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【発狂頭巾エレキテル第8話:火消しカラクリ大炎上!】

(これまでのあらすじ:目の前で家族を殺されたトラウマ(妄想)が八百八個ある狂った同心の吉貝は、平賀源内に脳内エレキテルを埋め込まれたことでトラウマを抑制し、日常を取り戻した。しかし、空が鈍く曇るとき、天候によって脳内エレキテルの効果が薄まると、持ち前の狂気を発揮して悪党を成敗していたのだ。)

「キチの旦那、起きてやすかい?」
吉貝の長屋の扉を叩くハチ。
「なんだぁどうしたハチ?今日は非番だぞ」
同心の吉貝はあくびの一つでもして寝ぼけ眼で出てきた。
「源内先生からコレをもらいやして、一緒にどうですかね?」
ハチは懐から紙切れを2枚取り出した。

「なになに?大カラクリ屋敷招待状?」
「最近できた見世物小屋ですよ。なんでも源内先生が協力して大カラクリ屋敷をつくったそうですぜ」
源内先生とは、言わずと知れた江戸のカラクリマッドサイエンティスト平賀源内であり、吉貝の脳にエレキテルを埋め込むほどの知識を持っている博識者だ。

「しかし、見世物小屋なあ……」
「ま、そんな事言わずに、どうせタダなんですから」
吉貝はあまり乗り気ではなさそうだったが、タダという言葉とハチの押されて、しぶしぶ出かけることにした。

……街のハズレの見世物小屋郡の、さらにハズレの方に、そのカラクリ屋敷は立っていた。それは、屋敷というよりは、もはや現代の移動遊園地のような規模だった。
「さあさ!摩訶不思議なカラクリ屋敷によってらっしゃい見てらっしゃい!」
背中にノボリを背負った呼び込みが元気に叫ぶ。

「ずいぶんとでけえ屋敷だな……」
吉貝が眼を丸くして屋敷を見上げる。
「へえ、中にはもっと驚くようなカラクリがあるって話ですぜ。源内先生全面協力ってんですからね」
ハチは入り口で招待状を見せると、吉貝を引っ張るように一緒に門をくぐり抜けた。
「これは……」

門をくぐり抜けたとき、吉貝の眼が変わった。
「……懐かしいな。子供の頃に来たときと、なんも変わってねえじゃねえか」
無論、大カラクリ屋敷は数日前に出来たばかりで、吉貝が子供の頃にあったわけがない。
「へえ、そうですかい」
ハチはサラッと流す。

「おお!見ろ、ハチ!茶釜回しだ!懐かしいな……」
吉貝は、複数の巨大な茶釜をもした乗り物がくるくると回るカラクリを指差す。
「父と一緒に乗ったことがあったのだ……」
吉貝の脳内には、子供の頃の鮮明な思い出(妄想)が、まるで在りし日のように蘇っている。

いつからだっただろうか、吉貝は家族を失い、そのトラウマを克服するためか、偽りの思い出を作り出し、家族がいない現実と混濁し、記憶の中で何度も家族を失っている。そうこうしているうちに、真偽はあいまいになり、はたから見れば狂っているような言動が目立つようになった。

しかし、吉貝の同心としての腕前は確かなものであり、源内先生とハチの力添えによって日々の生活をおくっている状況だ。
「旦那、せっかく来たんですし、いろいろ見てみましょうや」
「ああ、そうするか!」
いつの間にか吉貝の顔には笑みが浮かんでいた(瞳はどこか遠くを見ていた)。

現代のティーカップのようなカラクリに乗る吉貝とハチ。
「わははは!」
「旦那ぁ!回しすぎですよぉ!」
現代のジェットコースターのようなカラクリに乗る吉貝とハチ。
「うぉおおおお!!」
「うひゃああああ!!」

……ひとしきり楽しみ、そして日も落ちそうかというとき、現代の観覧車のようなカラクリに乗った吉貝とハチは、江戸の町を見下ろしていた。
「ハチ、今日は久しぶりに亡き父を思い出せた。ありがとう……」
沈みゆく夕日を見つめる吉貝の眼はどこか遠くを見ていたが、清々しいほどに瞳が澄んでいた。

ハチは、そんな吉貝を久しぶりに見た。いつもの苦しい思い出(妄想)ではなく、楽しかった思い出(妄想)に浸る吉貝は、まったく狂っているようには見えない。
「旦那……また機会があったら来ましょうや。今度は源内先生も一緒に」
「ああ、それがよいな……」

