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岩見樹代子単行本未収録作品全レビュー
【※】本記事は文学フリマ大阪11にて頒布したコピー本「岩見樹代子単行本未収録作品全レビュー」を一部改訂した再録です。
岩見樹代子先生は2024年12月現在、百合姫にて『今日はカノジョがいないから』を連載中の百合作家である。
そして近年、百合姫ではさかさな先生や樫風先生といった百合姫作家の短編集の刊行が相次いでいる。
その流れに乗って、岩見樹代子短編集も出てほしい! という願望を百合姫編集部に届けるために、岩見樹代子(以下、岩見氏)の単行本未収録13作品を紹介する。
●岩見樹代子(いわみ・きよこ)
2011年秋、アフタヌーン四季賞『絶交』で審査員特別賞を受賞してデビュー。
アフタヌーンにて担当がつくも、五年間没を繰り返す。
2017年に、『あのレモンかじって。』で第17回 百合姫コミック大賞」翡翠賞を受賞。その直後に百合姫にて『透明な薄い水色に』を短期集中連載。
透明な~の連載終了後は、『ルミナス=ブルー』を連載。同時にアンソロジーへ短編の寄稿を繰り返し活躍の場を広げる。
2024年12月現在、百合姫にて『今日はカノジョがいないから』を連載中。
デビュー作から現在に至るまで、百合を一貫して描き続けている作家だ。
●『絶交』
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委員長の晴香は、いじめを受けているクラスメイトの鮫島ゆかりの姿を傍観していた。そんな時、体育の授業でバレーボールをぶつけられたゆかりを保健室へと介抱する。その際、鮫島の鞄の中から『拷問マニュアル』を所持していたのを発見し、没収する。返してほしければ「誰に拷問をしたいのか」と晴香が尋ねると、鮫島は質問を拒絶する。そして晴香は『拷問マニュアル』を用いて、鮫島へのいじめを開始した――。
岩見樹代子のデビューは百合姫(一迅社)ではなく、実はアフタヌーン(講談社)とは知られてないと思われる。
アフタヌーン四季賞にて、萩尾望都特別賞を受賞した、岩見樹代子の商業デビュー作。萩尾望都は本作を『まったく文句がありません!!』と審査員コメントにて絶賛している。
ただのクラスメイトだったふたりが、いじめの被害者と加害者という特別な関係性に変化する様はいじめ百合の醍醐味が詰まっている。
岩見氏の武器である高い画力は処女作の頃から健在であり、新人離れした美麗な作画から描かれる、鼻血や出血などの流血描写・凄惨な暴力・嘔吐描写が凄まじい。高い画力によって描かれているため、読者の目に鮮烈に映る。
いじめの内容もえげつなく、『口の中に画鋲を頬張った上でビンタをする』、『リコーダーをヴァギナに挿入してから、自分の口で吹かせる』といったいじめ描写にも個性があり、岩見氏の作品の中でも特に尖っている。誌面から痛みをが伝わってくるほどえげつなく、目を逸らしたくなるほどだ。
真面目で優等生な晴香が自らの手を汚していく様子に戸惑いながらも、いじめの仄暗い楽しさに目覚めていく背徳感を抱いているのが表情から伝わってくる。
繰り返されるいじめ行為の果てに迎えたドラマチックなふたりの関係性が決定的に変化するクライマックスは圧巻だ。読者にも忘れられない傷跡を刻み込んでくる。
本作は岩見氏のデビュー作という特別な一作だが、雑誌付録のため入手困難なのが非常に惜しい。再録が望まれる。
●『千代のくちびる』
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にきびとアトピーがコンプレックスな小学五年生のちよは、担任の男性教師である中村先生に淡い恋心を抱いていた。そんな時、クラスメイトで大人びた少女の椎名が教室で中村先生とキスをしているのを目撃してしまう。そして椎名はちよに『いま私とキスすれば先生と間接キスできるんじゃない?』と言い、キスをさせてあげる代わりに『ちよちゃんのにきび潰させて』と提案した――。
前作『絶交』にて、いじめフェチを打ち出してきた岩見氏の新境地は、にきびフェチだ。椎名の手によって、ちよのにきびが潰される様子が感じる痛みが読者に伝わってきそうなほど生々しく描かれている。
