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お父さん、もう許すよ。

月刊アクションの後ろから、ウイスキーが出てきた。

んんん??


とりあえず元の場所に戻し、掃除を進める。今度は出羽三山写真集の後ろから、初孫が出てくる。こちらは半分ほどの残量。んんん・・・

掃除すればするほど、出るわ出るわお酒の瓶。

「梅干し」とわざわざテプラで作って貼ってあるけど、水分量からいっても梅酒だろう。と思って蓋を開け舐めてみたら、まさかのカリン酒だった。カリン酒の後ろからは本物のCHOYA梅酒が出てくる。とりあえずこれらも全部元の場所に戻し、地球紀行全集で覆う。

私が掃除していたのは父親の本棚だ。

闘病中の父親、どうやら隠れてお酒を飲んでいたらしい。


去年の秋から暮れにかけて、こっちはバッタバタだった。

父親の胃癌が再発し、全摘手術。私も連載原稿抱えながら帰省したり、東京に戻っても電話口で号泣する母親の相手をしたり、引っ越ししたり。ほんとバッタバタ。

母親がパニク・・・寂しくならないように、兄家族と私はあえて帰省の日程をずらした今回のお正月。

母親が兄家族を駅に迎えに行く間、私は一人家に残り料理や大掃除。完璧主義の母親に、本棚にも埃一つ残さないよう言いつけられていた。


あーあ、これ見よがしに月刊アクション置いちゃって。

とりあえずリビングの片づけをぽてぽてと始めたら、月刊アクションが目に入った。私が描いている漫画『青に、ふれる。』は、月刊アクション(双葉社刊、毎月25日発売です!)で連載している。

リビングに面した、テレビを観る時に自然と視界に入る本棚に、目立つように置いてある月刊アクション。


「お前の漫画は読めねーな!俺、頭使わないようなものは面白いと思えねえんだ!」

「京都寺町三条のホームズだけは読めた!!あれ、面白いなあ!!」

月刊アクションを読んだ父親に言われた言葉を思い出す。父親との仲をどうにかラブラブに保ちたい母親にも、「あんたも京都寺町三条のホームズみたいなの描けばいいのに。そしたら私たち応援する!」とか言われたっけ。。。(今、これを書いているだけでも死にたいような気持ち。)

実家で月刊アクションを見ると苦い思いを呼び起こすので、二階の物置に移動することにした。

本当にうちの両親は意地悪だな…意地悪と感じる私もまた意地が悪いのか。自分の思考にイラっとしつつ、2冊つかむ。


そしたら出てきた、ウイスキー角瓶。


それから前述のとおり、どんどん父親の隠し酒が出てきたのだけど、ひととおりお酒の捜索、もとい本棚の掃除が終わったところで、あれ?となった。


お父さんって、ウイスキー飲んだっけ?


物心ついた頃から、父親といえば片手にお酒を持っていた。

というのも、素面の父親は私とは一切コミュニケーションをとらない。

どうしても連絡事項がある場合、片手は瞼に添えられていた。私の顔を見るとき、父親はいつも片目を塞いだり、目を合わせないようにする。

私も私で、父親には何も用事がなかったし、どうしても伝えたいことというのも「お父さん、お酒臭い」で、そういう時の父親はもう素面ではない。「酒飲んで酒臭いのは当たり前だろ!」と言う父親の片手にあるのは、いつも第三のビールか焼酎か、マグカップ(日本酒もしくはワイン入り)だったような気がする。


私はウイスキーをよく飲む。

血行を良くするためという名目で、昼からでもホットウイスキーにして飲むし、孤独を薄めたい時は濃い原液をちびちびと舐める。

という話を、そういえばずっと昔父親にしたら「それだと絶対胃やられるぞ。お前なんかまだ若いから、あっという間に進行して死ぬ」と言われたっけ。

「女のくせしてウイスキーなんか飲んでっから、男にもらってもらえねあんや」とも。


もしかして・・・

このウイスキー角瓶、私のため?


・・・いやいやいや。

いつか漫画のネタにするかもしれないので詳しくは書かないけれど、私は父親に、もっと言うと母親にも、ずっと煮え湯を飲まされ続けてきたのだ。この家族によって私が犠牲にしてきたもの、これからも手に入らないであろうものが色々あるし、心の傷もまだ痛む。

そうだ、それに”エビスネコババ事件”を忘れてはいけない!

