姉と俺のなんて事ない日常
俺にはアイドル活動(?)をしてる姉がいる。
と言うのも、
「まぁアイドルみたいなモンよ!!」
と本人が言うからそう思っているだけで、問い詰めてもいつもの調子ではぐらかされてしまっている。
本人に言う気がないのなら弟とはいえ深入りはすまいと、それ以降は聞いていない。
ガチャ....バタン
「ふぅ〜〜〜疲れた〜〜〜....」
「...あれ?まだ起きてたの???」
「良い子は寝る時間だぞ〜!!🫵」
「それは姉ちゃんもだろ...」
「こんな時間に何してんの?」
「えへへ...」
「ちょっとひとっ走りね!!」
「汗ダラダラだよ〜...」
「ねぇタオルちょーだーい!!」
「まったく....」
「持ってくるから座ってて」
時刻は深夜、ジャージにウィンブレとくればランニングだろう。
姉は件のアイドル活動に伴って日々トレーニングを欠かさない。
数年前まではゲームと漫画に明け暮れていた姉だったので、「ライブがあるから」とゲーム断ちを始めた時には本当に俺の知る姉なのかと疑った。
「はいよ」
「ありが...ぼふっ!!!!」
「もう〜〜〜!!」
「タオル投げないでよ!!!!」
「姉ちゃんなんか飲む?」
「無視かコイツぅ....」
「喉乾いてるからお水ちょーだーい!」
蛇口を捻る
コップに水が注がれる様を目と耳で感じていると、ふと俺の部活用でスポーツドリンクがある事を思い出した。
「はいこれ」
「あれぇ?スポドリなんてあった?」
「俺の部活用」
「2本あるし1本あげるよ」
「え〜〜〜〜!!」
「なぁにぃ?気が効くじゃーん!!」
ゴクッ.....ゴクッ.....
「ぷはぁ〜〜〜〜!!」
「生き返rrrるぅ〜!!!!」
「オッサンかよ....」
「あ、やべw」
「こんなとこヴァンデラーに見られたら幻滅されちゃうかもw」
ヴァンデラーとは、姉のアイドル活動における、ファンの総称らしい。
姉はよくヴァンデラーの事を口にするので、そのワードだけは知っていた。
「ところで我が弟よ....」
「こんな時間までなぁにしてるんだい?」
やけに気取った声のトーンでウザ絡みをしてくる姉がそこにいた。
ウザ絡み自体はいつもの事だが、いつもと違うのは、こんな時間まで俺が起きている事だ。
「....別に」
「ちょっと眠れなかっただけだよ」
「ふ〜〜〜ん.....」
「そ。ならいいけどね〜!」
姉はこう見えて繊細だ。
素人目かもしれないが、綺麗な絵が描けるし、食器一つの配膳にも拘りを見せる。
普段と様子が違う弟がいても、本人が口を開かない限りは詮索してこない気遣いも。
「姉ちゃんこそ最近家空ける事多いじゃん」
「なにしてんの?」
「近いうちにライブがあるからね〜!」
「その練習!!」
「まぁあとは....バイトとかね!!」
「あー...配達かなんかしてるんだっけ?」
「そう!」
「中華料理屋さんのデリバリー担当なのです!!」
「お姉ちゃんはすごかろう???」
「褒めてもいいよ〜!!」
「.....」
「なぁ姉ちゃん。」
いつもならこんなアピールは無視して終わりなのだが、今日の俺はどこか違った。
理由は部活にある。
大会が間近なのだが、練習での成果が今一つ伸び足りないのだ。
自分には何が足りないのか....
何がいけないのか....
そんな事を考えている内にこんな時間になってしまった。
「姉ちゃんって何でそんなに頑張れんの?」
「え。急に真面目じゃん」
「う〜〜〜んとね...」
「ヴァンデラーの笑顔が見たいから...」
「かな?」
「...…そんだけ?」
「ふふw」
「そんだけって思うかw」
「でもね」
「わたしにとってはすっごく大きい事なの」
「練習とか辛くないの?」
「そりゃもう大変だよー!w」
「食事制限つらいし!!」
「ゲームだってやれないしー!!」
「筋トレなんて超…超…超ハード!!!!」
「でもね。」
「ライブでヴァンデラーの笑顔を見た時」
「ライブの感想をもらった時」
「もらったお手紙を読んでる時」
「動画のコメントとか、貰ったリプとか」
「チャンニナかわいいよー!!って毎朝言ってくれる子とかもいて」
「そんな時にね...」
「今までの練習だったり、辛かった事とかが全部報われたなって」
「心の底から思うんだ。」
「.......。」
家族として長い間一緒に暮らしている俺でも、こんなに真剣な表情の姉を見たのは初めてな気がする。
思わず息を呑み、言葉を失ってしまった。
普段の騒がしさとは真逆の静寂が気まずく、咄嗟に出た言葉はあまりに稚拙で
「なんか.....」
「すげぇ.....な.....」
「当ったり前でしょー????」
「お姉ちゃんの人生賭けてるからね!」
「ふっw」
「人生とかカッコつけ過ぎw」
「はぁ〜!?」
「本気なんだが!?!?!?」
「なんか元気出た」
「....ありがと」
「...ふふっ」
「どういたしましてっ!!」
あの姉に「人生を賭ける」とまで言わせたそれ。
確か名前は.....
fin