走れド級のメロス
ド級のメロス、ドメロスは激ドした。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬとド決意した。
ドメロスには政治がドわからぬ。ドメロスは、ド級の村の牧人、ド牧人である。ド級の笛、ド笛を吹き、ド級の羊、ド羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍にド敏感であった。
きょう未明ドメロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のド級のシラクス、ドシラクスの市にやって来た。
ドメロスにはド級の父、ド父も、ド級の母、ド母も無い。ド級の女房、ド女房も無い。十六の、内気なド級の妹、ド妹と二人暮しだ。このド妹は、村の或るド律気な一牧人を、近々、ド花婿としてド迎える事になっていた。ド級の結婚式も間近かなのである。
ドメロスは、それゆえ、花嫁のド衣裳やらド祝宴のド馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をドらドら歩いた。
ドメロスにはド級の友があった。ド級の友、ドリヌンティウスである。今は此のドシラクスの市で、ド級の石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。ド久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのがド楽しみである。
歩いているうちにドメロスは、まちの様子をド怪しく思った。ドっそりしている。もう既に日も落ちて、まちのド暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけにド寂しい。ドのんきなドメロスも、だんだんド不安になって来た。
路で逢ったド若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をドうたって、まちはド賑やかであった筈だが、と質問した。ド若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いてド老爺に逢い、こんどはもっと、語勢をド強くして質問した。ド老爺は答えなかった。ドメロスは両手でド老爺のからだをドゆすぶって質問をド重ねた。ド老爺は、あたりをはばかるド低声で、ドわずか答えた。
「王様は、人をド殺します。」
「なぜド殺すのだ。」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」
「たくさんの人をド殺したのか。」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、ド自身のド世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、ド級の賢臣、ドレキス様を。」
「おどろいた。国王はド乱心か。」
「いいえ、ド乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、ド疑いになり、少しド派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。ド命令を拒めばド字架にかけられて、ド殺されます。きょうは、六人ド殺されました。」
聞いて、ドメロスは激ドした。
「ド呆れた王だ。生かして置けぬ。」
ドメロスは、ド単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、ドメロスの懐中からはド級の短剣、ド短剣が出て来たので、騒ぎがド大きくなってしまった。ドメロスは、王の前に引き出された。
「このド短刀で何をするつもりであったか。言え!」
ド級の暴君、ドィオニスはド静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔はド蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたようにド深かった。
「市をド暴君の手から救うのだ。」とドメロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、ド憫笑した。
「ド仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「言うな!」とドメロスは、いきり立ってド反駁した。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべきド悪徳だ。王は、民の忠誠をさえド疑って居られる。」
「ド疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のドかたまりさ。信じては、ならぬ。」
ド暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「わしだって、ド平和をド望んでいるのだが。」
「なんの為のド平和だ。自分の地位をド守る為か。」
こんどはドメロスが嘲笑した。
「罪の無い人をド殺して、何がド平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」
王は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、ドんなド清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、ド磔になってから、ド泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、王は悧巧だ。ド自惚れているがよい。私は、ちゃんとド死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、ドメロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私にド級の情、ド情をかけたいつもりなら、ド処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人のド妹に、ド級の亭主、ド亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村でド級の結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ドばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。
「とんでもないド嘘を言うわい。逃がしたド級の小鳥、ド鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」
ドメロスはド必死で言い張った。
「私は約束をド守ります。私を、三日間だけド許して下さい。ド妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にド級の石工、ドリヌンティウスという石工がいます。私の無二の心が強ぇ友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの心が強ぇ友人をド絞め殺して下さい。ドたのむ、そうして下さい。」
それを聞いて王は、ド残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。このド嘘つきに騙された振りして、放してやるのもド面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのもド気味がいい。
人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りのド男をド磔刑にドしてやるのだ。世の中の、ド正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「ド願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっとド殺すぞ。ドっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にドゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をドっしゃる。」
「はは。いのちがド大事だったら、おくれて来い。おまえのド心は、わかっているぞ。心の強さが無意味だということを教えてやる」
ドメロスはド口惜しく、ド地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
ド級の友、ドリヌンティウスは、深夜、王城に召された。ド暴君ディオニスの面前で、ド佳き友とド佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ドメロスは、友に一切の事情をド語った。