”エビスネコババ事件”とは。。。

あれは私が20代の頃、帰省した際父親に「何か買ってきてほしいものはないか」と言われ、今そんなにほしいものないんだけど、と言っても「どうせ買い物に行くから、ついでに買ってきてやる」としつこく言われ、

「じゃあエビスビール500ml、6本入りを買ってきて」と一万円を渡したら、麦とホップ350mlを買ってきて、なぜかお釣りを渡してくれなかった、

そう、私の父親はそういう人なのだ。


私が高校2年生のころ、太田母斑の治療をしたいと言ったとき、

「お前の顔はアザなくなったとしてもブス。そんなもんに金払うなんて勿体ねえ。酒田の病院まで、誰が車で連れでがねまねあんや!」

そうそう、私の父親はそういう人なのだ。


自分で飲みもしないウイスキーを、いつ帰ってくるかもわからない娘のために買っておくわけがない。


そうこうしているうちに、バタバタと兄家族と母親が帰ってきた。

月刊アクションもウイスキーも、初孫もカリン酒も梅酒も、そのままにしておいた。

可愛い盛りの甥っ子が口いっぱい卵焼きを頬張るのを見守ったり、母親が甥っ子にキスしようとするのを必死で止めに入ったり、義姉と月山ワインを飲みながら妹・妻目線から各々兄について語ったり、その場から逃げ出した兄を追っていったら「これ、お前にお土産」と、黒七味と粉山椒の瓶を手渡され、調子に乗って義姉と一緒に散々兄をディスったことに後悔したりして、

父親の隠し酒についてはすっかり頭からなくなっていた。


が、


みんなが寝静まった後、私はそっと月刊アクションの影からウイスキーを取り出した。


ソファに座って、ウイスキーをちびちび飲みながら、リビングを見渡す。何の気なしに、いつも父親が座る席に、私も座っていた。

真っ黒なテレビに、父親にブスと言われ続けた私の顔が映る。

その手前には、時折母親に壁にたたきつけられ、4度の引っ越しを生き抜いてきた時計。壁には兄夫婦にプレゼントされたクリムトの絵。その横に、ウイスキーと日本酒とカリン酒と梅酒を隠す本棚。

父親はいつもこの席で、お酒を飲んでいた。

なんだか涙が出そうになって、ソファとソファの間に手を突っ込んだ。

私は酔っぱらったり、心がざわつくと、とりあえず手を動かす癖がある。近くにあるティッシュをちぎったり、クッションの四隅をほじほじしたり。

すると、あっ!となった。

ソファとソファの間、私が手を突っ込んだところがむしられている。

父親がやったのだと、すぐにわかった。

ソファの革が少し破けたところから、中のスポンジみたいなものの感触が伝わってくる。針金も感じる。そしてそのスポンジも、ソファの革も、何度も人の手でほじほじされたような跡がある。


本格的に涙が出そうになって、深呼吸して深々とソファによりかかった。すると、

んんん??

普通に座るよりも視点が下になったからか、テーブルの下の引き出しに違和感を感じた。

捜索すると、案の定、父親が隠したであろう酒のつまみ、フライビーンズが出てきた。封が開けられ、きっちりと輪ゴムで留めてある。

んんん・・・

ちょっと湿気ったフライビーンズを食べながらウイスキーを飲み、父親の席でリビングをもう一度見渡す。

もうだめだ。涙が止まらなかった。


父親の孤独を感じた。


このリビングに、父親の居場所はあったんだろうか。


自分にそんな考えが出てきたことについていけず、私はウイスキーをガブ飲みし、半分位残った角瓶を、自分のリュックにしまった。フライビーンズは、きっちり輪ゴムで留めなおして、元の場所に戻して。



翌朝、東京に戻る私を、号泣しながら駅まで送る母親。「冬用の喪服、ちゃんと買っておくあんよ」とか母親が言い出して、ただでさえ涙腺がゆるくなっていた私も号泣。

駅のホームまで来ようとした母親を振り切ったが、母親は泣きながら私のリュックを持っている。すると、「重い!何入ってんの」と言われ、私は平静を取り戻した。「え、だから、仕事道具・・・」

いつも散々父親の酒癖を罵ってきた母親に、まさかウイスキー角瓶が入っているとは口が裂けても言えない。


こうして私は、実家からウイスキーをネコババした。





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