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切手はどこへゆく【第十六話】

今日は、良い天気だった。

窓から入る日差しのせいか、いつもより多く寝たからか、いつもの日曜日より早く目が覚めた。二度寝をしてもよかったけど、二度寝をするには目が覚めすぎている気もしたので、起きることにした。

ベットから出て立ち上がったまま、大きく伸びをしてから、部屋を出た。部屋を出てリビングに向かおうとすると、キッチンからほんのり甘い匂いがしてきた。

「遥夏、ちょうどよかった。一つ味見してくれない?」
母はそういうと、キッチンに置かれた皿を指さした。皿にはクッキーが置かれていた。

「……なんで朝からクッキー……」
想像しただけで口が乾燥してきたので、冷蔵庫から麦茶を取り出した。コップに麦茶を注いで一口飲んでから、母のクッキーに手を伸ばした。

「いいじゃない、もう朝っていうか、お昼近いし。これから私の友達遊びに来るから、準備してるのよ。」
「……え。」
クッキーを一口食べると、甘さと紅茶の風味が広がった。ゆっくりと咀嚼しながら、母を見た。

「それ、先言ってよ……」
「だって、あんた昨日ずっと寝てたじゃない。」
そうだけど、と反論しようとしたが、オーブンのタイマーが鳴って、母はこちらに目線を送ることもなく、オーブンを開けた。

「1時くらいには来るから、さすがにパジャマは着替えてね。」
わたしの方をちらっと見ると、母はオーブンから取り出したお菓子をつまんでいた。

「あら、こっちもいいかも。」
母はこちらを見ることなく、お菓子作りに夢中のようだった。

母の友達で、家に来るまで仲が良くなる人は、だいたいみんな「いい人」だった。決して愛想のよくない友達の娘を、子供扱いし過ぎることもなく、腫れ物のように扱うわけでもなく、優しく話しかけてくれることもあった。

だかたこそ、申し訳ないし気まずさを感じることも多くあるんだけど。どう今日をやり過ごそうかと思っていたところで、なんとなく携帯電話を見た。

『13:00現地集合な!』
昨日、見ていたつもりで見ていなかった、三上からのメッセージを発見した。部活や古谷へのもやもやは、ほんの少しだけ残っているけど、大人に囲まれるよりは、三上と古谷といた方がまだマシかもしれない。

「今日、出かけてくる」
キッチンに向かってそれだけ告げて、母の返事も聞かずに、出かける準備をした。日曜日の公園に足を踏み入れたのは、いつぶりだろうか。と言っても指定された公園は初めて行く場所だけど。

大きなマンションの近くにある公園は、母曰く、数年前の再開発事業に伴ってに作られたらしい。出来上がったころには、公園で元気に遊ぶようなお年頃じゃなかったから、まあ立ち入らないのは当然かもしれない。

「お、おつかれー。コート確保できたぞ。」
指定された場所のあたりできょろきょろしていると、三上がいた。

「あれ、古谷は?」
「さあ? そのうち来るんじゃない?」
人のことを誘っておいて、自分は遅れるのか。と文句の一つでも言いたくなったが、三上に言ってもしょうがないので黙っていた。

「いや~稲村来てよかった。来るかわかんねえとか、古谷がなんかごにょごにょ言ってたから」
「……そうなの?」

「おう、なんか調子よくなさそうだったとか、俺が連絡すると怒りそうだからって言って、連絡全部俺にやらせてきたし。」
「……そう言われてるって事に、わたしは怒りそうだけど」
あはは、と三上は声を出して大きく笑っていた。今更、古谷に気を遣われるのが、自分だけ余裕がないみたいで、なんだかため息が出た。

「三上さ、悔しいときってある?」
「……バスケでってこと?」

「うん」
「そりゃあ、あるに決まってんだろ。」
三上は即答した。そのあと、うーんと考えてからまた口を開いた。

「練習でできたことが、試合でできないとか、そんな感じかなあ……。あとは、先輩に負けても、後輩に負けても悔しいかな。」
わたしが驚いたような標準をしていると、三上はまた話を続けた。

「後輩は普通に負けたくないし、先輩は俺より1年先に生まれただけで、偉そうにしてるから悔しい。」
「……それ、バスケ関係あるの?」
思わず口を挟むと、三上はまた笑っていた。

「あるだろ、1年先輩だからとかつまんねえ理由で、俺より下手な奴が試合出てるとか、もっとつまんねえじゃん。せっかくやってるなら、部活の奴らにも、試合にも、全部勝ちたい。」
ほんの少し、苛立ちながら話す三上に、また驚いた。

いつも笑って、楽しそうにしているように見える三上でも、そういう感情を持っているのを、わたしは今まで、気付いていなかったようだ。

「ま、だからこうやって練習しようってわけ。」
いたずらっ子のように楽しそうな笑顔を浮かべて三上はまた言った。

「あと、こっそり練習してさらっと勝った方が、なんかかっこいいじゃん?」
今度はわざとらしく、がははと笑っていた。わたしも三上につられて、笑っていた。

悔しい気持ちは、わたしだけが持ってるものではないと、安心したのかもしれない。

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