【小説】#31 怪奇探偵 白澤探偵事務所|知らない縁日|閑話
翌日、事務所に戻ってきた白澤さんは見慣れたスーツに色付き眼鏡であった。少しくたびれた様子はあったが、両手にずっしりと重たい紙袋を下げて帰ってきたので少し驚く。
「お疲れ様です。おかえりなさい」
「ああ、ありがとう。お祭りはどうだった? 楽しめたかな?」
疲労が残っているのか、普段は自室ですぐに着替える白澤さんが上着を脱いで襟元を寛げる。部屋で休むより俺の話を聞きたいのか、そのままソファーに腰を下ろした。俺は受け取った紙袋をダイニングテーブルに置き、昨日のことを思い出す。
あの後、百乃さんがもう食べられないと動けなくなるまで祭りを楽しんだ。帰りは百乃さんを背負ってどうにか新宿に帰り、落ち着くまで事務所で休ませてから帰宅を見送った。
「楽しかったです。縁日回ったの初めてだったんで……」
「そうだったんだ。じゃあ百乃さんと一緒で良かったかもしれないな、百乃さんはお祭りを楽しむのが得意だから。出店もたくさん回れた?」
白澤さんは紙袋を指して、お土産は出店の品の詰め合わせだよと笑う。なるほど、紙袋の中身を覗けば昨日見た焼きそばやらイカ焼きやらが詰まっている。
「色々見ました。土産にうちで見かけたのもあって……そういえば、白澤さんも見かけましたよ」
「おや、気付かなかった。少し照れくさいな」
ソファーに体全体を預け、白澤さんはゆっくり息を吐いた。やはり少し疲れているらしい。何か労いにできることはないか考えてみるが、俺にできることはこの後白澤さんが何もしないで済むようにしてやるくらいしかない。
「大事な行事だからね。大変ではあるんだけど、今年も無事に終わってよかった」
白澤さんが僅かに目を細める。俺は白澤さんではないから、考えていることがわかるわけではない。けれど、白澤さんがひとの営みであるとか、そういうものを大事に思っていることはわかる。
「……お疲れの白澤さんは俺にしてほしいこと何かあります?」
「じゃあ肩を揉んでくれないかな。櫂なんて重たいものこんな時にしか持たないから、体中が筋肉痛で動けないんだ」
確かに仕事の中であんなに重いものを持つことはない。白澤さんは肩を竦めて見せるが、肩を動かすと小さく眉間に皺が寄る。よほど酷い筋肉痛らしい。さて筋肉痛に効くものは何だろう。後で調べることにして、白澤さんの肩を揉む。板のように固くなっていて、俺が楽しんでいたとき、白澤さんはきっと忙しくしていたのだろうと昨日のことを思った。