剥製家族
ぼくの家族は、ママとパパとお兄ちゃんだけでいい。家族いがいは何もいらない。ママとパパとお兄ちゃんはやさしい。みんなぼくを「ひとりにしないよ」って言ってくれた。これって、ずっとぼくのそばにいてくれるってことだよね?でも、みんなうそをついたんだ。パパはお仕事に行っちゃうし、ママはお買い物しに出かけちゃうし、お兄ちゃんは大学に行っちゃう。ぼくからはなれてばっかり。だからね、ぼく泣いちゃったんだ。すごく悲しくて、何も考えられなくなるくらいたくさん泣いちゃった。そしたらね、みんなぼくのそばからはなれなくなったんだ。すごくうれしい。パパに「もうお仕事に行かない?」って聞いたら、うんって言ってくれた。ママに「もうお買い物しない?」って聞いたら、うんって言ってくれた。お兄ちゃんに「もう大学に行かない?」って聞いたら、うんって言ってくれた。みんな、ぼくのそばにずっといるよって言ってくれたの。ぼく、うれしくなって包丁をかたづけずにほうりなげて、みんなをぎゅってして、そのままリビングでねちゃった。
家族がそばから離れなくなって三年が経った。僕はもう十四歳。以前よりも力がついたから、みんなをベッドに寝かせてあげた。どんな時だって僕たちはずっとそばにいる。ご飯を食べる時も手伝ってあげてる。みんな飲み込めないから、お腹を割いて、消化しやすいようにぐちゃぐちゃにしたご飯を直接胃袋に入れている。排泄物の処理も代わりにやってる。でも、どこにあるのかわからないから、胃袋以外の体の中にある内臓をトイレに捨てた。詰まらせたらママに怒られるから、一つずつ流していった。
この日、僕らの生活が終わる。近隣住民からよく「異臭がする」と言われ続けてきて、警察が来ることはたまにあったけど、その度に「今は両親が仕事に行っているから」とか「お肉を腐らせて捨てるのを忘れた」とか適当に言うと帰っていった。令状がない限り、僕はずっと家族のそばにいることができる。今の警察はバカだから、僕らは自由だ。けれど、僕の失敗で平穏を失った。僕が買い物に行っている間、隣人が寝室の窓を割って、五六人が窓を覗いて驚愕した。僕は警察が来る前に帰った。隣人は僕を非難し、罵倒した。みんな僕を悪魔だと呼んだ。どうして僕が酷いことばかり言われなきゃならないのかわからない。ただ、今回はもうダメだなって思った。本当はわかってたんだ。あの日、泣きじゃくって我を失ったまま家族を殺した瞬間、みんなが死んだことはわかった。でも、認めたくなくて、怖くなって、僕は悪くないって何度も何度も言い聞かせて、そうしたらもう、何も考えられなくなった。死んでいるはずなのに、家族が僕に話しかけてくれているように錯覚して、僕は、あの頃からずっと錯覚してたんだ。僕はおかしいんだ。そんなの、もうとっくに知ってた。でもそれを認めたら僕は独りぼっちになる!それだけは嫌だ!家族がいればそれだけでいいんだ!それ以上は何もいらない!
パトカーの音が聞こえる。このまま捕まったら、僕はみんなと違う場所で死んじゃうのかな?ダメだ。家族は一緒じゃないとダメなんだ。あの日、家族を殺した包丁を使って、僕はお腹を刺した。躊躇ったりしなかった。怖さもなかった。一番怖いのは、家族と離れることだから。それ以外はどうでもいいんだ。
「痛かったんだなぁ……」
大粒の涙が溢れ出る。残りの力を振り絞って、お腹に刺さった包丁を抜いて、心臓近くを刺した。警察の叫び声と、ドアが蹴破られる音がして、それからは何も聞こえなくなった。目の前には家族写真が大量に貼られた天井が見えていたけど、音が聞こえなくなったのと同時に、もう、何も見えなくなった。みんなもこうだったのかな?ごめんなさい。こんなに痛かったんだね。ごめんなさい。ごめんなさい。次はもっといい子になるから。もう痛い思いはさせないから。また僕を、家族にして。
ごめんなさい。