生徒と教師の恋愛という普遍的なテーマを扱いながら、にきびという作者のフェチが込められており、唯一無二の個性を発揮する作品に仕上がっている。
岩見作品といえばキスへの描写にこだわりが見受けられる。キスに慣れないちよが椎名へと自分からキスをしようとして歯を当ててしまうといった描写から、小学生らしい初々しさが感じられる。唇にカメラのフォーカスを当てた描写も見応えたっぷりだ。
未成熟な小学生同士のふたりが、誰にも言えない秘密の関係性を結ぶことに百合的な魅力がある。そばかすがチャームポイントなちよと、初潮を迎えて体育を欠席している椎名という、幼さの象徴である『そばかす』と『初潮』から対照的なキャラクター造形になっており、泣き虫で表情豊かなちよが冷静沈着な椎名によって翻弄される構図も百合的に美味しい。
ちよはキスを通じて唇を重ねるたびに、椎名とへの想いが変化していく。自らの心の変化に戸惑いながらも、自分の気持ちに向き合い、少女がおとなへと成長していく姿が読者の胸を打つ。
肉体的接触を通じた繊細な心情描写の巧みさ、三人のキャラクターによる人間関係の変化を描くドラマ、圧倒的フェチ描写――岩見樹代子を象徴する作風は、受賞後第二作目の段階で既に完成されているといっても過言ではない。
本作も『絶交』と同じく雑誌付録のため、入手困難なのが非常に惜しい。再録が望まれる。
●『あのレモンかじって。』
初出:コミック百合姫2017年9月号・単話電子販売のみ
クラスメイトのサヤとマコは人目を忍んでキスする関係。でもその日のキスはいつもとちょっと違った。レモンをかじると、きっと泣いちゃうくらい染みる。そんな痛みのある忘れられないキスだった──。(公式より引用)
「第17回 百合姫コミック大賞」翡翠賞受賞作。講談社にて『千代のくちびる』を発表して以来、一迅社の百合姫に移籍して5年ぶりに世に放たれた一作。
ルミナス=ブルー1巻のあとがきにて『※岩見には他雑誌で担当さんが付いたけど、読切すら描けなかった五年間があるのだっ』と語っている。
当時のアシスタント先の先輩ななつ藤氏に『好きなものを描いてみたら?』とアドバイス受けて、岩見氏を百合を描いたものの没になったため、百合姫の移籍を決意したとインタビューで語っている。↓
アフタヌーン時代のいじめ、にきびと来て、本作では口内炎というマニアックなフェチを描いた。岩見氏の作風は五年という長い月日が空いても全くブレがない。
本作からは、一ページ目から女生徒同士のキスシーンで幕を開ける。百合姫にて明確に百合をやっていく覚悟の表れに違いない。
サヤがキスをする際、マコは自分の唇が噛まれた理由がわからずに行為の意味を考える。好きな相手の突飛な行動に困惑しながらも、きちんと向き合う姿は恋する乙女を体現していて非常に愛らしい。
口内炎で痛むマコにサヤがはちみつレモンを食べさせるシーンでは、口内炎が染みる痛みに耐えながら、サヤが作ってくれたはちみつレモンを口に運び、咀嚼することで涙を流す。そんなサヤの姿に悦びを覚えているのが伝わってくるクライマックスは見応えたっぷり。
痛みを通じて愛情を確かめ合うアブノーマルな関係性、不器用な愛情表現が魅力的な一作であり、岩見氏の新たなキャリアのスタートに相応しい作品に仕上がっている。
●『taboo』
初出:citrus コミックアンソロジー 2018年2月
『Citrus』はサブロウタによる百合姫の連載作品。
見た目がギャルな藍原柚子と生徒会長の藍原芽衣が、お互いの両親が再婚したことがきっかけで義理姉妹の関係になる。見た目も性格も正反対なふたりが、ひとつ屋根の下で共同生活を送りながら、反発し合いながらも仲を深めあっていく。
TVアニメ化を果たした人気作であり、2024年12月現在、続編である『citrus+』が百合姫にて連載中。
本アンソロジーはアニメ放送時に発売された。百合姫に掲載経験のある作家をはじめとした、百合ジャンルを中心に活動している作家が多数寄稿している。
岩見氏が寄稿した『taboo』は、柚子のリップを芽衣が発見して、返却する際に校則違反だと注意する。柚子はリップは芽衣のために買ったものだと主張する。そして柚子は自らの唇を用いて芽衣の唇にリップを施す。その際にふたりが濃厚なキスを交わす――という内容だ。
六ページと分量は短いながらも、原作のキャラクター性を損なわずに魅力的に表現しつつ、岩見氏の十八番であるキスシーンを美しく描いている。唇と唇が重なり合い、吐息が漏れる様は非常に官能的だ。
