魔法航空力士少年┳聖丸
聖丸は空に浮かぶ巨大な球体を睨む。半径およそ100mの蒼い球体型土俵(エンゲージリング)、中央に仕切る河童力士は聖丸を見下ろして仕切りを誘う。
「気合い入れていくでゴワス!」
力士妖精オヤカタが聖丸の背中に回り、角融合八卦炉(かくゆうごうはっけろ)に力水を注ぐ。
「おう!!」
聖丸の『友を助けたいという覚悟』が角力(かくりょく)に変換され、角融合八卦炉(かくゆうごうはっけろ)を回す。
ギュン……!
毎時一万回転!背中に角翼が展開!
毎時二万回転!八基の角ジェットに火が灯る!
ギュウン……!
毎時四万回転!空中球体型土俵(エンゲージリング)に向かって角力花道(アプローチライトニング)が伸びる!
毎時八万回転!聖丸が仕切りの離陸体制を取る!
ギュウウン!!
毎時十六万回転!安定速度となった角融合八卦炉から角エネルギーが迸る!
ドキイィィィッ!!
角ジェットが火を吹いて聖丸が飛び立つ!
【角融合八卦炉全機能良好(ハッケヨイ)!!】
今、魔法航空力士少年┳聖丸の初取組の火蓋が切って落とされた!!
――――――――――
時間は昨日に遡る。
4月の東京。年度始まりの行事が終わり部活動が解禁された日。
中学二年の少年、塩海浜 快晴(しおみはま かいせい)は、相撲部の申し合い(※取組を行い、勝ったほうが土俵に残って次の挑戦者を募る勝ち抜き形式の稽古)を見学していた。
「はっけよい……」
行司役の少年の声で、廻し姿の2人の少年が手をつく。
「……のこった!」
行司役の生徒の声で2人の少年は一斉に立ち上がり、がっぷり四つに組む。
「押せ!押せ!」「下手取ったぞ投げろ!」
周りを囲む大勢の部員から声援が飛ぶ。
「うおりゃあ!」
下手を取った少年力士が、見事な下手投げを決めた。
勝ったのは凩 勇也(こがらし ゆうや)、塩海浜が相撲部で知り合い、意気投合した親友だ。
「よし、次!」
凩が次の相手を呼ぶと、数名の希望者が土俵に入ってきた。だが、その中に、塩海浜の姿はなかった。
土俵上の凩を見る塩海浜の目は、羨ましそうでもあり、虚しそうでもあった。
「どうだ、塩海浜?足の具合はもういいんだろう?」
「はい、まあ……」
顧問の先生に話しかけられ、塩海浜はぼんやりと答える。
「四股もできるようになったんだ。お前がやりたいって言えば、申し合いも……」
「いえ、まだやめておきます」
「そうか……」
塩海浜の返事に、顧問はそれ以上の声をかけなかった。塩海浜は昨年、取組中に怪我をした。足首をひどく痛める大怪我だ。幸いなことに後遺症もなく完治したものの、怪我による恐怖心が、心を蝕んでいた。
塩海浜の体は、決して大きいとは言えない。対戦する少年力士は圧倒的に大きい相手だらけだった。だから、塩海浜は技を磨いた。その器用さで、中学一年にして相撲部の期待の新人と評価されるほどの業前だった。だが、怪我をしてからは気の弱さが目立ち、相撲部にも居場所は少くなってしまった。
「なあ塩海浜、そろそろ俺との決着をつけようぜ?」
浮かない顔の塩海浜に、凩が声をかける。
「ハハ、万全じゃない僕を倒しても意味ないだろ?」
塩海浜はごまかすように笑う。
「まあ、そりゃそうだな!」
塩海浜と凩の練習試合の戦績は五分と五分。凩も塩海浜と同じく小兵であり、その点でも気が合った。また、塩海浜は冷静で、凩はどちらといえば熱い。そんな正反対の面も、意外と息が合っていた。
「最初の練習試合は必ず俺と取り組みだからな!待ってるぞ!」
凩はそう言うと、次の相手を指名し、稽古を再開した。
――――――――――
その日の帰り道。塩海浜は一人で家へと向かっていた。
(僕だってわかってるんだ。足は治ってて、ただ、僕が怖いだけなんだって……でも……)
塩海浜だって相撲を取りたい。だが、それ以上に、怪我への恐怖心が強かった。
(僕だって……土俵に立ちたいんだ……!)
