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ハグ

 誰だって愛されたいはずなんだ。僕は愛されるために頑張って生きてるはずなんだ。だって、消防士になりたいだとか、パン屋さんになりたいだとか、そういう夢なんてない。結婚したい、家族が欲しいなんてのもない。義務教育だから学校に通った。みんなが行くから高校に入った。母さんが「大学は絶対に入りなさい」と言ったから、家から近い大学に入った。大学に入ったら、周りがアルバイトを始めていたから、アルバイトを探して、面接をして、落ちた。落ちた。落ちた。結局母さんに頼って、ようやくアルバイトができた。
 ホテルの清掃員。ベッドシーツと枕のシーツを変える。ゴミを集めて捨てる。浴室とトイレと手洗い場を洗う。アメニティを揃える。テレビや机をアルコール消毒して、清掃完了のチェックを入れて部屋を出る。これを通常は30分。一室で30分。僕は早くて40分が限界だった。文字を見れば簡単で、清掃道具を持って、文字通りにやってみると、身体が悲鳴を上げる。特に腰と膝が。
 冬は地獄だ。僕は静電気が嫌いで、ハンドクリームをバカみたいに塗って、ゴム手袋をつけてバイトをした。ベッドのシーツをまとめようとしたら、バチッと大きな音がしたんだ。輪ゴムを机に強く弾き当てたような音。ゴム手袋をしていたから痛みはなかったけれど、振動はあった。怖かった。あとは大学でも嫌なことがあって、英語の授業がある時だけ通った。テストが終わって、自慢ではないけれど、予想通り一番成績良く終えたので、中退しようと考えた。バイトも大学もやめたんだ。
 周りはよく言った。大学は楽しいって。青春の塊みたいなところだと思い込んでいた僕は、がっかりしたんだ。校舎は綺麗だけれど、人は汚かった。僕は人が今どんな感情なのかとかを感じ取れるから。大学の人は、学生は汚かった。僕は寡黙だから、それだけでみんな僕を嫌った。人と関わりたくないから喋らないことの何が悪いんだろう。それだけでどうして笑われなければいけないんだろう。嫌な目でクスクスと僕を嘲笑する。ただ立っているだけなのに、座っているだけなのに、歩いているだけなのに。全然楽しくなかった。もういい大人なのに、いじめ(犯罪)なんかやるんだ。
 僕は何のために生まれたのかな。家族から愛されるためだけに生まれた気がするんだ。でもそれだけじゃ足りない。それがわがままだとしても、僕はたしかに満たされていないんだ。どうして僕は生まれたの?
 みんな僕を愛して。僕の生きる意味を知りたい。

 みんな僕を抱きしめて。

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