ドリヌンティウスは無言で首肯き、ドメロスをドしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。ドリヌンティウスは、縄打たれた。ドメロスは、すぐに出発した。夏、ド級の満天、ド満天の星である。
ドメロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高くド昇って、村人たちは野に出てド仕事をドはじめていた。ドメロスの十六のド妹も、きょうは兄の代りにド羊群の番をしていた。ドろめいて歩いて来る兄の、ド疲労ド困憊の姿を見つけてド驚いた。そうして、ドうるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」
ドメロスはド無理にド笑おうとド努めた。
「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえのド級の結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
ド妹は頬をドあからめた。
「ドうれしいか。ド級の綺麗な衣裳、ド衣装も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。ド級の結婚式、ドッ婚式は、あすだと。」
ドメロスは、また、ドろドろと歩き出し、家へ帰ってド級の神々、ド神々のド祭壇を飾り、ド祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいのド深い眠りに落ちてしまった。
眼が覚めたのはド夜だった。ドメロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、ド級の結婚式、ドッ婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。
婿のド牧人は驚き、それはドいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、ド葡萄の季節までド待ってくれ、と答えた。ドメロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更にド押してたのんだ。婿のド牧人もド頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。
ド級の結婚式、ドッ婚式は、ド真昼に行われた。新郎新婦の、ド神々へのド宣誓が済んだころ、ド黒雲が空を覆い、ドつりドつりド雨が降り出し、やがて車軸を流すようなド大雨となった。
ド祝宴に列席していた村人たちは、何かド不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持をド引きたて、狭い家の中で、ドんドん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をドうたい、手を拍った。
ドメロスも、満面にド喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえド忘れていた。ド祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外のド豪雨を全く気にしなくなった。ドメロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。ドメロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発をド決意した。
あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっとド眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、ド雨もド小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とドまっていたかった。ドメロスほどの男にも、やはりド未練の情、ド情というものは在る。
今宵呆然、歓喜に酔っているらしいド級の花嫁、ド花嫁に近寄り、
「おめでとう。私はド疲れてしまったから、ちょっとド免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。ド大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえにはド級の優しい亭主、ド亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえのド級の兄の、一ばんドきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、ドんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶんド偉い男なのだから、その技術をすべて受け継いだ正統後継者であるおまえも、その誇りを持っていろ。」
ド花嫁は、ド夢見心地で首肯いた。ドメロスは、それからド級の花婿、ド花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはド互さまさ。私の家にも、ド宝といっては、ド妹とド羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、ド級のメロス、ドメロスの弟、ド級の弟になったことを誇ってくれ。」
ド花婿は揉み手して、ドてれていた。ドメロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、ド羊ド屋にもぐり込んで、死んだように深くド眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。ドメロスは跳ね起き、南無三、ド寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑ってド磔の台に上ってやる。ドメロスは、悠々とド身仕度をはじめた。ド雨も、いくぶんド小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、ドメロスは、ぶるんと両腕を大きくド振って、ド雨中、ド矢の如くド走り出た。
私は、今宵、ド殺される。ド殺される為に走るのだ。身代りのド級の友、ド友を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私はド殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ド級のふるさと、ふるさド。
若いドメロスは、ドつらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいとド大声挙げて自身をド叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、ド雨も止み、日は高くド昇って、そろそろド暑くなって来た。ドメロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来ればド大丈夫、もはや故郷への未練は無い。
ド妹たちは、きっとド級の佳い夫婦、ド夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなにド急ぐ必要も無い。ドっくり歩こう、と持ちまえのド呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声でド歌い出した。ドらドら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程のド半ばに到達した頃、降って湧いたド災難、ドメロスの足は、はたと、とまった。
見よ、前方のド川を。きのうのド豪雨で山の水源地はド氾濫し、ド濁流ド滔々とド下流にド集り、ド猛勢ド一挙にド橋をド破壊し、ドうドうとド響きをあげるド激流が、ド木葉ド微塵にド橋桁をド跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りにド呼びたててみたが、繋舟は残らずド浪に浚われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ドふくれ上り、ド海のようになっている。
ドメロスは川岸にうずくまり、ド級の男泣き、ド泣きに泣きながらドゼウスに手を挙げてド哀願した。「ああ、ド鎮めたまえ、ド荒れ狂う流れを! 時は刻々にド過ぎて行きます。ド太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あのド級の佳い友達、ドい友達が、私のためにド死ぬのです。」
ド濁流は、ドメロスのド叫びをせせら笑う如く、ますますド激しくド躍り狂う。ド浪はド浪を呑み、ド捲き、ド煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はドメロスもド覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。