……その夜。
「大変だぁ!火事だぁ!火事だぁ!」
飲み屋で一杯やっていた吉貝とハチはその声に反応して店を飛び出す。
「なんだって?いくぞハチ!」
「へ、へい!あ、お勘定置いとくよ!」
江戸の火事は長屋を伝わり延焼する。もたもたしていれば巻き込まれてしまうかも知れない。

しかし、今回は巻き込まれる心配はなさそうだ。火の手はかなり遠く、すでに火消したちが集まって消火活動を行っている。
「ソイヤァ!ソイヤァ!」
江戸の消火活動といえば、基本的には延焼を防ぐための破壊活動だ。力自慢の火消したちが大木槌などの道具で家を粉砕していく。

「この分ならあっしらが出ていく心配はなさそうでさぁ」
「バカヤロめぇ。そもそも酔っぱらいが出ていったところで何になるってんだ」
「ハハ、ちげえねえ」
2人は酒が回っており笑い合うが、明日のことを考えると笑みが失せた。
「……ハチ、明日は忙しくなりそうだ」
「……へえ、さようで」

……翌日、吉貝とハチは昨夜の火事の調査を行っていた。もちろん、他の同心たちも集まり、物騒な話し合いをしている。
「昨日の1件、ありゃあ火付けの仕業じゃねえかと思う」
「だろうな。火元が空き家だってんだ。そんなところから火が出るわけがねえ」

江戸の町は火災に弱い。木と紙を主な素材とした長屋はあっという間に火の手が広がり、消火不可能な大火災へと発展する可能性もある。ゆえに、火付けは大罪であり、下手人はなんとしても捉えなければならないのだ。

「しかし、そうは言っても証拠も何もあったもんじゃねえ」
「それよりも、材木が足りねえって話も出てる」
「材木が無ぇ?」
「なんでも少し前に材木を大量に買い占めたやつがいるって話で……」
ぼんやりとしていた吉貝は、その言葉に急に目を光らせた。
「その話、どっから出てきたんだ!?」

「うぉお!キチ!どうした血相変えて?」
「いいから教えろ!俺はそいつを当たる!」
「当たるったってお前ぇ、そんなことより火付けのだな……」
「ええい!ごちゃごちゃ言うな!!」
吉貝の眼が濁る。こうなってはもう、吉貝を止めることはできない。
「わ、わかったよ!材木問屋から聞いた話なんだがな……」
同心たちはひとしきり知っていることを吉貝に話した。

……噂の出どころを聞き出した吉貝とハチは、材木問屋にやってきていた。
「材木の買い占めがあったと聞くが」
「へえ、一月ほど前ですかな。あの何やら巨大な見世物小屋を作るとかで大量の材木を買っていただきましてな。今回の火事で長屋を立て直す材木が用意できませんでして」

「なるほど……」
吉貝はすでに真相にたどり着いたような口ぶりだが、ハチはそれを咎める。
「だ、旦那、まだ証拠も何も見つかってないんですぜ」
「しかしな、ハチ……ぐあああ!」
吉貝が突然頭を抱えて苦しみだした!
「だ、旦那!しっかりしてくだせえ!」

吉貝のトラウマ(妄想)が脳にフラッシュバックする。危険な状況だ。
「と、とにかく源内先生のところに行きやすよ!」
ハチは吉貝に肩を貸し、引きずるように材木問屋を後にした。

「先生!源内先生!」
ハチが長屋の1室のふすまを開けて叫ぶ。
「吉貝のやつか」
源内先生と呼ばれた老人は驚きもせずに2人を部屋に招き入れる。部屋の中は奇妙なカラクリで溢れかえっていた。ここは江戸一番の発明家でありカラクリ狂いでありエレキテルの第一人者でもある、平賀源内のすみかだ。

「フウゥー……!!」
血走った眼で今にも暴れまわりそうな吉貝。どうにか必死に堪えているが、手早く処理が必要だ。
「ハチ、ちょっと離れててくんなよ」
両手に電極を持った源内が、吉貝のこめかみを挟み込むように電極を押し当てる。
「アギャギャギャギャッ!!!!」

