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切手はどこへゆく【第二話】

学生って面倒くさいなあって思うときは、だいたい怒られている時だ。

「稲村さん、提出期限過ぎてるんだけど。」
「……すいませ~ん。持ってくるの忘れました。」

あはは、と笑って誤魔化そうとしたわたしを、担任は見逃してはくれなかった。

「そういうと思って、予備のプリント持ってきたから、今書いて。そしたら部活行っていいよ。」

担任はわたしにプリントを渡してきた。受け取りたくないと思って手を出さないでいるわたしに、ほら、と言って机にプリントを置いた。

「え~…今書くの?」
「そうでもしないと稲村さん提出しないでしょ。先生困るんだよ。」
「なんで先生が困るの?関係なくない?」

担任は大きくため息をついた。そのあとうつむきながら小さく「う~ん」とうなっていた。
そんな唸るような質問なのか?と思っていたら担任が顔を上げた。

「来年受験生でしょ。進路希望と成績考慮してクラス決めるから。進路希望ないとクラス決められないんだよ。」
「へ~そうなんだ。」

興味なさそうな返事をするわたしの頭上にまたため息が降ってきた。
何かいいたげな担任の顔を横目に筆箱からシャーペンを出した。さっさと書いて部活に行かないと。今度は担任じゃなくて部長に怒られてしまう。

名前を書いたところでシャーペンが止まった。

「……わたし、大学生になりたいのかな?」
「いや、おれに聞くなよ。」
「先生に言ってないし。勝手につっこまないでよ」
「勝手に話したのそっちだろ。」

ちょっと切れ気味の担任を無視して、プリントに目を通す。第一志望から第三志望まで書く欄がある。そういえば、ちょっと前に翠も言ってたな。これがあったからあんな話をしていたのか、と今更気づいた。

さすがに高校卒業したら離れ離れだね。なんて笑ってたけど、卒業前に離れ離れになっちゃったなあ。翠はこれを書いていたんだろうか。翠だったらどんなことをここに書くんだろうか。わたしはちっとも自分の将来が想像できなかった。

勉強だって苦手だし、かといって就職したくもないし、大人になった自分なんてわからなかった。

「……進学か就職は考えてる?」

担任が固まったわたしに声をかけてきた。なんだか顔を上げられなくて、第一志望の文字を見ながら口を開いた。

「……多分、進学する。」
「わかった。大学か、短大専門とかってある?」

う~ん、とさっきの担任みたいにうなってしまった。やっぱり浮かんでこない。

「……大学かなあ?」

正直なにも思い浮かばなかったけど、そうやって答えておけばいいだろうと思った。

「じゃあ、大学進学って書いておいて。具体的に学部とかまで書かなくていいから」
「はーい。」

顔を上げずに返事をした。とにかく早くこの時間を終わらせたいと思った。

シャーペンを走らせて「大学進学」と書いた。こんな簡単でいいのか、と逆に不安になったが、もうそんなことはどうでもよかった。名前と四文字だけを書いた紙を担任にはい、と言って渡した。

担任はあまり納得していなさそうな、でもちょっとあきらめたような顔で受け取った。プリントがわたしの手元から離れてすぐ、シャーペンを片付けて筆箱を投げるようカバンに入れた。

「さよならー」

雑な挨拶をして早足で教室を出た。
廊下も階段も、全部早足で、体育館への渡り廊下を通るときは走っていた。教室から、少しでも早く離れたかった。担任に怒られたからとか、部長に怒られるからとかじゃない。こんなにもなにも考えていなかった自分がいるのが恥ずかしくて耐えられなかった。

渡り廊下を走るわたしを夕日が照らしてきた。
わたしの頬と同じような色をした夕日だった。


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