カレーの香りと家族の色【1108文字】 #壁に少々らっきょう #毎週ショートショートnote
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『カレーの香りと家族の色 #壁に少々らっきょう #毎週ショートショートnote 』
のロングバージョンです。
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今年も美大に落ちた。
無気力になり、自室の天井を見つめる。
過干渉な母親。
浮気をしている父親。
不登校の妹。
自分に個性が無いのは
家族のせいじゃないだろうか?
もっと自分に個性があれば。
表現力があれば。
イライラは収まらず、頭を掻きむしる。
ドアがノックされ、母親が
廊下に、夕飯を置いたのがわかった。
何か呟いているが
上手く聞き取れないが
香りから夕食がカレーなのは
わかった。
部屋に立てかけられた
評価されない自分の作品達が
モノクロに見えた。
カレーの香りだけが
この空間で
現実感を醸し出していた。
ドアを開け、キッチンへ向かう。
テーブルでは、一見平和そうに
家族が食事を楽しんでいる。
キッチンから筆を取り出し
自分の作品を│描《えが》いていく。
テーブルの上のカレーが飛び散った。
真っ白な壁は巨大キャンパスだ。
カレーの香りに負けない様に筆を振る。
上下左右と筆が止まらない。
濃い色合いと香りが自分を
高揚させているのがわかる。
テーブルにあった筆を使い
細部も│描《えが》いていく。
鋭い爪の様に細い線を引いていく。
絵の具をパレットで混ぜ合わせる。
筆からグチョグチョと色が
混ざりう感触が伝わる。
そのまま
筆にたっぷりと絵の具がつけていく。
今まで作品を描く時に
味わえなかった快感。
こんなにも熱く筆と一体化した
感覚を得たことがなかった。
自分の求めていたモノは
こんなに身近にあったのだ。
白に200色以上あるように
赤にも200以上の色がある。
液体に混ざり流れる赤色の鮮やかさ。
パレットから、赤黒く生命を
感じる赤色。
他の色と混ざり合いカレーよりも
強烈な香りが自分を包み込んで
いくのがわかる。
頭のてっぺんから足の先まで、作品と
一体化していく。
全ての絵の具を使い切るために
自らの手で絵の具を取り出し
全身で作品を表現していく。
あたたかい色の照明にまで
飛び散った絵の具に
照らされた作品。
家族は歓喜の声をあげる。
自分を奮い立たせ
作成意欲が増す。
作品への賞賛に
家族への感謝を口にする。
カレーの香りと家族の色。
テーブルから転げ落ちている
福神漬けは多彩な赤を床に散りばめている。
蓋の閉まっているらっきょうの瓶を
手に取ると中に入っている
淡い色の涙を取り出す。
全身で作品と一体化した
家族の元に飾りつける。
壁まで母親を運び座り直してもらう。
壁に少々らっきょうを添えると
真っ赤に染まった作品の
差し色にピッタリだった。
遠くから眺めると母親の涙の様にコロンと
らっきょうが転がった。
赤黒く変わっていく絵の具と
カレー、福神漬けとらっきょうの
香りが混ざり合い部屋中に充満した。
作品は生命の神秘を
表現した鮮やかな作品に仕上がった。
注目を浴びた自分の作品は
芸術のわからない人々によって
モノクロで発表された。
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