凄まじい電流が吉貝の脳を駆け巡り、脳内に埋め込まれたエレキテルを活性化させ、吉貝のトラウマ(妄想)を抑え込む。
「どれ?どうじゃ?」
源内が電極を離すと、ぐったりとうなだれた吉貝は平静を取り戻す。
「いつもすまねえな……源内先生」

「キチの旦那、また例のアレですかい?」
「ああ……あの大カラクリ屋敷、なんか足りなかったと思わねえか?」
吉貝は先程掘り起こされたトラウマ(妄想)を大カラクリ屋敷と重ね合わせて語り始めた。
「足りなかった、ってどういうことですかい……?」

「思い出したんだが、俺が昔行ったときには、あの大カラクリ屋敷はもっと大きくてな。たしか、しばらくしてから増設してたんだ」
「はあ、そうですかい……」

当然、あのカラクリ屋敷は幼少の頃に吉貝が父と共に行ったカラクリ屋敷(妄想)ではない。

「まだ増設用の材木を確保してるはずだ。ハチ、行くぞ」
吉貝は立ち上がり、源内の部屋を飛び出した。
「ま、待ってくださいよ!あっしも行きます!」
「頼んだぞ、ハチ。吉貝を助けてやれるのは、お前さんだけなんじゃからな……」
源内は、慈悲深く、あるいは哀れみに富んだ眼で、2人を見送った。

……吉貝とハチが大カラクリ屋敷にたどり着く頃、すでに大勢の大工たちが材木を運び出していた。
「こりゃあいったい……」
あっけにとられるハチ。
「おい、その材木はどうしたんでぇ」
吉貝が大工の1人を呼び止める。
「あの大カラクリ屋敷から買い取ったんでさぁ」

「買い取っただと?」
「へえ。材木問屋に行っても材木は品切れだってんで、新しいカラクリを作るために買っていた材木を売ってくれるように頼んだらあっさり売ってくれまして。まあ、多少値は張りましたがね」
「そうか……、ご苦労」
吉貝の返事を聞くと、大工は急いで材木を運んでいった。

大工を見送る吉貝に、ハチが声をかける。
「別段怪しいことはなさそうですぜ、旦那」
「うむ、そのようだな……」
言葉では納得しているようだが、吉貝の瞳は依然として何かを睨みつけていた。
「ハチ」
「なんです?」
「またすぐに火付けが起きるぞ」
「なんですって?」

……その夜。
「火事だぁ!また火事だぁ!」
鳴り響く半鐘の音に叩き起こされたハチが現場に行くと、すでに吉貝が腕を組んで燃える長屋を見つめていた。
「ず、ずいぶんと、は、早いですね」
ハチは膝に手を当てて息を切らしながら吉貝を見上げる。

「見回りをしておったからな。だが、下手人は見つけられなんだ……」
吉貝は悔しさに拳を握りしめる。
「証拠だ、証拠がいる……」
燃える長屋を見る吉貝の眼は、暗く深い炎が燃えていた。

……翌日。スターン!!
「源内先生!!!!」
朝っぱらから源内の部屋の戸を勢いよく開いたのは吉貝だ。後からハチもついてきている。
「な、なんじゃこんな朝から」
「大カラクリ屋敷の招待状をよこせ!!!!」
「大カラクリ屋敷?」
「今朝からずっとこんな感じで話が通じねえんですよ!」

「あの大カラクリ屋敷の中に必ず証拠がある!!火付けの証拠を掴むために潜入調査が必要なのだ!!」
「ずっとこう言って聞かねえんですよ……」
さすがのハチも少々困り果てている。
「ふむ……そういうことなら持っていけ」
源内は引き出しから半紙を取り出すとサラサラと一筆したためた。

「これで入れるだろう」
「かたじけない!!」
吉貝はそれを受け取ると走り出しそうになる。
「待て吉貝!」
源内の声に吉貝は足を止める。
「よいか?それが使えるのは今日限り一度きりじゃ。何度も使えば怪しまれる。ゆえに、よいか?冷静になるのじゃ」

「かたじけない……」
暴走する牛車の如く走り出しそうだった吉貝は、武家屋敷に赴く馬のようにおとなしくなった。源内の言葉で僅かな正気を取り戻したのだ。

「よし、行くぞ」
「へい、旦那」
2人は静かに大カラクリ屋敷へと向かって歩み始めた。

……大カラクリ屋敷についた吉貝とハチは、客を装ってカラクリで遊ぶフリをしながら屋敷内をくまなく調べていく。吉貝の瞳は決断的にギラつき、一切の証拠を見逃さんと血走っていた。