塩海浜が悩んでいた、その時だ。
〈キン!〉
「え……?」
どこからともなく、拍子木の音が聞こえてきた。
〈キン!キン!キン!〉
「どこ……?」
塩海浜は周りを見渡すが、ここは住宅街の路地、音の出処はわからない。
〈キンキンキンキンキンキンキンキン……〉
拍子木のリズムが早まり、周りを不気味な風が吹き荒れた。塩海浜は風の勢いに思わず目を閉じる。
「うわあ!」
〈……キキン!!〉
……拍子木のリズムが止まった。塩海浜が目を開くと、そこは土俵だった。
「え……!?」
塩海浜は驚いた。無理もない。さっきまで狭い路地だった場所は開け、自分はいつの間にか廻し姿となって土俵にいるのだ。そして、更に驚くことがあった。塩海浜の目の前で仕切りの構えを取っていたのは、甲羅を背負った緑色の肌の生物だ。
「……河童!?」
然り、河童だ。河童は嘴の口角を上げてニヤリと笑う。嘴が動く?だが、少なくとも、塩海浜にはそう見えた。
(なんだろうこれ……夢、だよね……夢に決まってるよね……)
”河童と相撲を取る”という常識離れした現実に、塩海浜の頭は混乱を超越し、できる限り理解可能な自己解釈を築き上げた。
そして。
「どうせ夢なら……」
塩海浜は土俵に入り、
「……怪我だって怖くない……」
仕切り線の手前に立ち、
「……取ってやる……」
仕切りの体制に入る。
「……河童と相撲、取ってやる!」
塩海浜が静かに両拳を土俵へと下ろす。それを見た河童も、同時に両手を土俵へと下ろす。
……塩海浜と河童の”気”が合った。
『ハッケヨイ!!』
塩海浜と河童が立ち上がるとほぼ同時に行司の声が響き、取組が始まった!
「カパッ!」
真正面から塩海浜の廻しを狙う河童が腕を伸ばす。だが、塩海浜はこれを弾き、素早く河童の廻しに手を伸ばし掴む。両手が下手となった、完璧な”もろ差し”の体制だ。
「カァ!?」
河童は塩海浜の素早さに動揺する。だが、河童は動揺すらする猶予はなかったのだ。すかさず塩海浜の右足が浮足立った河童の足の間に入り、そのまま河童の左足を絡め取った。
「カッ……!」
河童が気づいたときには全てが遅かった。
「えいやあ!」
もろ差しを取られ、足も取られ、バランスを崩した河童は、なすすべもなく、背中から土俵へと叩きつけられたのだ。時間にしてわずか数秒の決着である!
『決まり手は内掛け!内掛けで人間の勝ち!』
どこからともなく取組結果を告げる声が聞こえたかと思うと、塩海浜は元の通学路に立っていた。
「今のは一体……」
ここは通学路の住宅街で、服装も制服だし、かばんも背負っていて靴も履いている。河童との相撲は、自分の心が見せた幻覚だったのか?
「まさか、ね……」
だが、塩海浜の手には、河童を打ち負かした熱が、まるで本物の取組後のように、強く、そして、熱く、残っていた。
「ハハッ、僕、疲れてるのかな……」
手を払って自称気味に笑うと、塩海浜は再び歩き出す。
「……うーむ、決めたでゴワス」
……帰路につく塩海浜を見送る1つの視線があったが、そんなことには気づかず、塩海浜は家に帰った。
――――――――――
夜、塩海浜は不思議な夢を見た。塩海浜はパジャマ姿のまま、土俵を見上げて立っていた。見上げて?然り、目の前の土俵は、部室の土俵と異なり、土が盛られている。まさかと思い塩海浜は周り渡す。
「ここってもしかして……?」
四角く盛り上がった土俵の周囲を囲む座布団、その周囲を広く囲む枡席。さらにそれを囲む2階席……紛れもない、ここは、両国国技館だ。
「相撲が取りたくないでゴワスか?」
声は土俵の中央から聞こえてくる。塩海浜がその方向を見ると、そこには全長20cmくらいの小さな力士が”浮いていた”。
「力士が、浮いてる……?」
夢とは言え、あまりにリアルな両国国技館。その神聖な土俵の中央で浮遊している超小型力士。塩海浜にとって、これほど夢だとわかりやすい世界はなかった。
「先の河童との取組、見させてもらったでゴワス。みごとでゴワした」
「河童って、もしかして……」
「そうでゴワス。実に素晴らしい技の相撲でゴワした」
塩海浜は今日の帰り道のことを思い出す。河童と相撲をとった白昼夢。夢だからこそ怪我を恐れず立ち会えた、そんな取組だった。もし、また相撲が取れるなら、怪我を恐れず相撲が取れるなら……。
「……僕、また河童と相撲を取りたい」
塩海浜の心は、怪我をしたくないという逃げ腰であった。だが、同時に、相撲を取りたいという熱もあった。揺れ動く”心”が、ここで相撲に傾いた。
「その言葉、間違いないでゴワスか?」
「……うん」
塩海浜は土俵に上がり、浮遊する超小型力士の前で蹲踞する。その瞳は、闘志に燃えていた。
「僕だって、力士なんだ!」
塩海浜が右足を大きく上げ、四股を踏む!