校則違反という禁忌を犯す、いけない行為をする共犯関係は百合的にも非常に美味しい。
本作は岩見樹代子作品の中で、唯一原作つきの二次創作作品である。筆者が岩見氏に質問したところ、同人活動の経験はないようだ。
岩見氏には、筆者の創作百合サークル青華団の百合アンソロジーの表紙を描いていただいている。商業の場以外で岩見氏の個人誌の活動に期待したい限りだ。
●『半透明少女遺伝子』
初出:パルフェ: 2 おねロリ百合アンソロジー 2018年6月
女子高生のまもるは小学生のかほから一目惚れされた。まもるは年の離れたかほと何を話したらいいのかわからずに、気まずい時間を過ごしていた。場をもたせるためにテレビをつけると、昼ドラにて濃厚なキスシーンが映し出された。それを見たことがきっかけで、まもるはかほに『あたしのことが好きならちゅーしよ』と提案する――。
おねロリといえば歳の離れたふたりによる関係性が魅力的だ。女子高生×女子小学生の組み合わせは鉄板である。好きな相手と一緒にいるものの、緊張で何も話せないかほの様子は実に微笑ましい。歳の差百合ならではだ。
本作においても純粋無垢なロリをおねが翻弄したり、おねがロリをリードして未知の世界へ誘ったりする様は、おねロリの魅力が存分に表現されている。
岩見樹代子作品に見られたキスシーンの描写は本作でも遺憾なく発揮、いやさらに洗練されている。口元にカメラをフォーカスしながら、何枚もカットを重ねることでお互いの唇と唇がゆっくり近づいていく演出は読者の心臓をドキドキさせる。
キスをしようとお互いに舌を出し合いながら求め合うさまは非常にエロい。キスが未体験だった少女がオトナの世界へと一歩踏み出す様で、少女の成長を描いているのもおねロリ作品としての完成度が高い。
百合姫作品だけを追っていると初めてロリ(女子小学生)にチャレンジしたように見えるが、『千代のくちびる』のように以前からロリをテーマに作品を描いていたのだ。
岩見氏といえば女子高生やオトナの女性を描くイメージが強いが、少女を描くのも上手いのだと実感できる。そう改めて明言しておきた次第だ。
●『sugar cigaret』
初出:レズ風俗アンソロジー 2019年4月
人気最下位のレズ風俗嬢である晶は、セックスの技術が下手くそだった。そのため、人気ナンバーワンの先輩風俗嬢の紗愛(サラ)によって『最高のタチ』になれるように、手取り足取り指導を受けるようになる――。
センシティブな表現に挑戦し続ける岩見氏が挑むのはレズ風俗の世界。今までキスシーンを官能的に描いてきたが、今作ではさらに一歩その先へと足を踏み出す。晶が紗愛による指導を通じて成長していく度に、より過激に加速していく濃密なセックス描写は非常にエロい。
本作のキャラふたりは全編を通じてセクシーな下着姿や全裸状態である。岩見氏の高い画力によって描かれる女体の柔らかさ、美しさによって読者を虜にする。
タイトルに『cigaret』とあるように、本作のヒロインの紗愛は喫煙者だ。岩見作品において成人済みのヒロインが登場するのは初めてになる。レズ風俗というテーマだからこそ、大人びたキャラクター性を表現するのにタバコは適したガジェットとして有効活用されている。
紗愛の『風俗じゃテクニックがなきゃ生き残れないし、愛がないのはもっとダメ!』という言葉が本作のテーマを体現している。愛のムチという言葉があるように、晶のために紗愛が文字通り体当たり指導を繰り広げる。
指導セックスやピロートークを通じて、ふたりの関係性が変化していくのも大きな見どころだ。人気最下位の晶が一人前の風俗嬢に成長していく様子を是非見届けてほしい。
本作以降、岩見氏は今まで以上に積極的に性描写を作中に取り入れるようになった。本作の執筆がキャリアの転換点となったに違いない、特別な一作だ。
●『my sugar cat』
初出:レズ風俗アンソロジー リピーター 2019年11月
オトナ女子向け雑誌『nyan nyan』のライター犬井千尋は、編集長の猫島真鈴の指示によって『人気レズ風俗店のナンバーワン風俗嬢に抱かれてみた』という記事を執筆することになった。そのため、真鈴とふたりでレズ風俗の突撃取材をすることになった――。