現代のティーカップのようなカラクリに乗る吉貝とハチ。吉貝は真顔で無言。
「……」
「旦那、少しは回さないと怪しまれますぜ」
現代のジェットコースターのようなカラクリに乗る吉貝とハチ。吉貝は真顔で無言。
「……」
「うひゃああああ!!」

……ひとしきり調べ尽くし、そして日も落ちそうかというとき、現代の観覧車のようなカラクリに乗った吉貝とハチは、屋敷内を見下ろしていた。
「ハチ、見つけたぞ……」
吉貝の目線の先には、例の材木問屋が奥へと入ってく扉があった。

「いや、まさか。ただの商談じゃあねえですかい?」
ハチは吉貝の気をそらそうとしたが、すでに時遅し。
「じゃあ、行ってくる」
吉貝は遊具から身を乗り出し、地面に向かって飛び降りていた!
「だ、旦那ぁ!!」
「痛えええ!」
地面に落ちた吉貝はこれみよがしに足を抑えて苦しがる。

悶え苦しむ吉貝に大カラクリ屋敷の従業員が駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!」
「足が痛え……少し休ませてくれねえか……」
「へえ!おい!大八車だ!」
従業員が二人がかりで吉貝を大八車に乗せると、奥の従業員休憩所へと運ばれていった。

……奥の部屋に寝かされた吉貝は、従業員がいなくなると何事もなかったかのようにすっと立ち上がる。まるで足など痛めていないようだ。実際のところ、吉貝は大した怪我をしていない(仮に怪我をしていたとしても狂気で立ち上がっただろうが)。

「どこだ……」
吉貝が先程の材木問屋を探して徘徊すること暫く、ついに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「旦那様には大変お世話になっております」
「うむ……」
材木問屋の声だ。話す相手は誰か分からぬが、おそらく大カラクリ屋敷の主であろう。

吉貝はおもむろに柱をよじ登り天井裏へと移動。まるで忍者のように2人が話す部屋の屋根裏へとたどり着き、耳を澄ます。
「材木を買い占めて頂いただけでなく、此度の火事で不足した材木の取り回しは流石流石」
「……わかっておる」
やたらとヨイショする材木問屋に、屋敷の主は包みを渡す。

材木問屋は包の重さを確かめるとニンマリと笑い、懐に収めた。
「しかし、もう一度火事になれば材木の量は足りなくなり価格は高騰することでしょうなあ……いや、そうなればまた、ここの材木を買いたいという引く手も数多……」
「わかっておるわ」
これはもしや、次の火事を起こす算段か!?

決定的な証拠を掴んだ吉貝、と言いたいところだが、2人にしらばっくれられれば終わりだ。それに、実際に火をつけた下っ端は他にいるはずだ。こうなれば、現行犯で引っ捕らえるしか無い……!吉貝は思考を高速回転させ、ある記憶(妄想)を思い出した。
「あれだ……!」

吉貝は蜘蛛のような素早さで天井裏から去ると、ハチのことも放っておいて大カラクリ屋敷を飛び出した。

……その夜。江戸の町のハズレのハズレ、ボロボロの荒れ寺に吉貝は佇んでいた。空は曇り、月も星も隠れている。こういった天候の夜は、特に吉貝の脳内エレキテル出力が不安定になり、吉貝の狂気がブーストされる。

「きぃええええい!!」
突如、吉貝は荒れ寺の床を拳で叩き割る!腐りかけた床板が割れると、床下には巨大な空間がひろがり、そこには巨大な人型のカラクリが格納されていた。
「あったぞ!これだ!」

吉貝の記憶(妄想)のとおり、確かにそこに巨大人型カラクリは存在した。それは源内が若かりし頃に作成した火消し用のカラクリだ。だが、その複雑な操作方法ゆえ誰にも操縦することが出来ず、こうして格納されていたのだ。

存在しないはずの記憶、存在しないはずのカラクリ。しかし、それは確実に存在している。脳内エレキテルが吉貝を導いたのか、あるいは単なる偶然か、あるいは、真の記憶だったのか……。それは定かではないが、今はさほど重要なことではなかった。

月明かりも星明かりもない中、吉貝は記憶(妄想)を頼りに手探りで巨大人型カラクリに乗り込む。そして、手探りで巨大人型カラクリを起動せしめたのだ!
「卑劣な材木問屋め……許すまじ!」
荒れ寺が爆散し、巨大人型カラクリが飛び出した!