ズゥゥゥンッ!!
塩海浜の体重からは想像もできない轟音が国技館に響く。
「おお……おお……!!これぞ、ワシが求めていた力士でゴワス!」
浮遊する小型力士は感涙に咽び泣く。
「今日からワシが少年のオヤカタでゴワス。少年、名はなんと?」
「僕は、塩海浜 快晴」
「塩海浜 快晴!土俵に巻く塩を天日干しにする情景が目に浮かぶでゴワスな。よき名でゴワス。四股名はズバリ、快晴でどうでゴワスか」
「うーん、本名そのままっていうのは、ちょっと恥ずかしいかな……」
「しからば、ワシらに代々伝わる四股名”聖丸”はどうでゴワス?」
「ひじりまる、か……」
塩海浜は少し考え、首を縦に振った。
「うん、聖丸、いいと思う」
「よし!決まったでゴワス!両国の運命は、魔法航空力士少年┳聖丸の肩にかかっているでゴワス!」
「え?なんだって?」
浮遊する小型力士の最後の言葉に問い返すも、視界がどんどんぼやけてくる。そして……。
「はっ!」
朝が訪れた。
塩海浜は夢を思い出す。両国国技館で小さな力士から四股名を貰って、それから、……その先が思い出せない。
「なんか、変な夢見ちゃったな……」
――――――――――
その朝、塩海浜はいつもどおり学校に行き、いつもどおり授業を受け、いつもどおり部活に顔を出し、いつもどおり基礎練習を行ったあと、いつもどおり申し合いを見学した。
そして帰り道。
(あの夢はなんだったんだろう……)
摩訶不思議な夢だった。河童に相撲を挑まれ、両国国技案の土俵で蹲踞し、得体のしれない力士生命体から”聖丸”の四股名を貰った。
「何が何だか分からないや。それにしても凩くん、大丈夫かな」
塩海浜は不安を吹き払うように独り言を声に出す。今日は凩が欠席だったのだ。昨日まであんなに元気だったのに、突然寝込んでしまったというのだ。
「心配だな……」
塩海浜の足取りは、いつもまにか自宅への道のりを外れ、凩の家へと向かっていた。
――――――――――
塩海浜の家と凩の家はそれほど遠くなく、すぐにたどり着いた。塩海浜が呼び鈴を鳴らすと、すぐにお母さんが答え、凩の部屋へ案内してくれた。
「ああ、塩海浜か……ハァ……」
凩は返事をするが、明らかに疲労の色が強すぎる。
「凩くん、大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってんだろ……」
そうは言うが、明らかに大丈夫な様子ではない。
「……」
あまりの空元気の勢いの無さに、塩海浜は言葉を失った。
「心配すんなよ……!」
ベッドに横たわる凩が、塩海浜の手をガシッと掴んだ。
「俺はよぉ、お前と本気の決着をつけるまで、相撲やめねえからよお……」
凩は震える手で塩海浜の手を力いっぱい握りしめる。
「……お前も相撲、やめるんじゃねえぞ」
「凩くん……」
塩海浜は凩の目を見つめて、力強く頷いた。それを見て安心したのか、凩は絵を閉じて眠った。
――――――――――
自宅に帰った塩海浜は、衰弱した凩の姿を思い出す。
「あの少年、尻子玉を抜かれているでゴワスな」
いつの間にか背後に浮かぶオヤカタが、塩海浜に声をかけた。
「うわあ!」
「驚くことないでゴワス。昨日の夜に契約したワシと契約したじゃないでゴワスか」
「昨日の夜……あ!」
塩海浜は、夢の内容をすべて思い出した。
「あれ、夢じゃなかったんだ……」
「河童との取組も、ワシが与えた四股名も、全部現実でゴワス。それより、あの凩という少年でゴワスが、ここままだとまずいでゴワス」
「まずいって、どういうこと?」
「順を追って話すでゴワス」
やや慌て気味の塩海浜を制するように、話し始めた。
「河童という妖怪は知っているでゴワスか?」
「うん、まあ、頭に皿が合ってきゅうりが好きな妖怪でしょ。それがどうしたっていうのさ?」
