受け付けていた。

 Aさんは雪が降る前にタイヤを交換できて安堵していた。そして数日後に雪が降り、仕事も落ち着いてきた頃に趣味であるドライブを楽しむことにした。
 雪が積もった山道を通るのは初めてじゃない。何度も通った道だしAさんは慣れた様子で走らせていた。

 異変が起きたのは帰ろうとしたときだ。
 少しスピードを出しすぎたからブレーキをかけようとした。しかし一向に減速しない。周囲は傾斜だらけだ。このままでは落ちてしまう。Aさんは必死に止めようとした。止まらない。止まらない。止まらない! と叫んだ。だが車はAさんの思いとは反対に走り続けた。

 Aさんは最終手段に出た。車から飛び降りたのだ。車のスピードは六十キロを超えている。飛び出せば間違いなく怪我をするだろう。それでもAさんは車と心中するよりマシだと躊躇いなくドアを開けた。

 Aさんは地面を転がり、主を失った車は転落した。
 幸いにも意識があったAさんはすぐにポケットからスマホを取り出して友人知人に助けを求めた。ほどなくしてやってきた救急車で運ばれ、適切な治療を受けて助かったわけだ。もう少し遅かったら危なかったらしい。

 落下した車は回収され原因調査が行われた。しかしまったく問題なし。結局、Aさんが間違えてアクセルを踏み続けていたという結論になってしまったとさ。

 ※ ※ ※

 まあ、こんな感じの話だ。私も最初はAさんの操作ミスだと思っていたんだがね、本に載ってるぐらいだから調査はしておくことにしたんだ。
 そしたら怪異が原因だとわかったんだよ。新しくできたガソリンスタンドなんてなかったし、実物のタイヤを見て呪われていると感じたからね。

 町全体も重苦しかったな。あそこは怪異を引き寄せる何かがあるのかもしれないね。

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