レズ風俗アンソロジー再登場の岩見氏が描くのは、レズ風俗の客同士による関係性だ。ライターと編集長という社会人百合の要素も加わっているのも見どころだ。この企画が実現したのも、企画がボツ続きの千尋を見かねた真鈴の親心であり、部下の成長を促そうとする上司という社会人百合らしい関係性も魅力的だ。
本作では『sugar cigaret』に登場した晶がナンバーワン風俗嬢として再登場する。以前のキャラクターが無事に成長した姿を見せる読者サービスが嬉しい。ちょい役として、レズ風俗の店長も顔を見せる。
本作ではセックスの際に初めて乳首が解禁されている。おっぱいをじっくり愛撫させられるシーンは見応えたっぷりだ。あとがきでも『乳首描こうか……いやダメだ』と葛藤したのちに『こんなタイトルの本買う人がエロいの求めてない訳ないだろ』と吹っ切れたと言っている。より過激な性的表現を追求しようとすべく、岩見氏がまた一歩踏み出した作家的成長が伺える。
乳首解禁によって、ますます岩見氏の女体描写は洗練されていく。前作に引き続き、キャリアの転換点となる一作に仕上がっているのであわせて必読だ。
●『あいかぎ』
初出:シロップ NIGHT 初夜百合アンソロジー 2019年11月
正社員の理央と小説家のあずみはルームシェアを六年間継続していた。そんな時、理央の本社異動がきっかけで引っ越しを余儀なくされてしまう。ふたりで過ごせる最後の夜、別れを惜しむ理央があずみを押し倒し、なし崩し的に初夜を迎えることになった――。
初夜百合アンソロジーは双葉社から発行されている。一迅社でキャリアを重ねてきた岩見氏の新たな仕事先だ。
社会人百合といえば、同居ものは王道中の王道だ。バリキャリの女性と自由業である創作者のふたりの対照的なキャラ同士によるカプも鉄板の組み合わせであり、社会人百合のど真ん中に挑戦しようとする岩見氏の気概が伺える。
本作では六年間ルームシェアをし続けてきたふたりが一緒に暮らす最後の夜が描かれる。最後の夜にようやく初夜を迎えたというシチュエーションが素晴らしい。長い時間をかけてようやく結ばれた悦びと、想いが通じ合ったにも関わらずお別れしなければいけない切なさが同時に込み上げてくる。
そんな切ない初夜を迎えて感極まったふたりは、涙を流しながら別れを惜しむ。岩見氏はキャラクターを泣かすことに定評がある。その技術が本作でも遺憾なく発揮されていて、読者の胸を打つ作品に仕上がっている。
加えて、レズ風俗アンソロジーの二作で磨き上げられた性的描写によって、ふたりが初夜にて結ばれる様子が実にエロチックに、そして美しく描かれている。
涙とエロス、ふたつの武器を手に入れた岩見氏はまさに水を得た魚のように生き生きと百合を描いているのが伝わってくる。
たとえ離れ離れになろうとも、今後のふたりの明るい未来が続いていくことを予感させるラストもまた最高だ。
●『つぶらな純潔』
初出:恥ずかしそうな顔でおっぱい見せてもらいたい赤面おっぱいアンソロジー : 4 2020年3月
女子大生ギャルのキキは、暇なときにレンタルフレンドのバイトをしている。ある日、内気で大人しい歳下の女子学生奏にレンタルをされた。奏は自らの胸が貧乳について悩んでいた。そのため、奏では勇気を振り絞ってキキに自分のおっぱいを見せたのだった――。
岩見氏が新たに辿り着いた境地、それは――貧乳だ。今までのキャラクターで描かれてきたおっぱいはどれも豊満なサイズばかりだった。本作のヒロイン奏は、確かに小さいけれど、ちゃんとしっかり存在しているという絶妙なサイズにて品のある貧乳が描かれている。
アンソロのテーマ通り、恥ずかしそうな顔の表現も実にお見事だ。潤んだ瞳、悩ましげに漏れる吐息、緊張から固く結ばれた口元――それらが一体となってエロかわすぎる表情に仕上がっている。
レンタルフレンドでおっぱいを見せるという関係から始まったふたりが、本当の友ダチになっていくという展開も百合のツボを抑えていて微笑ましい。
貧乳の奏とは対照的に、豊満な胸であるキキが最後に見せてくれるおっぱいのチラ見せもたまらない。岩見氏のサービス精神がたっぷり詰まった一作だ。
本作が収録されている赤面おっぱいアンソロジーは百合作品専門ではない。そのため、作品の存在が百合好きの間ではあまり知られてないと思われる。
基本は男女の話が多めだが、岩見氏の作品以外でも、ななつ藤『プラスマイナス』が百合作品である。