「河童が好きなものはきゅうりだけじゃないでゴワス。きゅうりより好きなもの、それが尻子玉でゴワスよ」
「しりこだま?」
「尻子玉とは、まあ、人間の生命エネルギーみたいなものでゴワスな。河童は人間と相撲を取り、勝つと人間から尻子玉を奪うでゴワスよ」
「それじゃあ、尻子玉を奪われた人はもしかして……」
塩海浜は凩の姿を思い出し息を呑む。
「そうでゴワス。体は弱り、最悪の場合、命を落とすこともあるでゴワス」
「命を……!」
塩海浜は唇と噛み締め、、震える拳を握りしめた。
「なあ、オヤカタ」
背後に浮かぶオヤカタに、塩海浜は振り返らずに声をかける。
「どうしたなんでゴワス……うおッ!」
数々の立ち会いを見守ってきたオヤカタが驚いたのも無理はない。塩海浜の背中には、ただならぬ気迫が立ち昇っていた。
「凩の尻子玉とった河童、どこにいる」
――――――――――
同日の黄昏時!塩海浜は学校のグラウンドですり足を行っていた。もちろん裸足でだ。ザリザリと砂が足の裏を擦る感覚を、塩海浜は一歩一歩噛み締めていた。
(尻子玉を奪った河童は航空相撲を挑んでくるでゴワス)
オヤカタの言葉を思い出す。
(その昔、河童は水中相撲、人間は陸上相撲を得意としていたでゴワス。しかし、いつしか、お互いの不利に付け込んだ相撲が目立つようになったでゴワス)
水中の相撲は三次元的であり、人間は息が続かない。よって、河童による組技が横行した。
地上の相撲は二次元的であり、重力の影響が大きい。よって、人間による投げ技が横行した。
そこで、相撲の神は、新しい土俵を用意した。水中を有利とする河童に対しても、地上を有利とする人間に対しても、動揺に平等な土俵、”空中球体土俵(エンゲージリング)”を。
以来、人間と河童の関係は拮抗するかのように見えた。だが、河童は力士以外と取組を行うという強硬手段によって尻子玉を集めるようになった。
対する人類は、そんな河童に対抗するために、代々の角力(かくりょく)を引き継ぐ角融合八卦炉(かくゆうごうはっけろ)を生み出し、打ち勝ってきた。
そして今、その角融合八卦炉は、塩海浜に引き継がれたのだ!
「地上ろうと空中だろうと、相撲の基本は変わらないでゴワス。相手を土俵の外に出せば勝ちでゴワス。ゴワセども、地面が無いでゴワスから、相手をエンゲージリングの外に投げ出すまでは油断できないでゴワス」
「ああ、わかってる」
塩海浜の声は不思議なほどに冷静だった。
航空相撲とは言え、相撲は相撲、取組は取組だ。もしかしたら、また怪我をしてしまうかもしれない……。だが、今は、そんなことはどうでも良かった。
「ようは、あの河童を土俵から出せばいいんだな?」
塩海浜の眼光が空中の球体土俵を突き貫いた。少なくとも、オヤカタには、突き貫いたように見えたのだ。
「そ、そうでゴワス」
「よし、それならわかりやすい」
塩海浜は呼吸を整える。
「スゥー……ハァー……」
四股の体勢となり、右足を振り上げる。
「角力……開放……!!」
角融合八卦炉起動キーワードを声高々に叫び、四股を踏む!
ズゥゥゥンッ!!
〈キン!〉
〈キンキンキンキンキンキンキンキン……〉
どこからともなく、拍子木の音が聞こえてくる。
「ハァッl」
気合の声と共に塩海浜の体が光りに包まれる!
これは……変身バンクだ!
光りに包まれた塩海浜の頭部がアップになり、航空ジェットバイザーヘルメットが装着される!
続いて上半身には角力パイロットスーツが装備され、背中には薄型の角融合八卦炉エンジンが装着される!
上半身の変身を終えカメラは下半身に移る!
〈キン!キン!キン!〉
塩海浜のベルトとズボンとバンツが拍子木のリズムに合わせて順番に爆散し、新体操のリボンめいて回転したマワシが装着される!
