【小説】#16.7 怪奇探偵 白澤探偵事務所|記憶を辿る時計|閑話
一月上旬から倉庫を占領していた荷物がすっかりなくなり、まるで倉庫が広くなったように感じる。鑑定を依頼された品物を返送し、怪異物であるとわかったものの今後の取り扱いを決め、ようやく全ての品物の処理を終えたころには二月になっていた。
ものがなくなると倉庫全体に目が届くようになる。例えば、白澤さんの読み終えた本が積み上がっているとか、また正体不明のプレゼントが置いてあるとか。本は気が付いたら増えているから、もしかしたら本と本を一緒に置いておくと増えるのかなとくだらない空想をしてしまう。正体不明のプレゼントは後で白澤さんに処遇を聞いておかなくてはならない。いつだかのポラロイドカメラのように、妙なまじないの品だと困る。
「野田くん、終わった?」
「あ、はい! 全部なくなってすっきりしましたね」
階下から顔を覗かせた白澤さんに倉庫を見せれば、少し驚いたような顔をしてからにっこりと笑った。去年より早いね、と言われてそうだっただろうかとしばらく考えてしまう。去年の荷物の返送はいつ頃終わったか、覚えていない。
「休憩しよう、お土産買ってきたから」
白澤さんは外出のついでにおやつを買ってくることがある。お土産というか、単純に気が向いたから買ってきているのだとは思うが、最近は返送作業に時間を取られてあまりこうした休憩を取らなかったので珍しく感じた。
リビングにいるから降りておいで、と言われてすぐ二階に降りる。ときどき、忙しくないときはこうして休憩と称してお茶を飲みつつおやつを食べることがある。最近大きい仕事ないですねとか、明日はこの冬一番の寒波らしいよとか、そういうとりとめもない話をするのだ。
二階に降りた瞬間、コーヒーの香りがした。白澤さんは先にソファーで寛いでいて、俺もクッションを持ってきて腰を降ろす。テーブルの上には正方形の黒い箱が乗っている。白いリボンにブランドの名前が刻まれているが、読み方がわからない。
「なんすか、これ?」
「チョコレート。催事に行ってきたんだ」
チョコレート。催事。なるほど、バレンタインデー向けのチョコレートをひとつに集めた百貨店の催事場だろう。この時期の百貨店はどこも甘い匂いがして、買い物に集う人々の熱量に圧倒されることのほうが多い。最近は自分へのご褒美として買う人も多いと聞くし、売り場に集まったチョコレートの数も、人の数もすごいものだろう。
「俺、高いチョコとか全然わかんないですけど……」
「私もそこまで詳しい訳ではないよ。売り場が華やかだったからついね……」
他にもあるから、と言って白澤さんはテーブルの横に置いた紙袋を指す。リビングの暖房は弱いから溶けはしないだろうが、あとで正しく保管をしてやったほうがよさそうである。
箱を開ける。正方形の中は四面に区切られ、その一つずつにトリュフチョコが入っている。ひとつを摘まんで早速口に運べば、口の中でとろりと溶けたので驚いた。生チョコではないよな、と思わず箱のチョコを見つめてしまう。
「私も食べようかな」
白澤さんに箱ごと渡して、まだ口の中にいるチョコを味わう。さっぱりとした甘さで、しつこく舌に残らない。歯ざわりが柔らかく、素直に食べやすい上等なチョコレートだった。
「うまいっすね?」
「甘さが控えめでいいよね。試食でいただいておいしかったから、野田くんも好きかなと思って」
細く湯気の立つコーヒーを飲む。暖かい飲み物というのはそれだけでほっとするけれど、苦みがついさっきまであった甘さを引き立てるようで少し驚いた。味が濃いもの同士喧嘩しそうなものだが、思いのほか相性がいいらしい。
「この間の仕事で、ちょっと変わったことがあっただろう? ああいうことがあったあとはね、甘いものと温かいものがいいんだ」
「そういうものなんですか?」
「私の持論だけど」
長年の生活の知恵という感じかな、と付け足して白澤さんはにっこり笑う。目の前にあるのは糖分と温かいものに間違いない。別荘で白昼夢を見たというのを気遣われていることに気が付いて、少し気持ちが楽になった。
「もうひとつ食べていいですか?」
「構わないよ。別のも出してみようか」
白澤さんがうきうきとお土産をテーブルに広げる。オランジェット、ウィスキーボンボン、さまざまなかたちのアソートが並ぶ。しばらくおやつには困らないな、とトリュフを口に運んだ。やわらかな甘みが、身体に染みるようだった。