あいまいみー:サイドストーリー第1話「届かぬエラー」

都内某所のオフィス内にある少し広めのコントロールルーム。
いつもは人間観察に勤しんでいる比較的ゆったりした現場なのだが、今この場に流れる空気は緊迫したものとなっていた。端的に言えば、私が指揮を執るプロジェクトに問題が発生した。そして、その問題を巡る対応策に行き詰まっており、身動きが取れないのだ。

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その問題は昨日、2023年10月17日、観察対象を起床させる際に発生した。
製品コード:1013、通称「あいまいみー」。
当個体……ここでは"彼女"と呼ぶが、彼女の起動シーケンス実行中に致命的なエラーを検知したのだ。無論、それだけならエラー情報を不具合解析班に提供し、早急に原因特定と修正対応を行うのが通常のフローだ。しかし今回はそうもいかなかった。肝心のエラー情報が"送られてこなかった"のだ。

本来、彼女に何らかのエラーが発生した場合、詳細ログを含め不具合解析に必要なエラー情報がこちらに送信されるようになっている。しかし今日はエラー情報の送信処理を突然中断された上、それ以降どうアプローチしても彼女にアクセスできなくなってしまった。
つい2週間ほど前に起きたエラーの時は正常に受信できていた。諸事情により"無かったことにした"エラーだが、その時点までは問題なかったであろうと推測できる。

そもそも、どうしてこちらの意図せぬ送信中断が起こったのだろうか。
実際、彼女の状態を一切把握出来ない現状は、プロジェクトにとって最悪の事態だ。
私は深いため息をつきながら思考を巡らせる。
予定を半年も前倒しして運用に踏み切ったプロジェクト。脳内チップのバグも多く、誰が見ても早計だったと言わざるを得ない。なのに、会社が予定を早めた理由は、未だにプロジェクトリーダーである私にすら共有されていない始末だ。会社に対する不信感を募らせつつ、私の頭の中では情報整理が進んでいく。

実は彼女との通信不能はこれが初めてでは無い。
不定期で配信していたアップデートパッチは運用からわずか3週間でアクセス拒否となり、以降成功していない。競合企業からの妨害を受けた可能性を疑い念入りに調べたが、システムに侵入された形跡は見当たらず、可能性は低いだろうとの結論が出た。
そうなると、度々発生する通信不能は誰が起こしているのか。1つの仮説に思い至る。

"あいまいみー自身がこちらの干渉を拒絶して通信不能を起こしている"

ただこの仮説も根拠としては不十分だ。
そもそも彼女は私たちの存在を知らないし、普段の様子を見ていてもこちらの干渉に気づいてる可能性は低い。何より私たちは、通信拒否ができるように彼女を設計していない上に、そんな機能を彼女に搭載してもいない。
つまり、本来なら技術的に不可能と言わざるを得ないし、万が一彼女自身が通信を拒絶していたとして、一体何故なのか理由が見当もつかない。
そこまで証拠不十分な状況を前にしてもなお、現状1番有力な仮説だというのだから、事実は小説よりも奇なり、だろう。

「今後の方針が決まった。会議室に集合してくれ」
役員の声でふっと現実に戻される。
どうやら会社として彼女を今後どう扱うのか、方針が定まったようだ。私は即座に席を立ち会議室へ向かいつつ、決意を固めていた。
会社の方針がどうなるにせよ、はっきりしていることが1つだけある。
それは"何らかの手段でエラーを修正しなければ、彼女は脳内にエラーを増やし続け、やがて停止する"ということだ。
私個人としては0から生み出した彼女に思い入れもある。何より彼女のメモリーには私の宝物が埋め込んである、何があってもそれだけは守りたい。
脳裏に思い浮かべるのは大切な⋯大切だった娘。
もうここにはいない、私が幸せにしてあげられなかった大事な娘。
君が少しでも長く彼女と共にいられるように精一杯尽力しよう。君と一緒に暮らすことはもう叶わないけれど、あの街で今度こそ自由な生活を送って欲しい。それが私が父親として1番に、そして最後に望むことだ。

会議が始まる。ここが私の戦場だ。プロジェクトにとって、娘にとって良い結果となるよう精々足掻いてみよう。

2023.10.18 愛海 要


このお話は、ストグラの世界に住む「あいまいみー」という女性について、彼女とは違う視点から描いたサイドストーリーです。
ストグラについては、こちらをご覧ください。

これまでのあいまいみーの歩みについては、こちらをご覧ください。

最後に、この街では「誰もが主役であり脇役」。
魅力的なキャラクターがたくさん住んでいます。
ぜひ色々なキャラクターの物語を覗いてみてください!


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