〈キキン!!〉
『ひじ~~~りぃ~~ま~るぅ~~~っ!!』
呼び出し音声が高々と響き渡る!魔法航空力士・聖丸、離陸体勢待ったなし!
聖丸は空に浮かぶ巨大な球体を睨む。半径およそ100mの蒼い球体型土俵(エンゲージリング)、中央に仕切る河童力士は聖丸を見下ろして仕切りを誘う。
「気合い入れていくでゴワス!」
力士妖精オヤカタが聖丸の背中に回り、角融合八卦炉に力水を注ぐ。
「おう!!」
聖丸の「友を助けたいという覚悟」が角力に変換され、角融合八卦炉を回す。
ギュン……!
毎時一万回転!背中に角翼が展開!
毎時二万回転!八基の角ジェットに火が灯る!
ギュウン……!
毎時四万回転!空中球体型土俵(エンゲージリング)に向かって角力花道(アプローチライトニング)が伸びる!
毎時八万回転!聖丸が仕切りの離陸体制を取る!
ギュウウン!!
毎時十六万回転!安定速度となった角融合八卦炉から角エネルギーがほとばしる!
ドキイィィィッ!!
角ジェットが火を吹いて聖丸が飛び立つ!
【角融合八卦炉全機能良好(ハッケヨイ)!!】
今、魔法航空力士少年┳聖丸の初取組の火蓋が切って落とされた!!
聖丸は角力花道(アプローチライトニング)にそって空中球体型土俵(エンゲージリング)に突入!すかさず河童が身構え、空中球体型土俵内(エンゲージリング)を旋回起動!聖丸もそれに合わせて旋回移動を開始する!
『取組開始(エンゲージ)!!』
取組開始を告げる神の声が、神通力で空中球体型土俵(エンゲージリング)内に響く。それと同時に仕掛けたのは河童だ!
「カッパ!」
旋回速度を落とさぬまま、聖丸に向かって張り手を繰り出すと、掌からレーザーのように鋭く細い水流が射出される。テッポウだ!
「なに!?」
聖丸は驚きながらも上下の移動で素早く回避!やや距離を詰められるも、まだ即座にマワシを取られる距離ではない。
「聖丸もテッポウを使うでゴワス!」
ヘルメットから聞こえてくるオヤカタの声で、ジェットスーツ袖口の銃口に気がつく聖丸。
「これか!」
聖丸が河童に向かって張り手を繰り出すと、袖口の銃口から白い弾丸が連射された。塩だ!
バラタタタタタタッ!
「カパッ!?」
河童は連射される塩弾の回避を試みるが、連射をすべて避けきれず数発被弾し、体制を崩す!すかさず聖丸は旋回起動を変え河童に突っ込んだ!
「そうでゴワス!テッポウで体制を崩しマワシを取る!航空相撲の基本でゴワス!」
「掴んだ!」
聖丸はすかさずマワシを掴んだ。だが!
「ッパァ!」
河童もほぼ同時にマワシを掴む!がっぷり四つの体勢だ!
「これしきぃっ!」
ギュウウウウッ!!
聖丸の八卦炉が毎時三十二万回転まで回転数を上げ、己の両足元に八角形の角力士場(かくりきしば)を作り出す!
「カパッ!」
河童も同時に妖力の出力を上げ、己の両足元に波紋状の妖力士場(ようりきしば)を作り出す!
航空相撲においても、足場は存在する。だが、それは地面ではなく、己の角力、あるいは妖力を持って作り出すものなのだ。
「パァッ!」
河童が先に仕掛けた!妖力士場を巧みにずらし、上手投げを仕掛ける!
「……っ!」
聖丸は耐えず、あえて流れに身を任せた。捨て鉢か?否!
「ふんっ……」
河童の上手投げの力が最大限になった瞬間、角力士場(かくりきしば)の出力を最大限まで引き上げる!そのまま河童の力を逆に利用して下手投げで返した!
「……おりゃあ!」
河童の妖力士場(ようりきしば)はバランスを崩して崩壊。河童は空中球体型土俵(エンゲージリング)に向かって投げ返された!
