芹沢怜司の怪談蔵書「25.魂を抜くカメラ」
階段に傘を持った赤子がいる。
これは『傘を持つ赤子』という怪異だ。今ほど自分が男性で良かったと思う。女性だったらあの赤子を見つけた瞬間、追いかけられ、腸を引きずり出されていたことだろう。
今日は久しぶりに知人が来る。引っ越し先をあのアパートに決め、最低限の生活必需品を運び終えたので、今度は私の家から大事なものを一時的に非難させようという話になったのだ。
あらゆる物を溶かす赤い水がいつ大量に流れ込んでくるかわからない。水道管が破裂しても不思議ではない。そもそも赤い水の生成過程も不明だ。用心にしておくに越したことはないだろう。
「なんだかお久しぶりですね」
しばらくして知人がやってきた。パッと見五体満足。本当に儀式の影響はなかったようだ。
「あ、疑ってますね?」
「君はいつも無茶ばかりするからね」
訝しげな視線に気付いた知人は「信用ありませんねぇ」と暢気に笑った。
「そうだ、せっかくですから怜司さんもアパートに来ませんか? 二人だと狭いですけど、お金はまったくかかりませんよ」
「べつにお金には困っていないけど……まあ、ずっと桃月亭に居座ってるより良心は痛まないかな」
「名物の座敷童もいなくなりましたしね」
知人が天井に手を振る。ちょうど私の真上に座敷童がいる。彼女は赤子を警戒しているのか、ちょっとだけムッとした顔をしている。
「怪異同士の相性もあるんでしょうかね?」
「おそらくね。傘を持つ赤子は容赦なく女性を殺害する。座敷童的にはなんの罪もない人間を殺めるのは美学に反するのだろう。喧嘩をしなきゃいいが」
「怪異と怪異の激突……この家では常時バトルが行われてそうですね」
「その発想はなかったな。気付けばかなりの数の怪異がこの家にいる。私がいない間はどうしているんだろうね」
「気になります? 監視カメラでも設置しましょうか。幽霊は写真を撮るのが好きですから、きっとみんな喜んで写りにきますよ」
「陽気だなぁ。私はあまり好きじゃないよ。集合写真は一番嫌いだったね」
「僕はけっこう好きでしたよ。ほら、写真を撮られたら魂が抜かれるってよく聞きますよね。実際そんなことありませんでしたけど、すっごくワクワクしましたね。今でも写真を撮るときはど真ん中を位置取ります」
「ああ……魂が抜かれるカメラは存在するよ」
「え、ホントですか!?」
「ちょうどいい。呪いの配達人にカメラを配達させよう」
【魂を抜くカメラ】
そのカメラが作られたのは平成初期の頃、テレビでは怪談特集などが頻繁に放送されていた時期だ。
この世は空前のオカルトブーム。流行りに乗じて墓地で肝試しをする若者や、数々の都市伝説が生み出された。
魂を抜くカメラは人の手によって作られたんだ。最初は普通のカメラだった。しかし製作者は影響を受けやすい人物だったようで、オカルトブームに乗っかって心霊写真が撮れるカメラを作ろうとしたんだ。
もちろん上手くいかなかった。いくらカメラを作れるほどの優れた技術を持っていても、本物の幽霊が撮れるカメラなんて作れるわけがない。
さらにこの製作者、影響を受けやすいものの飽きっぽい性格をしていてね、心霊写真が撮れるカメラの製作に着手して三ヶ月ほどで飽きてしまったんだ。
カメラは何年も埃をかぶった。再びカメラが日の目を見たのは製作者が家の掃除をしていたときだった。
カメラを見つけた製作者は「ああ……こんなの作ったなぁ」と懐かしさを覚えた。そして気まぐれに何か撮ってみようと思ったんだ。期待はしていなかった。数年分の埃が積もっていたカメラが動くわけがない。
しかしカメラはシャッター音を響かせて写真を撮ったんだ。
製作者は驚いた。当然だろう。喜んだ製作者はさっそく写真を現像した。ああ、当時はフィルムでね、写真屋さんに行ったんだ。
撮られた写真はおぞましいものだった。
物置と化していた部屋を写した写真なんだけど、床や天井が真っ白だったんだ。撮影に失敗したわけじゃない。写っていたのは虫だ。
汚部屋には蜘蛛やダニ、おそらく蝿や蚊もいただろう。虫たちは魂を抜き取られたんだ。写真に写っていた白いものは魂なんだ。虫眼鏡で拡大してみたら形がよくわかるよ。天井に蜘蛛の巣を作っていた蜘蛛がわかりやすいだろうね。
帰宅した製作者は懐中電灯で部屋を照らした。さすがにダニはあまり見えなかったけど、蜘蛛や蝿はよくわかった。撮影範囲にいた生き物は死滅していた。虫の死骸だらけとなった部屋を掃除するのはあまりいい気分じゃなかっただろうね。
数日後、カメラの製作者は自身を被写体にした。撮られた写真には製作者と思われる幽霊が写っていたんだ。ちなみに発見者は製作者の友人なんだけど、なぜ自分の写真を撮ろうと思ったのか、結局分からず終いになっている。
同時にカメラの行方も分からなくなってしまったが……これは問題ないだろう。配達人が持ってくるからね。
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