本シリーズのアンソロには他の巻にも百合作品がいくつか収録されている。漁ってみると幸せな出会いがあるかもしれない。
●『やくそく』
初出:シロップ HONEY 初夜百合アンソロジー 2020年4月
夕花とレイは幼馴染のカップルだ。子供の頃に住んでいたレイの実家に帰省したふたりは、家の中を散策して過去を振り返る。思い出の地にて、ふたりは幼い頃に結婚の約束をしていたことを知った。そしてふたりは再び結婚の約束を交わし合い、新婚初夜を迎えたのだった――。
本作では仲睦まじい幼馴染カップルのやり取りが描かれる。全編を通じてふたりのイチャラブ度がとにかく高い。
過去回想にて、レースのカーテンをふたりで頭に被ってお姫様ごっこをする姿が非常に愛らしい。おねロリアンソロで描いていたように、岩見氏は少女を描くのも得意なのだと改めて実感した。
年月を重ねたおかげで、ふたりの愛がさらに深まったということをキャラクターの口からはっきり言わせる。
極めつけは、クライマックスにて、ふたりがはっきりと結婚の言葉を交わし合うシーンだ。真っ直ぐな愛の言葉の押収に読者の方が恥ずかしくなってくるぐらいだ。
同じ初夜百合作品である『あいかぎ』とは対照的に、イチャラブ全開幸せ満開で描かれているため、同じテーマを扱っていてもここまで読み味が変わるのだと驚かされる。
岩見氏自身も『こんな甘くて幸せなお話は、初めて描いたかもしれません』と自作を評している。
切なくもほろ苦い話を描くのが得意な岩見氏にとって、本作のような甘くて心があたたまる内容に特化した作品も描けるため、より作家として一歩高みへと昇ったことが感じられる一作に仕上がっている。岩見氏の明るいイチャラブ作品もまた読みたい。そう思わせてくれる。
●『こどものままで』
初出:シロップ PURE おねロリ百合アンソロジー 2020年8月
優等生な小学生の苺は、ちょっとおバカな女子高生の桃花に勉強を教えてあげていた。勉強中にお腹が減ったのでおやつを食べようという桃花の提案を苺は拒絶する。苺ははおやつを卒業したけれど、テストで満点を取ることができれば桃花だけは食べても良いと告げたのだった――。
パルフェ2収録の『半透明少女遺伝子』以来のおねロリ作品だ。『半透明~』ではロリが完全に無垢な少女として描かれていたのに対して、本作ではロリの苺の心情描写がしっかり掘り下げられている。おねである桃花がおバカだからこそ、自分がしっかりしないといけない、早くオトナになりたいと願うのはいかにも子供らしい。
オトナになろうとすることで逆に子供っぽく見えてしまうというキャラクター造形がお見事だ。特におねの方がおバカで、ロリの方がしっかり者という歳の差が逆転している関係性も百合的にポイントが高い。
本作の見どころは、一見おバカだと思われた桃花が苺を優しくリードしてあげるところだ。年長者が歳下に勉強を教わるという逆転していた関係性から、迷える歳下の子をお姉ちゃんが導いてあげるという、再度の逆転現象が発生して関係性の妙を味わえる。
おねの子供っぽさ、ロリの大人っぽさを描いておきながら、ここぞという時に歳上の貫禄を見せる桃花もまた魅力的なキャラクターに仕上がっている。
岩見氏によるおねロリ作品は少なめだが、未成熟な少女が描かれることに今後も期待したい。
●『永久少女信仰』(原作:冬木)
初出:コミック百合姫 2020年12月号
収録:『ユリビュート: 2 百合姫読切作品集』(電子のみ)
女子大生の弓木百花は、Momoという名前でコスプレ写真を撮影してはSNSに投稿をしていた。そんなある日、写真集のモデルになってほしいというDMがカメラマンのコウから送られてきた。最初は断ろうとしたものの、コウの撮影する『少女』の姿に憧れを抱いたため、モデルになることを了承したのだった――。
本作は百合文芸小説コンテスト・百合姫賞受賞作のコミカライズだ。岩見氏にとっては初の原作付きの作品となる。
岩見氏は『ルミナス=ブルー』において、被写体と撮影者の関係性を描いている。本作のコミカライズを担当するにあたって、これ以上ないピッタリな人選だ。
承認欲求を満たすためにコスプレをはじめて喜んでいたレイヤーが、ありのままの姿の『少女』を撮影するカメラマンに見初められて……という出会いが良い。ちょっと変化球なガール・ミーツ・ガール。撮影という名のデートを通じて、ふたりが距離を縮めていく過程が実に心地よい。ふたりだけの世界はまさに百合の醍醐味だ。