……一方その頃。
「か、火事だぁ!!」
よもや!3日連続の火災発生!しかも火災箇所は火消しの駐屯所からかなりの距離がある!逃げ惑う人々!燃え広がる炎!もはや長屋一帯が火に飲まれるかというその時!
『ソイヤァ!!!!』

一帯に響き渡る怒号一閃!巨大な何かが長屋を”踏み潰した”のだ!これで火災の延焼は防がれた。
「な、なんだあれは!」
逃げ惑う町人は、その巨大な何かを見上げる。漆黒と朱の漆で覆われたその巨体は、さながら火消し仁王像だ。

「は、離してくれーっ!」
火消し仁王像の手につままれている町人が1人、体をジタバタとさせている。
『これこそが此度の火付けの下手人である!認めろ!認めねば放り投げるぞ!』
「はいいい!俺がやった!材木問屋の親分の命令で俺がやりまししたああ!」
死にたくない一心で洗いざらい自白!

『聞こえたかあ!材木問屋!ならびに共謀者の大カラクリ屋敷よ!』
「共謀者?」
「どういうことだ?」
町人たちがざわつく。
『三夜にわたっての大火災、すべては材木買い占めと高値売りつけで私腹を肥やさんとする悪鬼の所業なり』
「そ、そうだ!全部話した!だから、た、助けてくれー!」

「なんてやつらだ!」
「ゆるせねえ!」
足元の町人たちが騒ぎ立てる。もはや暴動かと思われたその時。
『あることないことべらべらと喋りおってぇ!!』
大カラクリ屋敷のエレキテル拡声器から声が響く。

『そのような火付けのことは知らぬ。脅されて嘘を言っているに違いない』
『何ぃ?まだシラを切ると申すか』
漆黒と朱の巨大人型カラクリから吉貝の声が轟く。だが、大カラクリ屋敷の方は動じない。
『皆の衆、そのような狂人の戯言など聞くでない!あやつはこのまま一帯を破壊する気だぞ!』

「狂人……だと……?」
火消しカラクリ操縦席に座る頭巾の男、吉貝の目つきが変わった。
「金儲けのために火付けを行い私腹を肥やし、民草の暮らしを破壊した……」
頭巾は座席横のハンドルを回すと、木の玉がついたレバーのようなものが現れた(どう見てもビブラスラップにしか見えない)。

頭巾は右腕を大きく振り上げ、
「狂うておるのは……」

レバーに向かって振り下ろした!

「貴様らではないか!!!!」

カァーッ(例の音↓)!!

突如巨大カラクリの頭上に暗雲が立ち込め激しい落雷が一閃!落雷はカラクリ全体に行き渡り活性化!

当然ながら操縦席の吉貝にも落雷が突き抜け、脳内のエレキテルが活性化される!この状態の吉貝は、常軌を逸した身体能力を発揮するのだ!!
『ギョワーッ!!』
覚醒!!巨大カラクリ”ダイハッキョー”!!

ダイハッキョーは大カラクリ屋敷を踏み潰さんと前進!
『こうなればお前を倒し、全てをもみ消してくれるわ!!』
大カラクリ屋敷がガラガラと音を立てて変形し、なんたることか!白漆喰の巨大人型カラクリとなったのだ!
『こんな事もあろうかと用意しておいたのよ!』

『ギョワーッ!!』
ダイハッキョーはまるで中に人間が入っているかのようななめらかな動きで巨大木槌をぶん回す!カラクリ屋敷ロボもまるで中に人間が入っているかのようななめらかな動きで漆喰の盾を構え、巨大木槌の打撃を防ぐ。
『その程度か?』

『これでも喰らえい!』
カラクリ屋敷ロボの胸部が開き、油壺と火矢が放たれる!いかに漆で防腐加工を施していようと、ダイハッキョーの素材は木材。火矢の命中地点から火の手が上がる!
『ふはは!そのまま焼け死ね……なにぃ!?』

『ギョワーッ!!』
ダイハッキョーは自身の炎上を物ともせずに巨大木槌を大上段に振り上げる。さながら杭を右端とする大工のごとし!そのまま重量に任せてカラクリ屋敷ロボに向かって叩きつけた!
『ギョワーッ!!』

漆喰の盾で巨大木槌を受け止めるカラクリ屋敷ロボ、だが!
『ば、バカなぁ!』
大木槌の重さと重力、そして自身の漆喰の重さによって、全身のカラクリが大きく軋みだす!
『ぬおおお!狂人めがああ!!!!』
『然り!!我が狂気で持って介錯してくるわ!!』
一瞬の正気を取り戻した吉貝は更に力を込める!

