私が他人(ひと)を応援する理由
私には、推しがいる。
推しとはいっても、アイドルとか、アニメのキャラとかじゃない。芸能人でも、インフルエンサーでもない。
私が入っている、オンラインサロンのメンバーたちだ。
この記事にはメンバー四人をピックアップして紹介したが、私の推しはまだまだたくさんいる。
自分は何故こんなに人を応援するのだろう?
その理由を掘っていったとき、ある一つの答えが出た。
数年前、私が大学を中退してから、アメブロの発信に熱を注いでいたときのこと。
絶賛ニート(だったか、アルバイトだったか、ちょっとよく覚えていない)中で、とにかく暇だった。
中退をきっかけに自分の生き方を見つめ直し、当時はその熱き心境の変化を勢いのままにアメブロへ注いでいた。
もちろん、名もなきブロガーなので、アクセス数もフォロワーも2桁だった。
――まあでも、自分が好きでやってるだけだし。
数字のことはあんまり気にしていなかった。それよりも、自分の思いを綴りたい衝動がいつも上回っていた。
ブログを書き始めて半年が経った頃、生まれて初めて、ブログにコメントがついた。
まさか無名のブロガーに、コメントをする人がいるなんて……(というか、そもそも見てる人がいるなんて)
衝撃的すぎて、言葉が出なかった。
正直、どんなコメントだったかは全く覚えていなくて。
――けれど、私のブログが、言葉が、インターネットを通して誰かに伝わっているんだ、誰かのことを救っているんだ、ということにいたく感動した。
嬉しかった。胸が熱くて、全身が震えて、叫び出したい衝動に駆られた。
発信や表現、創作を辞めてしまうきっかけは、二つあると思う。
一つは、誹謗中傷などのトラブルがあったとき。
そしてもう一つは、結果が出ないとき。
頑張っているのに結果が出ないとき、多くの人は心折れるだろう。(私も今まで、何度心が折れたことか……笑)
私は今、発信や創作を頑張っている人に、どうしてもいいから、続けてほしいと思ってる。
もちろん、辞めることでまた新たな世界が広がることもあるから、一概には言えないけれど。
でも、発信や創作って、大抵の場合『好き』で『楽しい』から、始めるんだと思う。
『好き』で『楽しい』はずの発信や創作が、そのうち、続けていくと、義務感に駆られたり、アクセス数やフォロワー数を気にして、苦しくなったりする。
結果が出ないとき、その人を支えるのは、『言葉』だと思う。
揺るぎない言葉。
あなたのことを応援しているよという言葉。
あなたの発信が大好きなんだよという言葉。
私がブログ無名時代(今もだけど)、名前も顔も知らない、コメントをくれた人に支えられたように。
だから私は、なるべく『言葉』で伝える。
心が折れそうなとき、ギリギリのとき、思い出してほしい。
わたしは、あなたを応援しているから。
だから、負けないで。
って。
その人の心のお守りになったり、倒れそうなときの心の杖になっていればいい。
やめないでほしいから、だって、素敵だから。大好きだから。
――だから、私は、応援する。