コウのカメラによって撮影される百花の姿は時に可愛く、時に美しく映し出される。一枚絵としてどの写真も非常に魅力的に仕上がっており、特に見開きページで表現された『少女』の姿に息を飲む。
そしてなにより、本作の白眉はクライマックスでの百花の選択だ。彼女が心に秘めた思いを爆発されて、悲痛な叫びを上げる姿に胸が締め付けられる。ふたりの関係性の行く末を、どうか見届けてほしい。
●『clockwork sugar night』
初出:レズ風俗アンソロジー プレミアム 2020年11月
レズ風俗嬢の凛子は、客である小林に毎週本指名を受けていた。そんなある日、好きな子を本指名をするごとにたまるポイントが溜まったので、一日店外デートをしようと小林は告げる。時間制限の0時をすぎるまで、凛子は小林の彼女になるのだった――。
レズ風俗アンソロジーはプレミアムにて三回目を迎えた。表紙を担当している焔すばる氏と並び、岩見樹代子氏は唯一の皆勤賞である。
風俗嬢同士の関係性を描いた『sugar cigaret』、風俗の利用客同士のエピソードである『my sugar cat』に対して、本作では風俗嬢と利用客の話に仕上がっている。
リアルの会社仕事に不満を抱いている凛子は、レズ風俗にてなりたい自分になることでつまらない日常から逃避している。そんな凛子が、小林につられて中華街デートという日常に帰還して、楽しいひとときを堪能する。そして凛子は小林への好意を改めて自覚するものの、自分たちは風俗嬢と客という関係性であることに悩む姿に感情移入ができる。
素直に好きな相手に好きと言えないのは恋愛において誰しもが抱く普遍的な感情であるが、ふたりの立場の差がより自分の気持ちをさらけ出すことを困難にしている構図にもどかしさを覚えてしまう。
そしてふたりが身も心も裸になって、自分の気持ちを相手にしっかり伝え合う姿に胸があたたかくなること間違いなしだ。
甘さと切なさの両方を兼ね備えた一作に仕上がっており、レズ風俗というテーマにおいては岩見氏の右に出る者はいないと改めて実感させてくれる。
レズ風俗アンソロジーは第三段まで発行しているが、第四段が発行されて、また岩見氏の新作が読める日が来てほしい限りだ。
●あとがき
本レビューにて、岩見樹代子氏の単行本未収録作品、合計13作作品を紹介させていただいた。
岩見氏の単行本化された『透明な薄い水色に』、『ルミナス=ブルー』、そして2024年12月現在連載中の『今日はカノジョがいないから』は、どれも素晴らしい出来栄えだ。
だが、岩見氏は長編以外の短編もまたどれも非常にレベルの高い百合作品となっていることを知らしめたくて、本レビューを書くことを決意した次第だ。
岩見氏が最後に描いた短編は『レズ風俗アンソロジー プレミアム』なので、4年ほど前になる。
現在は連載中の『今日はカノジョがいないから』の連載が佳境に入っているため新作短編は当分難しいと思われるが、『今日はカノジョがいないから』を追いかけつつ、またいつの日か新作が読める日を心待ちにしたい。
そして、岩見氏がいかに短編の名手であるか百合好きの皆様に知ってもらうためにも、岩見樹代子短編集の刊行が望まれる。一迅社様、百合姫編集部様、どうかよろしくお願い致します。
岩見樹代子氏には、筆者が主催の創作百合サークル青華団にて、2024年冬コミ発行予定の『SM百合アンソロジー』の表紙を担当していただいている。昨年は『売春百合アンソロジー』の表紙を描いていただいた。
筆者のTwitterにイラストをアップしているので、岩見樹代子作品共々、チェックしていただければ幸いだ。
SM百合アンソロジー表紙
https://x.com/suzunagi_shin1/status/1868615715596689918
メロンブックス
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2707663
サンプルはこちら↓
売春百合アンソロジー表紙
https://x.com/suzunagi_shin1/status/1739262372173529256
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!