『ギョワーッ!!』
巨大木槌はカラクリ屋敷ロボを粉砕!
『うわああああ!!』
体内に仕込んでいた大量の油壺や火薬に火の手が周り爆発炎上!

だが、ダイハッキョーも無事ではない。火の手は全身にまわり、もはや身動きすら取れない状況になっていた。
「旦那ァ!旦那ァ!」
足元でハチが叫ぶが、ダイハッキョーは動かない。このまま焼け死んでしまうのか……?その時だ!

「ソイヤァ!」
「ソイヤァ!」
「ソイヤァ!」
「ソイヤァ!」
「ソイヤァ!」
「ソイヤァ!」
江戸中の火消したちが集結し水をまきながらダイハッキョーの操縦席にはしごを伸ばした。
「今助けるぞ!ソイヤァ!」
火消しはバールのような器具で歪んだ操縦席をこじ開けた!

「ギョワーッ!!」
ダイハッキョーから発狂頭巾がまろび出て地面を走り、そのまま近くの水桶に頭から突っ込んだ!それを見たハチは懐から電極打ち出し銃(エレキテルテーザーガン)を取り出し、発狂頭巾に発射!
「アギャギャギャギャ!!!」
突然痙攣してぶっ倒れる発狂頭巾!

「旦那!しっかりしてくだせえ!」
「お、おお、ハチか。……火付けの件はどうなった?」
「ご覧のとおりでさあ」
吉貝の目の前に、燃え盛る巨大カラクリがあった。そして、懸命に消火活動を繰り広げる火消したちと、ダイハッキョーが放り投げていた火付けの下手人の姿もあった。

「とにかく一件落着ってことですぜ、旦那」
ハチは吉貝の肩を叩く。
「ああ、そうだな……」
少し寂しそうな、そして澄んだ瞳で空を見上げる吉貝。空には雲ひとつ無く、お月さまが輝いていた。

……翌朝。三夜に渡る連続火付け事件は無事に解決し、江戸の町は平和に戻った。吉貝とハチは見回りのために江戸の町をブラブラと歩く。
「ハチ、平和ってのは良いもんだな」
「へい。まったくでさあ」
吉貝の顔は、どこか寂しそうな雰囲気が残ったままだった。

「旦那、どうしたんですかい?」
「いやな、大カラクリ屋敷が燃えちまったのが少し残念でな……」
たとえ妄想の記憶であっても、吉貝にとっては一つの思い出であり、正気の拠り所でもあったのだ。だが、いまはもはや焼け跡となり、それは吉貝の心にも焼け跡の記憶(妄想)として上書きされていた。

しかし、少なくとも、妄想の記憶は現実の記憶と重なり、大カラクリ屋敷の記憶が狂気を生み出すことはなくなった。こうして事件を解決していけば、すべてのトラウマ(妄想)を克服して、昔の旦那に戻ってくれる日が来るかもしれない。ハチは思い、吉貝の顔を見る。

「旦那、元気だしてくだせえや……あ、そうだ!材木の買い占めが不正だったってことで大工たちに材木が行き渡ったようでして。みんな旦那に感謝してましたぜ」
ハチの言葉を効いて顔を上げる吉貝。1日目に焼けた長屋はすでに片付けされ、大工たちが元気よく立て直しているのが見えた。

「……そうさな、俺もいつまでもくよくよしてらんねえな」
吉貝は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、落ち着いた顔でハチを見た。
「機能はかなり無理しちまったからな、明日からの元気のためにも、いっちょ源内先生に見てもらうとするか!」
「そうしましょう!」

天下泰平お江戸の町に、つかの間正気が戻るとき、吉貝の心もまた、つかの間正気を取り戻す。お江戸に狂気が満ちるとき、吉貝もまた狂い咲く。狂っているのは、お江戸かはたして吉貝か。明日の吉貝、正気か狂気か、それはお江戸の闇次第。

【発狂頭巾エレキテル第8話:火消しカラクリ大炎上!】

おわり

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