もう一度飲みたいあの1杯(ヴェネチア編)
私は22歳の時にヨーロッパを1年弱旅していた事があります。
イギリスのワーキングホリデービザを取得しイギリスには7ヶ月程度
その他ヨーロッパとモロッコなどをぐるぐると旅したのが3ヶ月半。
こう聞くと
「なんだ、ボンボンか」
そう思われそうですが違うんです。
行き帰りの航空券とロンドンのユースホステルを1週間予約した以外は
現地で働いて稼いだお金で旅する事ができました。
それまで日本から出たことがなかったし飛行機にも乗ったことがなかったのに
帰国する頃には17カ国を旅して胸を張って帰ってきました。
ヨーロッパをぐるぐると旅するなかでイタリアには比較的ながく滞在しました。
中でもヴェネチアは3日程度の滞在でしたが強く印象に残りました。
ヴェネチアは小さいので1つのユースホステルを拠点としあっちへフラフラ
こっちへフラフラとしていましたがこのユースホステルの近くにバルのような
タバッキ(タバコや新聞を売る店)のような暗い古い店がありました。
恰幅の良いヒゲオヤジがいつ洗ったかわからない程汚れたエプロンをして
無愛想に新聞やタバコ、エスプレッソや酒をカウンター越しに売ってくれました。
私はユースホステルに荷物をおろしてすぐにリズラ(タバコの紙)を探して
この店に入ったのですが
caffe 1.25€
この文字に安っ!と思いcaffeつまりエスプレッソを注文しました。
小さなカップの脇に砂糖が添えられていてヒゲオヤジを見るとその砂糖を入れろと
ジェスチャーで伝えてくれました。
エスプレッソの垂れた砂糖の袋をちぎって半分ほど入れてスプーンでチャカチャカと混ぜてそのエスプレッソを一口飲むとちょっとした宇宙。
びっくりするほど美味しかった。
貧乏旅行者にとって1.25€でこんな体験ができるのは本当に良い経験でした。
私は滞在中、朝は必ずこの店でcaffeを飲んでからヴァポレットという水上バスで
出かけるようになりました。
2日目には夕方にも行ったりしたけど私を認識しているであろうヒゲオヤジは
無愛想でちょっとの笑顔を見せる事もなくcaffeを飲ませてくれました。
3日目の朝、いつものごとくcaffeを頼もうとしたらlatteという文字を発見。
その当時latteといえばマウントレーニアのカフェラッテ。
当時カフェラッテといえば吉澤はじめさんのcmでした。
今日はラテにしてみるか、とヒゲオヤジに「latte」と伝えたところ
首を横に振って何も出してくれない。
文字では伝わらないですがヒゲオヤジは無愛想だけどユーモアのある首の振り方を
していて少し意地悪く演出しているように見えて
私は懲りずに「ラテ ペルファボーレ」と言うも首を横に振る。
ヒゲオヤジはイタリア語で「お前いつもエスプレッソ飲んでんだろ」と
そんなような事を言っていて私も負けじと
「今日はラテにするって言ってんだろ」と伝えたところ
ヒゲオヤジは肩をすくめて後ろを振り返り冷蔵庫から牛乳を取り出した。
その牛乳を指さして「latte!!」
私は貧乏旅行者なのでカプチーノの存在はメニューで確認していたものの
値段が3.5€とかだったので1.5€程度で飲めるカフェラテと思わしきlatteを注文しようとしていた。
latteは牛乳でした。
私が笑ってcaffeを注文した時初めてヒゲオヤジの笑顔を見ることができました。
その後ローマ、ミラノ、ボローニャ、ナポリやカプリ島まで旅してエスプレッソはたくさん飲みました。
南北に長いイタリアは地域によってエスプレッソの味の傾向が変わります。
ヒゲオヤジのエスプレッソは今思えばイタリアで飲んだエスプレッソの中では
まずい部類だったけど、私がもう一度飲みたいあの一杯は無愛想な彼のエスプレッソなのです。