劣等感と挫折の先にあった奇跡の話。
約一年前、こんな記事を書いた。
当時、私はとある作家さんのめちゃくちゃすごい活躍を目の当たりにして、心が死んだ。
その作家さんと自分の現状を比べては、死ぬほど凹み、劣等感まみれの思考で自分の運命を呪いまくってた。
なんで自分は○○じゃないんだろう
という、終わりのない、ないものねだりを延々と繰り返していた。
……そして、この記事を書いてから、気付けば約一年の月日が流れていた。
私は先日、こんなツイートを投稿した。
……そう、劣等感まみれで自我を見失っていた私が、まさに比べて落ち込んでいた件の作家さんに宛てて、ファンレターを書いたのだ。
そもそも、一年前に記事を書いたときは、その作家さんの本を読んでなかった。
その作家さんの本は、めちゃくちゃ売れていて、巷の評判もすこぶるよかった。
読みたかったけど、それ以上に、読むのが怖かった。
私は作家だ。だからこそ、素晴らしすぎる作品に出会ってしまうことで、心が折れることもある。
この作家さんの本を読めば、心が折れるかもしれない。
ずっと怖くて、読めなかった。
そんな私の現状を知っているコーチングの講師からは
「比べて延々と落ち込むぐらいなら、その人と精神的な距離を確保して、まずは自分(私)が健やかな精神を保てるようにしたほうがいい」
――と、アドバイスをもらい、確かにその通りだな、と思って、その人のTwitterを覗いたり情報収集するのを、あるときからいっさい辞めた。
そのおかげか、なんとか精神状態を正常に保てるようになった。少しずつ落ち込む時間が減っていった。
……それから半年以上が経った。
私は読書に没頭していた。日々、面白い本に出会いたいと願ってやまなかった。
私の脳内に、あの作家さんの本がふわりと舞い込んだ。
――読んでみたい、と思った。
それでも、怖い、という気持ちは消えなかった。
もしかしたら、心が折れるかもしれない。
もしかしたら、もう一生小説が書けなくなるかもしれない。
同業だからこそ、見えるものがある。感じ取れるものがある。そこに紡がれる物語の軌跡の素晴らしさを、誰よりも微細に感じ取ることができる。
だからこそ、誰よりも打ちのめされる覚悟が必要だった。
それでも、作家としてのプライドよりも、一人の読者として『面白い本と出会いたい』という気持ちが上回った。
シンプルだったが、それが決定打だった。
数日後、家に本が届いた。
私はどきどきしながら本を手に取った。
変な冷や汗が流れて、緊張した。そわそわして、ヒヤヒヤして、気持ちが上ずっていた。
ごくり、とつばを飲む。
椅子に腰掛け、机の上に本を置き、そっと、一ページ目を開いた。
私は、そこに描かれた物語に、登場人物に、圧倒され、感動し、心が震え、揺さぶられ、無我夢中になって読んだ。
最後の一行を読んで、本を閉じたとき
――あぁ、読んでよかった。
――こんな素晴らしい物語に出会えて、私は世界一の幸せ者だ。
全身が震えるほどの喜びと感動を噛み締めながら、心の底から、そう、思った。
結果、私の心は折れなかったのか?
それは、ノーだ。
私は、心が折れた。
しっかりと、ぽっきりと、折れた。
その作家さんの本の中には、私などには到底想像も及ばないような、美しくも逞しい文章がたくさん散りばめられていた。私はそれらの美しい文章を目の当たりにするたびに、何度も心を折られた。
そのときの心境を、Twitterに綴っている。
作家として、心が折れながら、しかし私は思った。
素晴らしい物語に出会うことは、自分自身をも成長させくれる。
小説の新しい可能性を知り、私もこんな物語を描けるようになりたいと、新たな目標がまた一つ生まれる。
そう。
作家として、これ以上ない豊かな産物を、私は受け取っていたのだ。
今でも、面白い本と出会ったとき、『心が折れるかもしれない』という怖さは消えない。
私が作家である限り、この怖さは消えない。
しかし私は知っている。
その怖さの先には、たくさんの素晴らしい物語が生まれ続けていることを。
その物語に出会うことで、作家の私がどれだけ感化され、創作意欲を掻き立てられるのかを。
いち読者としても、作家としても、素晴らしい物語に出会うことは、結局、喜びと幸福でしかないのだ。
私は重い腰を上げて、便箋を取り出した。
少しだけ迷って、しかしペンを手に取った。
『○○先生へ』
書き綴る。
私があなたから受けた数々の感銘を。数々の優しさと美しさを。あなたにしか描けない物語に、私がどれほど打ち震えたのかを。
そして、これからも創作活動を続けてほしいと願ってやまない人間が、ここにいるということを。
あなたが小説を書く限り、私はあなたの物語を読み続けたい。
それほどまでに、あなたの物語は、唯一無二の輝きを放っているから。
出来上がった文章を何度か読み直し、封筒に入れ、丁寧に封をする。
――この想いが、少しでも、光り輝くあなたの手助けになりますように。
切手を貼り付ける。
窓から日差しが差し込む。手の中にある封筒が、きらきらと光り輝いていた。
私は微笑みながら、そっと目を閉じた。
そして、祈るように、心の中で、愛を告げた。
――挫折を与えてくれたあなたが、いつしか、私にとっての、何よりの光になっていた。
あなたの本を読みながら、あなたの未来が見たいと思った。新しい物語をもっと生み出してほしいと願ってしまった。
それほどまでに、あなたの物語は美しかった。
あなたのことを羨ましいと思ってる。その気持ちは今でもある。
でも、それ以上に、私は、あなたのことを、あなたが紡いだ物語の全てを――どうしようもないほど、愛してしまった。
だから、これからも、どうか、書き続けてほしい。
あなたから見えるその美しい世界を、どうか、私にも教えてほしい。
それが、私にとっての永遠の光になるから。