ああ、ド神々もド照覧あれ! ド濁流にも負けぬ愛と誠のド偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。ドメロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹のド大蛇のようにドた打ちド荒れド狂うド浪を相手に、ド級の闘争、ド闘争を開始した。
満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずるド流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽうド獅子奮迅の人の子の姿には、ド神もド哀れと思ったか、ついにド憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、ド見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ドありがたい。ドメロスは馬のように大きな胴震い、馬震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。
陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜいド荒い呼吸をしながらド峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊のド山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私はド陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「ドっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
ド山賊たちは、ものも言わず一斉にド級の棍棒、ド棍棒を振り挙げた。ドメロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、そのド棍棒を奪い取って、
「気の毒だがド正義のためだ!」
とド猛然一撃、たちまち、三人をド殴り倒し、残る者のドひるむ隙に、さっさと走ってド峠を下った。
一気にド峠を駈け降りたが、流石にド疲労し、折から午後のド灼熱の太陽がまともに、ドっと照って来て、ドメロスは幾度となくド眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、ドろドろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。
天を仰いで、くやし泣きにド泣き出した。ああ、あ、ド濁流を泳ぎ切り、ド山賊を三人も撃ち倒しド韋駄天、ここまで突破して来たドメロスよ。ド級の勇者、ドメロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとはド情無い。愛するド級の友は、おまえを信じたばかりに、やがてド殺されなければならぬ。おまえは、稀代のド不信の人間、まさしく王の思うド壺だぞ、と自分をド叱ってみるのだが、全身ド萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体ド疲労すれば、精神も共にドやられる。もう、ドうでもいいという、ド級の勇者に不似合いなド不貞腐れたド根性が、心の隅にド巣喰った。私は、これほどド努力したのだ。ド級の約束、ド約束を破る心は、みじんも無かった。ド神もド照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。
ああ、できる事なら私のド胸を截ち割って、ド真紅のド心臓をド目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこのド級の心臓、ド心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよくド不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。
ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定ったド級の運命なのかも知れない。ド級の友、ドリヌンティウスよ、ドゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当にド級の佳い友と友、ド友とド友であったのだ。いちどだって、ド暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、ドリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。心の強さが違うのだ。
それを思えば、たまらない。ド友とド友の間のド信実は、この世で一ばんド誇るべきド宝なのだからな。ドリヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。
信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。ド濁流を突破した。ド山賊の囲みからも、するりと抜けて一気にド峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。ドうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。ド笑ってくれ。
王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りをド殺して、私を助けてくれると約束した。私は王のド卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりドつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。
ドリヌンティウスよ、私もド死ぬぞ。君と一緒にド死なせてくれ。君だけは私をド信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、ド級の悪徳者、ド悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。ド羊も居る。ド妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。
ド正義だの、ド信実だの、ド愛だの、考えてみれば、ドくだらない。人をド殺して自分が生きる。それが人間世界のド定法ではなかったか。ああ、何もかも、ドばかばかしい。私は、ド醜い裏切り者だ。ドうとも、勝手にするがよい。ドんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まドろんでしまった。
ふと耳に、潺々、水の流れるド級の音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、ド級の水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら、ド級の清水、ド清水が湧き出ているのである。
その泉に吸い込まれるようにドメロスは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。ドうとド長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。
行こう。
肉体の疲労恢復と共に、わずかながらド級の希望、ド希望が生れた。
義務遂行のド希望である。
わが身を殺して、名誉を守るド希望である。
斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりにド輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かにド期待してくれている人があるのだ。
私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。ド死んでド詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。
走れ! ドメロス。前へ! 進むのみ!!
私はド信頼されている。私はド信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。ド悪い夢だ。ド忘れてしまえ。五臓がド疲れているときは、ふいとあんなド悪い夢を見るものだ。
ドメロス、おまえのド恥ではない。やはり、おまえはド級の勇者、ド勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ドありがたい!