地上の相撲であればここで決略がついていただろう。だが、これは航空相撲、土俵の外に出なければ、たとえ投げられてもまだ勝負はつかない。
「カカッ!!」
河童は背中の甲羅から妖力を噴射して、どうにかバランスを取り直す。だが、聖丸の行動は、それの一歩先を行っていた。
「そこだああ!」
河童が完全に体制を立て直す直前、最も油断するその時を狙った突撃は、完全に河童の不意をついてマワシを取る。両手が下手となる、完璧なもろ差しの体勢だ。
「凩の尻子玉、返してもらうぞ!!」
「カァ!?」
河童は聖丸の素早さに動揺する。だが、河童は動揺すらする猶予はなかったのだ。すかさず聖丸の右足が浮足立った河童の足の間に入り、そのまま河童の左足を絡め取った。
「カッ……!」
河童が気づいたときには全てが遅かった。
もろ差しを取られ、足も取られ、バランスを崩した河童は、なすすべもなく、背中から土俵に叩きつけられ……否!逆に、聖丸の方へと倒れ込んでいく!
「うおおおおおお!!」
聖丸は背中の角ジェットを逆噴射!角力士場(かくりきしば)でバランスを取りながら巴投げのように回転を始めた!
(あ、あの技は……!)
オヤカタが息を呑む。聖丸は河童を捉えたまま回転を続ける!
ギュウウウウウウウウッッッッッ!!
背中の八卦炉が回転速度を増す!その回転数は毎時六十四万回転に達した!
「飛んでけええええ!!」
角力を遠心力に変え、聖丸は河童を投げ飛ばす!
「カッッッッパアアアァァァァァァ……」
河童は体制を整えるまもなく、土俵上空へと投げ出された!
(あれはまさしく、巴車(ともえぐるま)でゴワス……!)
航 空 相 撲
六 十 四 手
> 巴 車 <
航空相撲六十四の決まり手の一つ、巴車!自分を中心に掴んだ相手とともに縦回転し、その遠心力を持って一気に場外へと投げ飛ばす豪快な決まり手だ。
(まさか、はじめての航空相撲で巴車を決めるとは、なんという逸材でゴワスか……)
巴車は、一歩間違えばバランスを崩して自分が投げ飛ばされる危険な技だ。そうでなくても、反作用で自分もいくらかは動いてしまう。
だが、それを放った聖丸は、投げた場所から微動だにしていない。寸分の狂いもない角力調整が為せる、奇跡の神業だ。
『ひじーーーーーりーーーまるーーーーーーー!』
神通力の声が響き渡り、聖丸の目の前に、相撲神(デウス・エクス・リキシ)の軍配が現れる。寝かされた軍配の上には、凩の尻子玉が鎮座する。
聖丸は蹲踞の姿勢を取って畏まる。そして、右手で、左、右、中央と手刀を切り、尻子玉を受け取った。
「ごっつぁんです」
取組は終わり、球体土俵が消えていく。聖丸も地上へと帰還した。
「見事な取組だったでゴワス」
地上に降り立つ聖丸をオヤカタ出迎える。地に足をつけると、聖丸の変身は解け、いつもの塩海浜の姿となった。
「これ、どうすればいいの?」
塩海浜は、手に持つ尻子玉を見つめる。光り輝くそれは、まるで生命力の塊だ。
「安心するでゴワス。持ち主に戻るように思えば良いでゴワスよ」
「わかった」
塩海浜が尻子玉を見つめ、凩に戻るように念じると、尻子玉は空高く飛び上がり、凩の家に向かって飛んでいった。
「一見落着でゴワス」
「うん!」
塩海浜とオヤカタは顔を見合わせて微笑むと、帰路についた。
――――――――――
翌日の放課後、相撲部ではいつものように申し合いが行われていた。
「うおりゃあ!」
勝ったのは凩。
「よし、次!」
凩が次の相手を呼ぶと、数名の希望者が土俵に入ってきた。そして、その中に、塩海浜の姿があった。
「お前……」
凩は塩海浜を見る。
「僕、やるよ」
塩海浜の目は、輝いていた。
「よっしゃ!塩海浜!来い!」
凩は仕切りの位置に立ち、腰を下ろす。
「行くよ……!」
塩海浜も仕切りの位置に立ち、腰を下ろす。
昨日の航空相撲で、塩海浜は怪我の恐怖を克服した。……いや、完全に克服したかと言えば嘘にはなるが、しかし、元気になった凩の心に答えたいという気持ちが、より強かった。
(僕、また相撲を取るよ!)
(ああ、また一緒に相撲できて嬉しいぜ!)
二人は目で語り合い、仕切りの体制に入る。
「はっけよい……のこった!」
魔法航空力士少年┳聖丸の航空相撲が、そして、相撲部・塩海浜の相撲が、ここから始まるのだ!
【特越読み切り、魔法航空力士少年┳聖丸:おわり】