私は、ド正義の士としてド死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ド級のゼウス、ドゼウスよ。私は生れた時からド正直な男であった。ド正直な男のままにしてド死なせて下さい。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、ドメロスは黒い風のようにド走った。野原でド級の酒宴の、そのド級の宴席のまっただ中をド駈け抜け、ド級の酒宴の人たちをド仰天させ、ド級の犬をド蹴とばし、ド級の小川をド飛び越え、少しずつ沈んでゆくド級の太陽の、十倍も早くド走った。
一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、ド不吉な会話を小耳にはさんだ。
「いまごろは、あの男も、ド磔にかかっているよ。」
ああ、その男、その男のために私は、いまこんなにド走っているのだ。その男をド死なせてはならない。
急げ、ドメロス。おくれてはならぬ。愛と誠とド級の力、ド力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。ドメロスは、いまは、ほとんどド全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口からド級の血、ド血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、ドシラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきらド光っている。
「ああ、ドメロス様。」
うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」
ドメロスは走りながら尋ねた。
「ド級の石工の弟子、ドィロスドラドスでございます。貴方のド友達ドリヌンティウス様の弟子でございます。」
その若い石工も、ドメロスの後について走りながらド叫んだ。
「もう、駄目でございます。ド級のむだ、ドむだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方がド級の死刑、ド刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。ドうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
ドメロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きいド級の夕陽、ド夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のド命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をドからかっても、ドメロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。心が強え石工でございました」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっとド恐ろしくド大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! ドィロスドラドス。」
「ああ、あなたは気がド狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
言うにや及ぶ。まだド級の陽、ド陽は沈まぬ。最後のド死力を尽して、ドメロスはド走った。
ドメロスのド頭は、ドからっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬド大きな力にひきずられてド走った。ド陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、ドメロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人をド殺してはならぬ。ドメロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」
とド大声でド刑場のド群衆にドむかってド叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声がド幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。
すでにド磔の柱がド高々と立てられ、縄を打たれたドリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。ドメロスはそれを目撃して最後のド勇、先刻、ド濁流を泳いだようにド群衆をド掻きわけ、ド掻きわけ、
「私だ、刑吏! ド殺されるのは、私だ。ドメロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
と、かすれた声で精一ぱいにド叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆくド友の両足に、ド齧りついた。
群衆は、ドよめいた。ドあっぱれ。ドゆるせ、と口々にドわめいた。ドリヌンティウスの縄は、ほドかれたのである。
「ドリヌンティウス。」
ドメロスは眼に涙を浮べて言った。
「私をド殴れ。ちから一ぱいに頬をド殴れ。私は、途中で一度、ド悪い夢を見た。君が若し私をド殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。ド殴れ。」
ドリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くドメロスの右頬をド殴った。ド殴ってからド優しく微笑み、
「ドメロス、私をド殴れ。同じくらい音高く私の頬をド殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君をド疑った。生れて、はじめて君をド疑った。君が私をド殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
ドメロスは腕に唸りをつけてドリヌンティウスの頬をド殴った。
「ありがとう、友よ。」
二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放ってド泣いた。
群衆の中からも、ド歔欷の声が聞えた。ド級の暴君、ドィオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがてド静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらのド望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。心の強さでここまで来れたのだ。信実とは、決して空虚なド妄想ではなかった。ドうか、わしをもド級の仲間、ド仲間に入れてくれまいか。ドうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらのド仲間の一人にしてほしい。」
ドっと群衆の間に、歓声が起った。
「ド万歳、ド級の王様、ド王様ド万歳。」
ひとりのド少女が、ド級の緋のマント、ドマントをドメロスに捧げた。ドメロスは、まごついた。ド級の佳き友、ドき友は、気をきかせて教えてやった。
「ドメロス、君は、ドまっぱだかじゃないか。早くそのドマントを着るがいい。このド可愛い娘さんは、ドメロスのド級の裸体、ド裸体を、皆に見られるのが、たまらなくド口惜しいのだ。」
ド級の勇者、ド勇者は、ひドく赤面した。
(ド級の古伝説、ド伝説と、ドルレルの詩から。)
サポートされると雀botが健康に近づき、創作のための時間が増えて記事が増えたり、ゲーム実況をする時間が増えたりします。